希望の鎮静 (1 – 3)
静かな眠り
増えろ。増えろ。地を満たせ。
愚かな世界の全てを壊し、食らい尽くし、何もかもを無に還せ。
増えろ。増えろ。思う存分『増殖』しろ。
私が、お前たちを祝福しよう。だから、どうか私たちを救ってくれ。
私たち以外の全てを、犠牲に捧げるから。
引き返すべき時はとっくに過ぎた。
止まるわけにはいかない。止めるわけにはいかない。
新たな世界、楽園に至るため。
革命の夜明けを前に。偽りの希望を、踏み潰せ。
・・・
魔獣は人を襲う。他の何よりも優先して。
だからこいつらを、増長した人類への天罰だとか。審判だとか。
そうのたまう終末論者様どもが、この世にどれほど多いことか。
魔獣を崇める新興宗教まで誕生していて、積極的に魔獣に襲われたり襲わせたりしてる。
意味がわかんないよね。ほんと狂ってる。
それ故に、魔獣を殺す私たちのような存在はそういった連中から目の敵にされたりもする。
私たちの国は他国と比べてまだマシな方だけど、まったくいないってわけでもない。
治安維持組織が比較的機能しているので徒党を組んでどうのこうのっていうのはほとんどない。
でもゲリラ的なものであったり、そうした殉教者以外にも個人が勝手に感化されて突然私たちの邪魔をしようとしたりすることも、あったりして。
これが、とてつもなく鬱陶しい。
なぜ人間を守るために、人間を警戒しなければならないのか。
作戦を邪魔したくても大抵の状況では一般人が割り込む余地はない。
作戦外でも本部の認識阻害の魔法により、魔法少女との直接的な接触はまず不可能。
かなり親しくないと、個人情報と魔法少女個人を結びつけることができないと聞いている。
それに例え接触されたとしても私たちには魔獣のように物理的なダメージを軽減できる、魔力がある。
非覚醒の魔法少女であっても、一般人が傷を付けることなどまずできない。
だから、そんなのは無駄。そのはずなのに。
「やだ!! もういやだ!!!」
目の前で必死に暴れている少女のように、心につく傷は別だ。
戦闘中に勝手に紛れ込んだ一般人が、彼女の広範囲魔法に巻き込まれて死んだ。
そいつは撮影機材を持っていたらしいから、大方私たちの戦闘映像を撮ろうとでもしたのだろう。
作戦情報は伏されているが、避難を促す魔獣警報がある以上、作戦区域を完全に隠すことは難しい。
私たちの映像は高く売れるらしく、阻害効果が掛かっていてもその価値は高いとされるそうだ。
そのため、たまに命知らずな脳みその足りないアホが戦場に足を踏み入れたりする。
魔法少女の映像は広報から出されるもの以外にはあまりないからという、それだけの理由で。
その手の恐怖心を麻痺させたクソボケが神気取りで持て囃されて、殉教者どもにも情報をばら撒いている。
私たちの邪魔をすることで、人々を間接的に危険に晒している。
だから、そいつは死んで当然だ。どのみち法律上、彼女には何の責任も存在しない。
ここで死ななかろうが、見つかっていればそいつは拘束されて厳罰に処されている。
だから、気にする必要はない。
……そうやって割り切ってしまえる子が、そこまで多いわけじゃないというのが現実なんだ。
当たり前すぎる。私たちのほとんど全員が、多感な十代の少女なのだから。
メディアは淡々と一つの事実のみを報道する。魔獣との戦闘による一般人の犠牲者が出たことを。
そのニュースの中に人々は、人々を守るべき少女が、殺してしまったことを疑う。
殺してしまった少女は、何度も何度も、自らが書く報告書の中で殺した事実を追認する。
少女はその事実を胸に仕舞い、また殺してしまわないように怯えながら戦場に出る。
ごく一部の人が声を上げ、その声はすぐ鎮圧される。でも、その声は少女を少しずつ壊していく。
たった一人の間抜けが死んで、戦う少女の心を殺す。
そういった意味で言えば。
私たちの敵は残念ながら、本当に残念ながら、魔獣だけじゃない。
もちろん、大半の人々は何事もないかのように静かに暮らしている。
私たちの応援をしてくれる人だって、たくさんいる。本当にたくさん。
でも、たった一粒の悪意の種が、九割九分九厘の善意を塗り潰して芽吹く。
たった一言の罵声が、全ての声より優先して聞こえてしまう。
そう感じてしまう少女は、決して少なくない。
そして、そういう少女はどんどん摩耗していく。
それでも、人々を守るために少女は戦う。
彼女たちは頑張っている。本当に、頑張っている。
だけど彼女は少し、頑張りすぎた。
だから、ちょっとだけ休んでているといい。
「『
「ぁ……」
おやすみなさい。
私たちの仕事は、壊れた少女を直すこと。
ここは対魔獣組織、第十一支援部隊。
『鎮静』と『刺戟』の魔法少女が所属している部隊。
魔法少女再生工場だ。
・・・
「今日もほんっま疲れたね!!」
「うっさ」
「おーいもっとテンション上げてこーや!!!」
「間違えた。うっざ」
こいつ……じゃなかった、この人は私の先輩。
私と同じく固有魔法に覚醒しておきながら、戦闘適性が無いため支援部隊にずっと居残っているお局様だ。
私の『鎮静』と、先輩の『刺戟』は、まるで対になるかのような効果を持っている。
だからか、やたらと先輩は私に絡んでくるけど、いつもちょっと……いやかなりうるさい。
昔からここ、四国を拠点としているこの部隊にはメンタルケアを重視する人材が集まっている。
そのため、非魔法少女の大人たちは大半がカウンセラーか医師の資格を持っている。
関東にもそういった支援部隊はあるけど、あっちは身体が重視で、こっちはかなり精神寄り。
前線部隊の支援をしながら、全国から集まってくるメンタル故障者の保養をしているわけだ。
そんなところに配属された私と彼女は、まさにそのために存在しているかのような魔法を持っていた。
私が昂り過ぎた精神を鎮静し、先輩が沈み過ぎた精神を
これは副作用のない精神剤みたいなもんだから、私たちは割と忙しくしてるんだけど……。
「はぁ……」
「なんや鬱か。関西人の癖に」
「偏見が過ぎるでしょそれ。いやちょっと元気出ないだけ」
「げーんきだーせよー『
「おいこら雑に精神刺戟してんじゃあないよ!!『
あ……ねむ……ちょっと勢い余った。
くっそ、このやろう……。それある意味精神汚染だからな……?
ちなみに固有魔法に限らず魔法は理由なく私的に使うと罰せられることになっている。
まあ余程のことがない限りほとんど黙認されてるんだけど。
下らないことでただでさえ数が少ない魔法少女の稼働を減らすわけにもいかないからね。
そう、戦闘以外の下らないことで減らすわけには。
……そうだ。減らすわけにはいかないんだ。
新しく魔力に自然適合できる少女は、多くても年間で100人未満。
10〜14歳の少女のうちの、おおよそ3万人に1人ぐらい。
そして表向き徴用は無いとされてるけど、最終的にはほぼ全員が私たちの仲間になる。
そこから固有魔法に覚醒するのが約3割。覚醒までに通常3年程度はかかる。
覚醒した魔法少女は余程の事情が無い限り、ほとんどが訓練を経て前線配属となる。
一応非覚醒でも基本魔法のスペックと本人の希望次第では前線に行くこともあるけど……前線部隊に配属されるのは年間で言えば、大体20から30人ぐらい。
そして前線部隊の、殉職を含む退役者は年間で平均25人。
少ない?
でも元の数が少なすぎて、割合としては多すぎる。
前線に出ている魔法少女は全国で約100人程度。その4分の1が一年の間で戦えなくなる。
だから減らすわけにはいかない。でも魔力の自然適合が増えないなら新人が大きく増えることはない。
だから、壊れようが直して使う。それが、私たちの部隊の基本方針。
戦えない私が、戦えなくなった少女を戦えるように直して、再び戦いに送り出す。
戦える少女を減らすわけには、いかないから。
戦えない私は、その数には含まれていない。
戦う少女は、戦わされ続けているのに。私は戦わない。
戦えない私が、もう戦えないと言っている戦いたくない少女を、戦わせている。
私はなんでこんな。
なんで。
「……ふぅ」
「どしたん?」
「いや、現実ってクソだなぁって思って」
「今更やなぁ」
「今更かぁ」
「せやで。今更なんだから気にしたらあかんよ」
そうだよね。もう、私が前線に出る可能性は全くないと言っていい。
私が戦えないのも、みんなが戦わされているのも、仕方ないことなんだ。
ほんとクソだよこの世界。
あぁ、今更、か。
ほんと何年引きずってるんだろ、私。ほんと馬鹿みたい。
「あー! お腹空いた! 先輩、ご飯いこ!!」
「お、ええで。何食いたい?」
「んー……粉物とか?」
「おっけ、こないだいいお好み焼き屋見つけたからそこにしよか」
どうでもいいけど、この先輩は生粋の関西人ではない。かぶれである。
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