勝手な救い
残像を残し、閃光が走った。
災厄を体現する凶悪な魔獣が、暴力的な触手を振るう。しかし、そこには何もなく。
まるで瞬間移動のように魔獣本体の横に現れて、入れ替わるように魔獣が吹っ飛ぶ。
そして消えたと思ったら、吹っ飛んだ魔獣に追いついて追撃を加えていく。敵は何もできないし、敵に何もさせない。
もはや目で追うのも難しいくらいの、理不尽な速さ。
使われる魔法は『加速』を含めて身体強化のみ。衣装は手甲と足甲のみで、攻撃手段はシンプルに殴る、蹴るのみ。
たったそれだけで、魔法少女の最上位に最速で登り詰めた、天才中の天才。
これが、本当の第五部隊の隊長。本物の第七等級魔法少女。
人形になった状態でこれだっていうんだから……本気でインチキだよ。
私みたいな紛い物とは違う。本当に、本当に……。
あ、いや……感傷に浸ってる場合じゃなかった。彼女は強いが無敵ではない。
魔力残量も不安だ。戦闘に出てもらうつもりはなかったので必要以上の魔力は与えていないのだから。
日常生活であれば数日は持つだろう魔力は与えているけど……このペースで戦闘してたらすぐにガス欠してしまう。
というより魔法出力を高めすぎなんだよ。明らかに過剰なオーバークロックをしてるじゃないか。
横たわる私を守りながら彼女は戦っている。どんな軽い攻撃であろうと、その一切を通させようとしていない。そんな命令与えてなかったのに。
いや、こっちをチラチラ見てるんじゃないよ。意思なんかないはずなのに、心配してる雰囲気みたいなのを感じてなんかすごく嫌だ。
……だけど、今の私には何もできない。見ているしか、できない。
一分、二分と時間が過ぎる。絶え間ない攻撃の中、魔獣はまだ生きている。かなり弱っているはずなのに本当にタフすぎる。
対して彼女の動きはほんの少しずつだけど、鈍ってきた。やはり消費が激しすぎなんだ。
それでも十分速いけど、面での攻撃にシフトされて攻撃が掠り始めている。
三分、四分と経つ。ついに彼女の動きが捉えられてしまう。
薙ぎ払いが直撃し、弾丸のように弾かれて水平に吹き飛ばされるも、空中で回転して着地、そのまま跳ね返るように一瞬で、一直線に反撃へと戻る。
彼女は人形だけど、他の人形と違って生身だ。これ以上大きなダメージを受けるべきではない、けど。
攻撃の手を緩めようとしない。魔力切れも間近なはずなのに。血溜まりに沈んだままの私を庇い続けている。
足手纏いの私のせいで彼女が、徐々に、少しずつ、傷ついていく。
そうして、五分が経った。
ようやく、本当に、本当に一生で、一番長く感じた五分間。
──『
「……さ、待た、せたね」
嘘のように身体が動く。ガラクタが軍勢に戻る。
そう、私の……私たちの勝ちだ。覚悟するといい。
これより、蹂躙を再開する。
・・・
こうして、状況は終了した。あれからは何の想定外もない。当然だ。
とはいえ私も彼女も、ボロボロ。ああいや、私はもう駄目だけど。
彼女も流石に自動モードの状態であんなのとタイマンしたことは無かったから、傷だらけだ。
今は待機状態に戻って、ぶっ倒れてる。でも復活した魔力パスの状態を見た感じだと、命に別状はない。
彼女はこのまま病院に連れていってもらって、私の魔法が完全に切れたら、人形から彼女自身に戻るのだろう。
そうしたら、君はようやく解放されるんだ。最低な私から。
あー、でも死にたくないなぁ。嫌だけど、一足先にリタイアかぁ。だけどもう働かなくて済むんだから、まあこれもこれで、いいのかなぁ。
ほんと、すごく……疲れちゃった。頑張ったよね私。なんか眠いし、寝るとするよ。もう、いいよね。
え? 事後処理?
そんなの、そのうち応援の人たちがやってくれるでしょ。私は怠け者なので?
あぁ、眠いな……それじゃ、おやすみ、なさい。
──……長、隊長! 隊長!!」
うっすらと、声が聞こえた。
死ぬほど重たい瞼を少しだけ開けると、そこには相変わらず取り乱したままのルーキーちゃん。
「あ、ああ、隊長、副隊長まで、」
うるっさ……ていうか君さぁ、帰ってくるの早いんじゃない? もうあれから2時間以上経ったの?
ちょっと寝てて少しだけ意識飛んでたけど、日の傾き的にたぶん経ってないよね?
新しい気配は、ルーキーともう一人だけ。って……いやいや、応援の部隊は?
この部隊まじで命令無視する奴ばっかじゃん。他の部隊なら懲罰もんだよ?
私がいなくなって再編されたら、こうはいかないよ多分。気を付けなよ。
「た、助け、助けてくれるんスよね!? 早、く!!」
「大丈夫、落ち着いて」
……なんだろう。不思議な声だ。包み込むような、自然な声。
ルーキーの後ろから現れたのは、純粋無垢、といった感じの少女。
生きているのか、死んでいるのか、危うささえ覚える透明感。
まるで、人形? いや、人間味が欠け落ちた、偶像……、
「もう大丈夫です」
また目が霞んできた。まぶたが閉じ始める。
ぼんやりとした視界の中の少女は、太陽を背に輝いてみえて──
「『
──赤色が弾けた。
「え……、あ、何……?」
意識が一瞬で覚醒する。
「死……、これ、や……ちが、あぁ」
混乱しかけた頭を無理やり一つの思考にまとめ、崩れ落ちる少女に駆け寄り、両腕で抱きとめた。
……そう。身体が、動く。なくしたはずの腕が、ある。
これは回復魔法……? こんな途轍もないもの、聞いたことない。
「あ……隊長、良かっ……あれ、良かっ……た? ……ぁ、は、」
「落ち着け、まだこの子も生きてるっ」
泣き笑いしてるルーキーもやばいけど、まずはこの子だ。
なんだろう、代償……自己犠牲によってブーストされた回復……?
うん、なるほど。確かにこれは凄まじいね。本部のお偉いさんが見たら、目を輝かせるだろうなぁ。
それとも、もしかしたらその差し金だったりするのかな?
まあなんにしてもさ。
……ふざけるなよ。ほんと、ふざけるな。
私がそんなの、絶対許さない。許すわけにはいかない。
隊長。君もボロボロなんだけど……。
私じゃ遅すぎるからもう一回だけ、また君を使わせてもらうよ。
「
……。
……?
……、……え?
なん、で。
思わず、少女を見た。目が合った。
慈愛に満ちた微笑み。全てをやり遂げた満足そうな顔。
救済をもたらした少女は小さく頷き、
──最期は私の腕の中で、光の粒となって崩れて、風の中に消えた。
私は動けない。身体が動かない。
絶対に許しちゃいけない。こんなの、ふざけてる。
この少女のことも、これを受け入れそうになっている私のことも。
許しちゃいけないんだ。ダメなのに。なのに。
私の願い。私が望んでいたこと。
そうだ。私はずっと、君に謝りたいと思ってたんだ。
なのに、そんな日は絶対に、もう、絶対、二度と来ないと諦めてた。
「ん……? あれ、どこだ、ここは」
「ごめんなさい、隊長、ごめん、なさい……」
「あれ、おい、何泣いてんだ。というかお前ちょっとでかくなってないか?」
私が弱かったばっかりに。私の努力が足りなかったばっかりに。君は全てを失った。
私はそんな君の尊厳を踏みにじって、奪い取るように君の場所に立ってた。
君のようにって、ほんの少しは望んでたけど。こんな形でなんて、思ってもいなかったんだ。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。本当は、君の隣に立ちたかったってだけだったのに。
こんな最低の私が報われてなんか、いいわけない。
だけど、だけど、君が救われて、本当に良かった。
良かったって、思ってしまった。
ほんと、最低だ。私は結局、何もしてない。ただの怠け者だ。
救ったのは、あの子。
こんなの許しちゃいけない。絶対に。なのに。なのに。
ああ、私って、本当に最低だよね。ごめん、なさい。
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