中断を破る


──『自動Automation



 自動人形に魔力を注ぐ。と同時に、自身の身体にも。

 身体強化とともに、魔力衣装も戦闘用に本気で編み上げておく。


 ……ちゃんと衣装構築するのも、久しぶりかもなぁ。最近は完全に人形任せで楽ばかりしてたから。

 いくらなんでもサボりすぎてたね。怠けたツケが回ってきたわけだ。


 私の衣装は少しフリフリしてて近接戦闘には向かないけど、防御力はお墨付き。

 今度は簡単にはやられたりしないはず……いやめんどくさがらず最初からやっとけば良かったって話ではあるけど。うん。



 私の軍勢が魔力を漲らせてクラゲもどきに飛びかかる。

 魔力の強化レベルを高めたので、さっきみたいに羽虫の如く簡単には潰されたりしない。


 元々私の人形に突出した強さのものはなく、一番強くてもせいぜい第五等級相当でしかない。

 まあ第五等級といったら他の部隊なら副隊長クラスの主力と同レベルなので、せいぜいって言ったらみんなに失礼かもだけど。

 とはいえ、第七等級相当の魔獣相手には流石に力不足だ。たとえ魔力で強化しても、勝てないだろうね。


 ……でもそれは、一対一での話でしかないんだよ。


 いま、一体が弾き飛ばされた。その隙に二体が踊りかかる。

 そして、一体が触手で貫かれる。その隙に三体が襲いかかる。

 こうして、一体ではたとえ相手にならなくても、五体、十体、二十体と連携を取りながら戦闘が続く。


 さらに私の人形たちは、穴が空こうが折れようが千切れようが機能不全にならない限り、怯むことなく自動で戦い続ける。

 貫かれた人形が上空に放り捨てられるが、穴が空いたまま何事もなかったかのように体勢を整えて着地し、戦線に戻っていった。


 猛烈な攻撃の嵐の中を、人形が人形を盾にしながら道を切り開き確実に、着実に攻略する。

 災厄級のはずの魔獣の攻撃……抵抗が、まるで抵抗として成立していない。後退のない侵略行為が敵を飲み込む。



 それはまさしく、蹂躙。一方的に存在を踏み躙る、数の暴力だ。



 うん……。とまぁ、状況自体になんの問題もないかな。ほんと我ながらインチキだね。


 ま、術者を叩いてどうにかなると思ってたんだろうけど?

 残念でした。私の強さは前もって準備した人形の強さ。魔力補充と命令調整は随時してるものの、私自身の働きは直接的にはあんま関係ないからね。




 問題はただ一つ。私が




「──っ」


 流れ弾のように飛んでくる攻撃を身体が自動的に避けるたび、掠めるたび、止血した傷口から命が溢れそうになる感覚、激痛とともに命が削れていく感覚がある。

 視界は明滅して、口の中はもう血の味しかしないし、息をする度に口から魂が抜けていきそうだ。正直、かなりきっつい。

 いやさ、私を攻撃してもほとんど意味ないんだから放置しててくんないかなぁ。っていっても無視してくれるわけないよねぇ……。


 まだ救援が来るまで一時間以上あるだろうっていうのに、ちょっとこれ、無理かもなぁ。ほんと失敗した。大失態だ。

 『自動』がなければもはや立つことだってままならないんじゃない? ダメージの半分くらいは自爆みたいなもんだから自業自得なんだけど。


 攻撃がまた、迫る。避ける。血反吐を吐く。残された命の量はどれくらいだろうか。


 これ、このままいったら……下手しなくても足りないかも。意識が揺らぐたびに死の気配が、ゆっくりと忍び寄っているのを感じる。

 あーあ……あんなに死にたくなかったっていうのになぁ。


 まあでもこの戦闘状況なら、私が倒れたって残された人形たちが残留魔力で戦い続けて倒してくれることだろう。

 少しずつ呼び寄せてた、近くの地域に配置してた人形たちもみんな集結した。数えるのも馬鹿らしいくらいの、圧倒的物量。

 もはやあの魔獣も、捕食者に群がられる獲物に過ぎない。壮観だね。異様にタフな魔獣ではあったけど、討伐も時間の問題だ。


 ぶっちゃけ救援要請、要らなかったかも。といっても私は事後処理できなさそうだから、そっちをお任せする感じになるかなぁ。


 ……あ。というか、そっか。

 私がいなくなれば、自動的に彼女も解放されるじゃん。


 運用継続も不可能だから、そのまま退役だ。良かった。良くないか? いや良かった。

 私が彼女の最後を看取ることはできそうにないけど、結果的に望みは叶うわけだ。良かった。やっぱりこうなるべきだったんだよ。そうだよ。そう……。



 あー……くっそ、思考が霞んできた。最初はあんなにすっきりしてたのに。アドレナリンが切れ始めたのかな。

 敵の攻撃もあの一撃以外は大したことない。危険度と難易度が上がっただけでやってることは最初と変わらないし、だいぶ気が抜け始めてる。ダメだダメだ。


 とにかく、私の気力が残ってるうちに、こいつだけは確実に、……?



 肥大化したクラゲの球が仄かに光ったと思ったら、亀裂が浮かび上がった。



 その裂け目は、








──『中断Suspension








 私の軍勢が、一斉に動きを止める。





「──は?」



 え、なにこれ。

 魔獣が、魔法を?


 おいおい駄目でしょそれは。私たちの専売特許だよ?

 なんなのそれ、いくらなんでもおかしいじゃん。

 魔法があるから人間と魔獣とで戦闘が成立してるっていうのに。


 そんなことされたら、こんなの、



 まるで子供がおもちゃを薙ぎ払うかのように、暴力的に、人形ごと吹き飛ばされた。

 指一本、自動的には動かなかった。


 激しく地面をバウンドして転がり、土煙の中で無様に横たわる。

 ほんの一瞬意識が飛んだものの、魔力衣装のおかげでまだ生きてはいる。だけど、これは……。


 身体も人形も微動だにしない。

 消し飛びそうになった思考の欠片を搔き集めて、必死に考える。


 衣装も身体強化も残ってはいる。だけど『自動』の魔法だけが止まった。

 パスが切断されても本来なら人形は自立して動く。でも停止したということは、人形側にも干渉されたということ。散らばった人形たちは今やただのガラクタだ。

 パスも強制的に切断されたせいで、すぐには再命令の付与もできない。感覚的には再接続するまで5分程度は掛かりそうな予測。

 今まで使わなかったことを考えると恐らく1回限り? タイミングを図られたということかな。少なくとも、連発は出来なさそう。

 効果としては相手に干渉するタイプのものだけど、制御を奪うような類の魔法ではなく単純に魔法効果を停止させるだけ。その対象は一種類のみのようで、永続的なものでも多分ない。

 厄介な魔法ではあるものの、複数人で戦う他の部隊であれば問題なかったかもしれない、のだけど……。


 最悪だ。私にとっては、あまりにも致命的なメタとして成立してしまっている。


 いける、のか……?

 ここから最低5分間。人形無しで、ボロボロな丸腰の状態で、何か勝ち筋はあるのか?

 敵の動きは確実に鈍っている。人形の再起動さえできれば、勝てる。それまで生き残りさえすれば……。


 身体強化のみで無理やり身体を起き上がらせた。全身がバラバラになりそうだ。

 立ち上がれただけでもほとんど奇跡なのに。容赦なく攻撃が迫る


 ……そんなの、避けれるわけがない。さっきの光景の焼き直し。



 あ……、うん。駄目だ。無理、だね。



 ボロ雑巾のようになった私はあっけなく触手に捕まり、宙に吊るされた。

 まるで、罪人のように。最低だった私にはふさわしい末路かもしれない。

 止血した肩から、絞り出されるように血が流れる。命が、零れていく。


 あぁ、しょうがない、か。こんなんじゃ隊長失格、だなぁ……。


 全てを諦め、目を閉じようとして。

 ふと何だか、遠くから懐かしい魔力を感じ……。








──








 ……は。


 はは、ははは。またイレギュラー?

 なんなの今日は。なんだよふざけんなよ。


 ほんとさ、私が今まで何のために戦ってきたと思うのさ。台無しじゃん。

 留守番してろって言ったのに。





「『加速Acceleration』:会敵Encounter状況Situation開始 Start





 勝手に命令を破ってるんじゃないよ……


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