人形の少女 (1 – 5)
怠惰な仕事
彼の地に終末が降り注ぎ四半世紀。
この身の『啓示』に基づいて、十の獣が間も無く生まれる。
滅びた世界の瓦礫を重ね、我ら七人と楽園へ至ろう。
耳あるものは聞くといい。心あるものは刻むといい。
革命は果たされる。審判の日は、近い。
全ては獣へ還り、生命は透き通る魂へ。人々は知恵を捨て、全ての罪は赦される。
あの可哀想な救世主ごと、すべて我々が救ってみせよう。
……さあ。清らかな混沌の無の中へ、お帰りなさい。
・・・
北の国からこんにちわ。
超有名なドラマで超有名なラベンダー畑は、いま無残に踏み荒らされてしまっている。このご時世、観光なんかできる人はあんまりいないけど、見ててちょっと悲しい気持ちになるね。
眼前には、紫の花を散らす30体ほどの魔獣の群れ。対して私は一人っきり。はたから見たら絶望的な状況かもしれない。
でも大丈夫。問題ない。
第五部隊は私一人でも戦える部隊だから。
今回だって、戦いに出るのは私だけ。
どうしてそんなことができるのかって、そんなの私の周りを見たら一目瞭然。
犬型の人形。
鳥型の人形。
人型の人形。
百を軽く超える私の人形たち。
魔力を込められたそれらが、魔獣を威圧するように列を成す。
何も、問題はない。彼らが勝手に状況を終わらせてくれるから。
私は『自動』の魔法少女。数の暴力を振るう怠惰な指揮官。
「状況開始」
さ。行ってらっしゃい、私の軍勢。
うん、まあなんていうか、何の想定外も無いよね。
滞りなく制圧され、いつも通り私は状況から現実へと帰ってきた。
というか私は人形に充電してゴーサイン出してからは後方腕組みして眺めてただけなんだけど。
事後処理は他の隊員を呼んで任せ、状況報告だけサクッとまとめて家に帰る。
私は怠け者なので?
いやはや、それにしてもヘリコプターってほんと偉大な発明だ。
あそこから家まで車だと2時間以上かかるけど、その半分以下で済むからねぇ。
魔法少女といったって、その全員が空を飛べるわけじゃない。少なくとも、非覚醒だと移動手段は基本的に自力で歩いたりするか車などでの送迎に限られる。
短時間なら魔力弾の反動で飛べなくもないけど、移動手段としては余りにも割に合わないし。
私の場合だと飛べる人形、そん中でも一番でかいガルーダ君に乗れば一応飛べなくはないけど、でも事前に魔力を充電しておかないとだし、燃費もぶっちゃけ良くはない。
はっきりいって移動手段としてのコスパだけで見たら、文明の利器には到底敵わないんだよね。
社会インフラ的に考えても、世の中には魔法を使えない人の方が当然多いからさ。人類の叡智はいつまで経っても過去のものとならないよ。
それに魔法だって、使わないに越したことはない。疲れるし。
だから技術者の人たちにはもっともっと頑張ってほしいなぁ。
私は怠けたいんだ。もっと楽させてくれぇ。
あと個人的には開発中止された超伝導鉄道とかいうロマンの塊も見たかったんだけど……魔獣が定期的に設置型インフラを壊しちゃうからね……悲しいなぁ……。
支援部隊の操縦士さんに手を振って別れ、我が家の玄関を開ける。
「ただいまー疲れたー」
返事をする人はいない。といっても、人はいるんだけど。
私はルームメイトとルームシェア……いや、ハウスシェア?みたいなことをしていて、今日はというか今日もそいつがお留守番をしている。
いるくせにしょっちゅうこっちを無視しやがるからなぁ、仕方ない奴だよほんと。
やっほー、今日も楽勝だったよ。
最近は魔獣が活発だっていうけど、北の大地は相変わらず平和だねぇ。
平和っていっても二日に一回くらいは普通に出てくるけど、雑魚ばっかだから大丈夫大丈夫。
それになんたって私は強いので?
私ってか、まあ人形任せで相変わらず私自身は戦ってないんだけど。
やっぱ戦いは数だよ!やはり数の暴力!数の暴力は全てを解決する!
どっちかというと範囲が広すぎて移動の方が大変なんだよね。君も知ってるだろうけどさ。
いっつも思うけどやっぱおかしいよ私たちの部隊20人だけで東北と北海道全部カバーするって……。
やれてるけど!
やれちゃってるけど、現場の頑張りで維持されてることを当たり前って思わないでほしいよね!
もっと人員寄越せよ本部のバーカ!(小声)
まあ知っての通り私は怠け者なので?
各地に自動人形を配置して勝手に戦わせてるんだけどね?
でも1、2ヵ月くらいで充電しに行かないとだから、結局ほぼ連日どっかに遠征が必要ってのがね……。
今日の警報地域も人形の充電切れそうだったから直接出向かなきゃだったし……休みたいなぁ……休めねぇよぉ……働きたくねぇよぉ……。
でも仕方ないよね。
君が隊長だったときだって普通にこなしてたことなんだから、私もそれくらいは頑張らないと。
それ以外は頑張らないけどね!!
あ、そうそう。最近新しく入った隊員で結構見所ある子がいてさぁ。私が、というか私の人形が直々に訓練してるんだけどね。
なんとなんと第四等級自動人形に完勝したんだよ。覚醒したてなのにすごいよね。
もしかしたら君の副隊長の座も危ういかもね。でも楽しみだねぇ。君も隊長だったのに副隊長になって、ついには平隊員かぁ。
そしたら君はもう引退するしかないよね。ふふ、ざまぁみろ。
ちょっとは悔しそうな顔見せてもいいんじゃない?ん?
ほらほらどうよ。
「……」
ベッドに横たわる少女。
身じろぎもせず、こちらを一瞥することすらない。
私の声だけが、私たちの部屋に響く。
まるで、意思のない人形だ。
死んでいないだけで、生きているとはとても言えない状態。
かつての幼馴染。競い合うライバルだと思ってた人。
私が平隊員だった時の、大っ嫌いだった元上司。
誰よりも、私なんかよりも、遥かに才能に溢れてた天才。
一足飛びで私を置いてって、最速で隊長になった、偉大な魔法少女。
あれは……大陸から溢れたスタンピードを抑え込む作戦だった。
その敵戦力は想定以上で、それでも何とかなりかけてたのに。
最後の最後に彼女は私なんかを庇って、運悪く頭部を損傷した。
奇跡的に一命は取り留めたものの、彼女は致命的に壊れてしまっていて。しばらく関東で『療養』を受けていたものの破壊された脳が回復することは、ついになかった。
家族がいない彼女はそのまま処置無しとして一般病棟に移されて、緩やかに死ぬ予定だったのに……一部のお偉いさんの思惑により彼女は私に預けられる。
最低な実験的命令を添えて。
私は最低なので、もちろんその命令に従った。
ま、仕方ないよね。どうせ君も笑って許すんだろう。
君はそういうやつだったし、私はそういうところが嫌いだった。
私だって、理解してるし、気になんかしてない。
第七等級だと言われる魔法少女は全体の1%にすらも満たない。
君も実績を残しすぎちゃったから、まだ使える方法があるならそりゃ使いたいだろうさ。
絶対的な北方の守護者。『加速』の魔法少女。
私の、最強の人形。
でも、もう君の出番は無いよ。このまま君は一生お留守番だ。
今となっては全部、他の人形で事足りる。うるさい大人なんか実績で黙らせてやる。
等級だって、やっと君と並んだんだ。もう代理の隊長だなんて誰にも言わせない。近いうち、君の退役申請だって、きっと通してみせるさ。
そしたら君は、穏やかに死ね。私が最期を看取ってやる。
あーくっそ、こんなに働きたくないのになぁ。君のせいだぞバカやろー。
ほらほら、充電してあげるから早く起きてご飯にするよ!今日はオムカレーだ!
『
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