大事な人形

──ほらほら、早く準備しろ訓練に行くぞハリーハリー!


 うっざ……なにこいつ……。

 まだだいぶ時間早いでしょ。ご飯食べてるから待っててよ。


──相変わらずお前は少食だし食うの遅いよな。それじゃ大きくなれないぞ?


 やめろ、子供扱いするな。頭に手を置くな鬱陶しい。


──ほら! ほら! 天才の私様が直々に時間を割いて訓練付き合ってやるんだから、はーやーくー!


 せかすな隣に座るな手拍子するな! 殴るぞ!! いや殴る!!!


──残念、それは残像だ。


 くっそ……まじで死ねばいいのにっ……なんでこいつが私の上司なんだ……。





・・・





 ぅお、……びっくりした。


「……」


 寝て起きたらなんか近くでじっと顔を見られていた。こわ。ちょっとしたホラーだぞ。

 彼女に『自動』で与えている命令は大雑把に、戦闘行動、日常行動に分けられる。あとは色々な禁止事項。

 その中の日常行動は食べたり飲んだり出したりなほぼ最低限の生理的なものに限られてて、余計なことは基本しない。

 とはいえ『自動』は本来、意思無き無機物を動かす魔法なので、割とイレギュラーな動きをすることもあったりして。さっきみたいに、たまにこちらにちょっかいみたいなことをかけてきたりとかもあったりなかったり。


 まあ危険は無い、と思う。

 命令を覆すことは出来ないはずだし、パスは通ってるから最悪いつでも上書きして停止できる。


「……」


 ついてこい、みたいな雰囲気で振り返ってリビングに向かったのでおとなしくついていく。

 いや、そんな意思みたいなものあるわけないんだけど。なんとなく。


 ……そうだよ。いくら、あるように見えてもそんなの、ない。だから私は彼女に無駄なことはさせないし、無駄なことを喋らせたりも、しない。


 一回。そう、一回だけ、以前の彼女を再現して喋らせようとしたこともあったけど……そのあまりの気持ち悪さに吐き気を催したのでやめた。割と似てたんだけどね。


 いやまあ彼女の元の中身が酷いってのもあるからなぁ。仕方ないよねぇ。




 リビングの食卓には、パンが並べられていた。あれ、というか私の分もある?

 日常行動は自分のことしかしないはずなんだけど。


 んー……まあいいか。

 命令の範疇っちゃ範疇だし、ただのイレギュラーだろう。大した影響はない。

 とりあえずレトルトのスープカレーをレンジであっためて、彼女の前にも置く。


 パンを浸して私が食べるのを、彼女も真似するように機械的に繰り返す。

 私はスープカレーにも断然ライス派なんだけど、彼女はパンが好きだった。カレー好きの癖に。

 いや最初はいいけどさぁ、最終的に具の処理に困るじゃん。パンに挟もうにもびちゃびちゃになるし。

 そうやって悩む私を尻目に、彼女は豪快にパンをスープにぶち込んでスプーンでバクバク食べ出したものだった。

 いやもはやそれスープカレーである必要ないのでは……とか思いつつ、私はちまちま食べてて。

 そんな、そんな日もあったなって。



 ……って、いやいや、なに感傷的になってんだ。最低か?最低でしたわ。

 そんな懐かしむ資格もないのに、ほんとくそだよ。カレーだけに。まさにびちくそだよ。


 ……。


 ……最低すぎて思わず最低な例えを脳内でしてしまった。どうしよう、残りのカレー。


 ……。


 ……。スッ。


 食べ終えて待機状態になってた彼女が食事を再開する。……ヨシ!

 今日も頑張ってくるからちゃんとお留守番しててね!


 働きたくないけど、いってきます!





・・・





「あー、状況ー、終了ぅ」


 今日も今日とて遠征中。

 ていうか一体いつからいつまでが状況なんだよ。くっそだるいんですけど。

 戦闘もいつも人形が勝手に始めて勝手に終わらせてるから私にも詳細はちょっとよくわかんないですね。

 とりあえず魔力パスを確認して充電やばそうな人形を充電する旅の真っ最中なので、さっさと次へ向かう。


 ここ最近は連日遠征続きで、なかなか家に帰れてない。彼女の充電足りるかなぁ。

 込めてる命令が複雑だってのもあるけど彼女自身の魔力も干渉しちゃうから、毎回、充電は最低限しかできない。

 一応念のため介護用の自動人形も配置してるから、充電が切れても大丈夫だとは思うけど……心配だな。私の目の届かないところでうっかり死なれてもそれはそれでちょっと嫌だし困る。


 待機状態で、あと何日かくらいは何とかもつって感じかなぁ。魔力パスの感覚だとそんな感じ。

 できれば今週中には帰りたい。あー、ほんと早くおうち帰りたい。


「あーあーいやーいやだー働きたくなーいー」

「出た、隊長のイヤイヤ期」

「誰がでかい赤ん坊だよ」


 この部隊、上役を全然敬ってこないんだけど、どうなんこれ。組織的に考えて、流石にダメじゃない?怒った方がいい?

 でもそういえば私も彼女のことまったく敬ってなかったわ。じゃあいいか。

 冷静に考えると私も隊長としてはどうなのよとも思ったり。でも彼女も大概だったわ。じゃあいいか。


 はい。そんなテキトーな部隊、それが第五部隊です! アットホームな明るい職場!(人口密度激低)


 こんな感じでも実績があれば怒られないあたり、本部の実績主義は極まってるよねぇ。組織として普通有り得ないよ。有難いけど。


 さてさて、今日は噂のスーパールーキーちゃんも一緒だ。

 敬われてはいないけど懐かれてはいるのか、私が遠征で近くに来ると大体一緒についてくる。

 私以外の隊員は、人形の撃ち漏らしを処理するために各地に散っている。なので、こうして一緒になることは割と稀だ。というか、前も言ったけど範囲が広すぎるんよ……。


 基本的に第五部隊は最低限の作戦内容以外、各員自由に行動させてるのでみんなが具体的に何してるかは私も詳しく知らない。

 人形のログを確認した感じ、大体は戦いの援護したりされたり、みたいなのが多そうかな。

 隊員同士は割と連絡を取り合ってて、どこで警報が発生したら誰が向かうか、みたいなことも決めてるらしい。私は知らないけど。

 まあ変にサボったりとか現地住民とトラブル起こしたりとかせずに、実績さえあげてくれてるなら何の問題もない。

 いちいち指示するのも監視するのもめんどいし。私は怠け者なので?


「ところで今日も副隊長はお見えでないのですか?」

「彼女は別のとこの警備中」


 自宅のだけどね。


「あー。一目でいいからお会いしてお話ししたいっスねぇ……」

「ていうかなんで彼女には敬語なのさ。私も敬え」

「副隊長カッコいいじゃないっスか。クールで」


 無視すんなや。


 ってあれ、ん?……え?

 彼女が、クー……ル?どこが?

 南北二大バカの片割れとか言われてたようなやつが?




「あたし、ここに来る前に助けてもらったことあるんスよね。憧れの存在っス」




 ……、……ああ、の話か。



 余計な口を開かなければ、普通に美人に見えるからなぁ。

 前は言動で全部台無しだったけど。今は……まあクールに見えなくもないか。


 彼女の状態を知っている人は、ベテランの魔法少女ならともかく新人には少ないだろう。

 この部隊でも私たちのことを知ってる人たちは口をつぐんでるから、新しい子は何も知らないってことになるか。

 彼女が今どういう運用をされているかを私は正直に言うつもりもないし、報告するつもりもない。


 まあ、大っぴらに言える話ではないからね。こんな最低最悪な関係を。

 これまで散々使っといてなんだけど、やっぱり早く解放してあげないとなぁ。


 あーあ、ほんと最っ低。死んでしまえたらいいのに。私も。彼女も。




「……お、魔獣警報」

「近そうっスね」

「んー、人が少ない地域だけど、人形もあんまないなぁ。他から余剰を回収しつつ向かうとしようか」




 戦いは続く。でも、彼女の戦いはもうとっくに終わってる。

 私は怠け者だけど。でも頑張るよ。だから、休んでるといい。

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