繰り返す道
当たり前の話で、自明の理。
考慮すべき余地などどこにも無い。
「……!」
「私の命は無くならないのだから、大事なんかじゃない。無くなる命の方を優先すべき」
「っ……、……」
「作戦に関わる本部への報告は滞りなく行われているのだから、やはり査問は必要無い、ね。それだけは良かった。ただし、今後は見逃さない」
「……」
「警報器は速やかに修理する。それまで事務仕事は事務室の方で行うことにする」
結局のところ、彼女たちは子供なだけ。私のような大人とは違う。
物事の分別もつかない、感情的な生き物。別にそれを悪いとは言わない。
しかしそれを率いる立場としては、大人の私がもっと合理的にならなければならないのかもしれないな。
「わかった、ね。今後は、私が警報を聞き逃したとしても報告を怠らないこと」
「……うっせぇババア!! 若いもんに全部任せてさっさと引退しろよバーカ!!!」
椅子を引っ掛け倒しながら、食堂を走り去って行った。
本当に、無闇に元気は有り余ってる娘だ。私にも、あんな時代があったのだろうか。
あったの、だろうな。
無鉄砲で、恐れを知らなくて、当たり前のようにみんなと明日を迎えられると信じていた。
そんな幻想を意識することもなく抱いていた、そんな無邪気な子供のような時代が。
願わくば、彼女のような子供たちが、くだらない現実に幻滅しないように。
そのために戦う。私の諦観の日々に残されているのは、それくらいしか、もう。
「なるほど、ねぇ……ホントあんたは……」
いつの間にか、厨房からお婆さんが顔を覗かせていた。
どこから聞いていたのだろうか。秘密保持義務があるとはいえ、あまり聞かせたい話ではなかったのだが。
「一言だけ、言わせておくれ。あたしにとっちゃあんたも子供だよ」
「そうか」
絶対わかってない、みたいな顔をされたがそもそもの問題はそこではない。
命の価値の話だ。
命を大事にされた結果が、この呪いのような魔法なのだとしたら。
私の命など、大事にされるべきじゃなかった。そうだろう。
なのに何故生きるのか。
それは、みんなに大事にされて、みんなの代わりに生き残ったから。
だから、みんなの代わりになる。それだけでしかない。
あの戦いの時、私にはまだ『再生』の魔法は無かった。
治癒力という面で兆候のような物はあったが、覚醒までにはかなりの時間が掛かっている。きっと才能が無かったということだろう。
もしもあの時点で固有魔法に覚醒していたならと、無意味なことを後から何度も考えた。
ちっぽけな私の命とほんのちょっとの平和の引き換えとして、私の世界は失われた。
全部が終わったずっと後に覚醒したのが、『再生』の魔法。酷い皮肉だ。
壊れたレコードのように、何度も過去を再生している。決して戻りたい始まりには戻れないのに。
過去をなぞり、いつかのみんなのように、誰かの命を大事にしていく。
ただ、それだけしかない。私自身に意味なんか、何も無いのだから。
「……朝食、用意できてるよ。食べるかい」
「食べる」
緩慢に食事をし、自己無く戦い、無為に眠る。ただ作業のように繰り返していく。
終わりはあるのだろうか。果たして、永遠の時間は私を殺せるのだろうか。
「いただ────
……タイミングが悪い。
でも、今回は聞き逃さなかった。
魔獣警報、の……通常警報の方。
特別警報でないなら、大したことはない。
「鳴った」
「鳴ってしまった、ねぇ……」
「行ってくる」
「……気を付けるんだよ」
気を付ける必要など、一切無い。
どんなものも、私に傷一つ残すことはできない。
私は不死にして、不滅の兵器。
第七等級魔法少女、『再生』なのだから。
さぁ、今日も戦おう。
くだらない世界を生きる、みんなのために。
・・・
状況開始。心の中で呟く。
私には『再生』による無限の魔力があるので、常に隊服を模した魔力衣装を纏っている。
故にいつ状況が始まっても問題ないし、どんな作戦にも瞬時に移れる。
常在戦場とでもいうべきか。
いつも通り私は部隊に先行し、現場に一人でやってきた。
木々が少ない丘の上。切り立った崖の上から崖下を見下ろす。
眼下には十体の大きな猿型魔獣。平均で第三等級程度。
比較的等級は高いが、数は少ない。
それらが集まって何かをしている様子。
まあ、何をしてようが問題はないだろう。
ふらりと崖から飛び降り、魔獣の眼前に着地する。
突然現れた私に戸惑い隙だらけの、近くの魔獣の腕を掴み……限界以上に身体強化の出力を上げ、一気に引き千切った。
当然、そんな無理な強化に私の肉体も耐えられない。
爆発的な破壊の感触と、慣れ親しんだ激痛。前回の戦闘から少し間があったから、若干痛みが強く感じる。
関節が砕け、筋肉が裂け……それは一瞬で『再生』し、元通りになる。何も問題ない。
今回の魔獣はどうやら普通に痛覚があるタイプのようだ。
顔を歪ませ絶叫し膝を折った魔獣の猿顔に、千切れた腕をフルスイングする。
パァンと小気味良い音を立てて、首から上の大半を失った魔獣が吹き飛び転がっていった。
これで一体目。武器もダメになってしまったから次を用意しなければ。
仲間の惨状を見た魔獣が固まっていたので遠慮無く近づき、毛皮を掴んで叩きつけるように引き倒す。
何が起こったか分からない表情を見せる猿の頭を思いっきり踏み潰し、これで二体目。
不快感を煽る匂いを漂わせ、びちゃりと血のような魔力の体液が足を濡らす。
魔力残滓にむせかえるような、戦場の感触。これが私の居場所。
ゆらりと身を起こし、人類の敵を睥睨する。
ああ、弱いな。
私の敵には成り得ない。
硬直が解けた魔獣が慌てて殴りかかってきた。その腕を軽く打ち払う。
体勢を崩した相手の顔を目掛け、飛び上がるようにして蹴り飛ばす。
醜い顔をもっとひしゃげさせ、他の敵を巻き込んで飛んでいく。
三体目。反動で足が少し傷ついたが、それは瞬く間に治った。
ようやく状況というものを理解したのか、残りの魔獣が一斉に囲い込んでくる。
七対一。自身よりも二回り以上大きい相手の、集団による猛攻。
避け続けることもできるが……いささか非効率か。
所詮は雑魚。当たったところで大した傷にはならないのだから。
殴られたところで、そのほとんどは私の魔力装甲を抜けない。爪も、牙も、さほどの痛手にはならない。
どのみちすぐ治るのだから、実質ノーダメージといっていい。流れた血は蒸発するように魔力へ還り、肉体を巻き戻す。
怯え始めた様子の魔獣を、作業のように一体、また一体と紙粘土を壊すように仕留めていく。
私の身体強化は全魔法少女の中でもトップクラスだ。近接戦なら誰にも負けない。
速さは『加速』の魔法少女には流石負けるが、膂力は私の方が上。
それに加えて、私には無数の戦闘経験と無限の継戦能力がある。
こんな程度の災厄など、なんの脅威でもない。
残りは五体。そのうちの一体が雄叫びを上げて突っ込んできた。
他の四体を見ると姿勢が引けている。こいつを囮にして逃げる気だろう。
問題ない。すぐ追いつける。
覆い被さるように振り下ろされた爪をそのまま受け、隙だらけの首を握りつぶし、頭を引っこ抜く。
それを、魔力を込めて全力で投擲。轟音とともに逃げた一体に命中し、爆散させた。残り三体。
さて、追いかけなければ。
バラバラに逃げられたので急ぐ必要がある。
身体強化の出力を限界を超えて引き上げ、一番近い逃亡者を目指して一気に加速。
体が、一応、といったように激しい痛みを走らせるがどうでもいいことだ。
どうせ治るし、痛覚も慣れすぎていてすぐに消えるのだから。
逃げる敵を追い抜きながら、後頭部を掴んでそのまま地面に叩きつける。
魔獣の顔をすりおろすようにしながらブレーキをかけ、止まったと同時に頭を潰してトドメを刺す。
残りの奴らを順に見る。反対方向に逃げられたので少し面倒に思う。
逃亡者たちは私から少しでも遠ざかろうと必死に走り、
──『
不可視の壁に激しく衝突して止まる。
その逃亡劇は無情にも早々に阻まれたのだった。
思わず、小さな溜め息を吐いた。
……できれば到着前に片付けたかったのだが。
「第二分隊、現着」
崖上を見上げると苦虫を噛み潰したような表情の副隊長と、仲間たち。
あれは……怒っているのだろうな。まあそれは後回しだ。殲滅を優先しよう。
近い方の魔獣をサクッと雑に千切って投げ。
残った方は、謎の踊りを踊るようにして傷を増やしながら勝手に倒れて動かなくなった。
『障壁』による不可視の攻撃だろう。火力は無いが、見えないというのはそれだけで脅威だ。
静寂。気まずく視線を合わせる私たちと自然の音だけが残された。
障壁で作られた見えない階段を、小麦粉のような白い粉を撒きつつゆっくり歩いて降りてくる。
これは本人にしか認識できない『障壁』による階段を、後続の人たちが判別できるようにしている、のだが。
相変わらず少しシュールだ。そういうとまた怒るのだろうが。
「……また、たくさん血を流したんだ」
「もう治った。無傷」
「そういう問題じゃないんだっつーの……」
どっちかというと強化の反動ダメージの方が遥かに多いのだが。どのみち治ってるので問題ない。
ともあれ、戦闘はあっさりと終わり、あとは事後処理を残すだけ。
ひと気のない郊外の自然の中なので、建造物にも民間人にも被害はない。
帰ってから書類を書くのも楽に終わりそうだな。
……そういえば。
魔獣たちは最初何をやっていたのだろうか。
集まって、何か、地面を気にしていたような。
ふと気になって、最初の場所へと向かう。
ついてこようとした仲間たちを留め、私一人で確認をしていく。
全ては片付き、危険など無いはず。だが、感覚的に、というより経験則的に。
なんとなく、そうした方が良いと頭をよぎったから。
──結果的に、私の判断は正しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます