自動的蹂躙
「なにあれ」
現場に来てみると、見たこともないような魔獣がいた。
なんていうか、すごく形容し難い。
めちゃくちゃでかいクラゲのようなものの、多分……本体?の、細い触手の先に、一回り小さいクラゲ的なものがぶら下がってて、さらにその触手の先にも変なクラゲみたいなのが連なってて。
そんなよくわからないのが絡まりそうになりながらふわふわ宙に浮いてるっていう感じ?
うーん……シャンデリア……というか玉のれん?
でかい球体を中心に放射状の珠が連なってる感じの玉のれんクラゲってのが近いかな。
見える範囲にいるのは、とりあえずこの一体だけ。見た目はわけわかんないけど、見た感じの等級は第五か第六ってところ。
まあ……問題は、無いかな。等級は高そうだけどこいつだけならどうとでも料理できるだろう。
「んー、下がってていいよ」
「わかったっス」
「
百鬼夜行の如く引き連れてきた自動人形たちが、一斉に戦闘態勢に移行する。
そしてとりあえずの威力偵察として人型人形ゴリアテ君と狼型人形ダイアウルフ君たちが飛びかかっていった。
……うん、大丈夫そう。
クラゲもどきはゆるゆると暴れてるけど、あまり有効な抵抗は出来ていない。
なんか弱すぎる気がするけど、このまま畳み掛けちゃおう。
といっても、作戦は彼らが戦闘命令に基づいて勝手に考えてくれてる。私がするのは補給と事前の命令だけだ。
何かあれば命令を上書きしたりするけど、ゴーサインを出したら基本的には見てるだけでいい。
人形が連携し合いながら群がり、触手を引き千切り、本体を切り裂いていく。
勝手に。自動的に。そして待ってるだけで勝利という結果がもたらされる。
簡単な仕事だ。こんなの、インスタントラーメンを作るのと対して変わらない。
……あ、そういえば状況開始の号令を忘れてたな。まあ二人しかいないし、いっか。
どうせいつもこれ適当だし。それに、もう終わっちゃいそうだしねぇ。
あたりには玉のれんのタマタマが千切れて散らばってる。本体も、もうボロボロだ。
ま、こんなもんかなぁ。私の人形の平均等級は第四等級相当で、並の魔法少女より強い。
そんなのが何部隊分もの数で袋叩きにするのだから、やっぱり数の力は偉大だ。
今回は50体くらいしかいないけど、でも過剰戦力だったね。
「相変わらずの残虐ファイトっスね……」
「やっぱ戦いは数だよ」
「いや……ほんとすごいっスよ」
「ふふん。もっと敬え」
まあ、私は最強なので?
全ての人形の総戦力だけで言ったら、私は魔法少女最強と言ってもいい。
……かもしれない。たぶん。おそらく。めいびー。うんやっぱ言いすぎたかも。
どうだろうなぁ。同じ第七等級って言われてる人たちでもみんな普通に化け物だし。
魔法少女の最上位、第七等級。
『阻害』『再生』『自動』『加速』『反射』『汚染』『発火』
たった一人で状況を決定的に終わらせる、人の形をした対魔獣兵器。
そして、それよりもさらに上の、第八等級が本部に存在する。
『執行』の魔法少女。常軌を逸した裁定者。
仮定。
そう、あくまでも万が一の仮定だけど、戦って勝てるのか。
……うん、無理だね。むりむり無理ゲーの超絶クソゲー。
私は死んだ方がいいけど、まだ死にたくはないんだ。最低だからね。
私が彼女をすぐ終わらせてあげられないのは、その後の私がどうなるかわからないから。
きっと、ただでは済まない。想像すらつかない。怖い。だから逆らえないし、大人しく従うしかない。
今の私が彼女を使っていないことは恐らく普通にバレてる。それが許容されているのは、使わずに二人分以上の実績をあげられているからだ。
怠惰な私が頑張れているのは、彼女を使いたくないから。
このまま果たして、彼女を解放することができるのか。信じて、実績を重ねていくしかない。
これもこれでほんとクソゲーだよね。
いやだなぁ働きたくないのになぁ。誰よりも働かなきゃだなんて。
死にたくないのにこんな必死になって、矛盾してるというか、板挟みにも程がある。
私が死ねば助かるのにね。なんで私なんかを助けちゃったのかなぁ君は。
……あーあ。ほんと、救われないよ。
「状況、終わりそうっスね」
「そだねー。このあと何食べよっかなー」
「雰囲気緩めすぎじゃないっスか? まあこの辺だとお高いけど牛タンとかっスかね」
「お、いいねぇ。じゃあ牛タンカレーにしよう。テイクアウトあるかな」
油断。
だったのだろうか。決して、意識は外していなかったのに。
視界の端で、何かが光ったのと完全に同時。
ドンっと、隣の新人に突き飛ばされて──
おいふざけるなよ。
私は気づかなかったんですけど。これだから天才ってやつは困るんだ。
──ふざけんな、ふざけんな、なんでみんな私を、
無限とも思える引き伸ばされた一瞬の中、
致命の一撃が訪れる。私は、また庇われ、
──ふざっ、けんな!!!
間に合え、間に合え、一番近くの人形は、駄目だ、遠い、
近くで、他に動かせるもの、即座に魔力を浸透させられて、パスを通せるもの、
なにか、なにかないか、なにか、
あった。
──『
ごりゅり。
私の身体は最短で真っ直ぐに、人間には不可能な動きと速さで、私たちへ放たれた何かとルーキーの間に。
「ばっ……」
──間に合った。
「っ! 何やってるんスか隊長のバカ!」
「誰がバカだ。私は隊長だぞ。もっと敬え」
「最大戦力が格下を庇って戦力落としてどうするんスか! アホ! バカバカ! スカポンタン!」
……ちょっと言いすぎじゃない?
まー私も衝動的にバカなことやっちゃったとは思うけどさぁ。大失態だよ。私だって死にたくないのに、何してるんだろうね。
でも、どうしてもそれだけは許せなかった。許すわけにはいかなかったんだ。
いやぁ、いくらなんでもこれは、流石にバレたら本部に怒られるかなぁ。
骨も筋肉も、たぶんイカレた。内臓もやったかもしれない。
くるくると、宙を舞っていた私の腕がいま、ボタッと地面に落ちた。
思い出したかのように、私の肩から血が溢れ出す。
でも頭は不思議とクリアだ。
大丈夫。戦闘に支障はない。私の身体は『自動』で動くから。
彼女での経験がこんなところで生きるなんて、世の中ほんと何が役に立つかわかんないね。
「命令。救援要請をして後方待機」
広すぎていつも救援も応援も意味がないとかつて言われてた第五部隊の管轄だけど、幸いにもここは関東に近い。第二部隊あたりが来てくれるだろうか。
「早くて2時間後くらいかな? その救援の人たちと合流したら帰ってきて」
「あ、あの、魔獣は、隊長は、」
魔力を回して止血をしつつ、取り乱すルーキーに通信端末を押し付け、チラリと魔獣に目を向ける。
千切れた珠同士が触手で再びつながり合い、脈動しながら不気味に輝いていた。
さっきまでのゆるゆるさが嘘のように、激しく触手が振り回されて暴れてて、人形たちが勝手に応戦してるけど、いま第四等級自動人形のキャンサー君が叩き潰されたところ。
……強い。さっきよりも、遥かに。
間違いなく第七等級相当はある。しかも、その中でも格段に上位に見える。
何が起こったかは分からないけど、不味いことが起こっていることだけはわかる。
放置すべきではない。それだけは確か。じゃあ私は何をすべきか。
「私は遅滞防御に入る。大丈夫、応援までちゃんと待ってるから行ってらっしゃい」
「そんな、こんな状態で一人じゃ、隊長あたしも」
「さぁて足手纏いはバイバイしようねぇ」
「あ、ちょ、や、隊長、やだ、隊長!!」
それいけガルーダ君。うちの期待のルーキー、希望の星だ。しっかり頼んだよ。
「さ、待たせたね」
私は『自動』の魔法少女。自分勝手で怠惰な指揮官。
──……これより、蹂躙を開始する。
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