希望の発見

 街を歩き、人々とすれ違う。

 笑顔の人。険しい顔のサラリーマン。穏やかな顔の老人。元気な子供。

 平和にしか見えない日常の街並み。


 これが、私たちの守っているもの。

 それがたとえ地獄の上の薄氷だったとしても、かけがえのないもの。


 社会インフラはしっかり維持されているし、娯楽だって昔と変わらず溢れている。

 暮らしは表向きほとんど変わることはなく、たまに魔獣警報で避難を余儀なくされるだけだ。

 魔獣による犠牲者も、年間でいえば2千人以下。交通事故よりも少ない。

 人々は団欒の中で普通に暮らせている。


 私たちはこれを守り続けなければならないんだ。

 へこたれているわけにはいけない。

 私のちっぽけな悩みなんか、今更すぎて下らないものなんだから。


 ……ああ、ていうか私は守ってるわけじゃないか。

 失礼だったな。私たちじゃない、彼女たちは、だ。


 私は覚醒しときながら、ずっと裏方にいる、現役完走をほぼ約束されている存在。

 前線の人たちはみんな、成人を超えての穏やかな引退は、まず望めないというのに。


 やっぱり、私の悩みは無責任で贅沢だよ。


 魔獣は怖い。でも私だって死にたくはない。

 魔獣は憎い。でも私じゃどうにもできない。


 だから、私は無責任に、彼女たちを死地へと送り出す。


 それが私の仕事なんだから。それでいいんだ。今更すぎる。




「ほんまに大丈夫か?」

「ん、へーきへーき」

「……うちも一緒なの、忘れたらあかんよ」

「うん……ありがと」


 そうだね。忘れてたわけじゃないけど、そうだった。

 先輩だって、同じ。


 これは、


「なんだったらもう一本いっとく?」

「エナドリ感覚で刺戟すんのやめよ?」



 先輩を適当にあしらってお好み焼き屋の扉をガラガラーっと開く。

 昭和レトロな雰囲気でいいね。


 部活帰りの高校生がいたり、定時上がり?の会社員がいたり、いい意味で場末の食堂って感じ。

 ふと思ったけど、見たこともないはずの私たちが生まれる前の雰囲気を、懐かしいって思うのはどういうあれなんだろうね。

 懐かしいって言葉以外があんまり見つからないんだけど。

 うーん、ノスタルジック? エモい? まあいいか。


 適当に座って、適当に注文して、適当にお好み焼きを焼く。

 ここは自分で焼くタイプのお店みたいなので、なんかこう、頑張っていい感じに、焼く!


 先輩と駄弁りながら、私が二人分を作る。先輩は不器用なので絶対に任せられない。

 てか粉物を自分で満足に焼けないのに関西人ぶってて恥ずかしくないんですかね?

 っていうと他の一部の関西人も敵に回すので絶対に口には出さないけど。



 そんなこんな。ゆるゆるな時間が流れていく中。


 ふと、視線を入り口に向けたとき、気づいた。






 そこには、いるのか、いないのか、


 儚げな雰囲気で、透明な存在感。


 痩せて見窄らしく見えるのに、どこか見るものを惑わせるような感覚。


 陰を見せつつ輝きがあり、不安定なようで安心感を感じさせる。


 僅かな違和感。あり得ない不自然。



 なんだろう。これは。

 目を離すと煙のように消えてしまいそうな、希薄さがあって。

 あんまりジロジロ見るのもと思ったけど、何故か気になってしまった。


 その少女は私たちの近くの席に一人で静かに座った。

 メニューを少し見て深く頷き、店員に声をかけ。








「えっと、この、激辛スペシャル辛さマシマシ地獄チャレンジ玉をお願いします」




 なんかすごいのを頼んだ。








「ほんまにそれ食えんの?」


 見るもおぞましい赤い塊を焼き始めた少女に、先輩が普通に絡みにいく。すごいな先輩。

 私あの見てるだけでも涙が出そうな煙を出すテーブルに近寄る勇気無いんですけど……。

 とかいいつつ、最初とは違う意味でちょっと目が離せないんですが。あれって食べ物なの……?


「え……、あ、はい。辛いのって元気が出て好きなので」

「あーわかるわー、刺戟って大事よな。テンション上がるというか興奮するというか」

「えっと、そうですね、元気のために、たまに食べてます」

「ほーう、中々刺戟的なやつやな。これって30分で全部食ったら賞金が出るやつやねんけど、いけそうなん?」

「あ……はい。多分、余裕です」


 不思議少女が先輩のぐいぐい攻撃を喰らって少し引きつつも、うっすら得意げな顔をしている。

 まあ嫌がってる雰囲気はないし、別にいいか。特に問題も、なさそうだし。


 私は自分と先輩のお好み焼きを焼くので忙しいから、このカオスな空間はとりあえず放置する。




 そして30分後。そこにはドヤ顔ダブルピースで賞金を受け取る謎の少女がいた。

 先輩と店員がちょっと涙目で拍手してる。なんだこれ。


 というかすごいな……地獄の化身みたいな塊を汗も流さず平然と食べ切ったんだけど。

 先輩と談笑している様子は食べる前と何一つ変わっていない。こいつほんとに人間か……?


「なあなあ、名前なんてーの?連絡先交換せーへん?」

「名前?」

「先輩ちょっと初対面でその距離感の詰め方えぐいよ」

「うちは関西人やからな!!」

「関西人はそんなセリフ言わない」

「えっと……名前……?」

「ほら困ってるって」

「自分見ててめっちゃおもろいやん?友達になりたいなーって」

「いや割と失礼だよそれ。ごめんね、この人こんな」



──固まった。



 今さっきまでの少女は、人間離れした第一印象とは違ってて。

 最初の雰囲気はどこにいったのか、どこにでもいる普通の少女に見えていた。


 なんか抜けてそうで、大人しい、ただの少女。

 お好み焼きも綺麗に焼けない、不器用で戦いなんか全く知らなそうな、普通の少女。


 それが、何がきっかけになったかはわからない。



「ごめんなさい」


 最初のように。いや、最初よりもっと隔絶した気配に。


「私、いかないといけないから。ごめんなさい」



 私たちを置き去りに、少女は出ていった。

 傍若無人な先輩が食らいつけないほどの、切実な拒絶。


 ……先輩が凹んでるのは珍しいな。それはともかくとして。


「先輩、どう思いました?」

「……なにがや」


「あの子、魔力持ち……魔法少女でしたよね」


 そう。すごくわかりづらい不思議な魔力をしていたけど、間違いない。

 でも確実に戦闘要員ではない。私たちと同じ、素人同然の裏方の魔法少女。

 だとしたら、支援部隊の仲間。だけど、私たちの部隊にあの子はいない。

 他の部隊から応援が来るという話も、無い。


 じゃあ何者?


「攻撃性はゼロやった。悪意も無いわ」

「報告は?」

「せんでもええやろ。敵やないし、うちらは何も見てないってことで」


 意思ある生物である以上、思考には多少なりとも精神的刺激を伴う。

 そして先輩はその種類と強弱を判別することができる。

 感情が何となくわかるだけ、というけどそれはある意味、心を読めるといっても過言ではない。

 先輩は普段アッパラパーだけど決して馬鹿じゃない。おそらくずっと探ってたのだろう。

 その先輩が敵ではないといってるなら、きっとあの子は敵じゃない。


 そして私たちの部隊の仲間でもないのだとしたら。


 例えば、休暇申請を通せた他の支援部隊の人。なさそうだけど一番可能性が高そう。

 それか、目覚めたての一般人。……あの雰囲気で流石にそれはありえないか。


 だとしたら、組織からの脱走者。でも、そういった情報は今のところ無い。

 無いからといってすぐ手配されるわけじゃないから、いないとも限らないけど。


 まあなんにせよ。


「そっか。まあ私たち無責任シスターズだからね」

「なんやそれ」

「敵じゃないのなら、こっちからあえて敵になりにいく必要ないでしょ?」

「ん、せやな。うちも気に入った子の敵にはなりたくないし」

「無責任だなぁ、ほんと私たち」


 仮に脱走者だったとしても、報告義務はない。第一、今の私たちは任務外のオフだし。

 みんながみんな、組織に盲目の奉仕と無条件の忠誠を誓っているわけじゃないのだ。

 いてもいなくても、どうせ戦線に大した影響はない。私たちのような子は前線の子たちとは違う。

 逃げ出したなら、逃げるなりの事情があったのだろう。本人が納得してるなら、それでいいじゃないか。

 悪意も無く、私たちの敵じゃないなら、それでいい。


 そうだよ。選ばれてしまった前線の子とは違うんだ。

 ……ほんと、私って無責任だね。


 とにかく、嫌なことは義務じゃなきゃしない。私だってオフの時に嫌な思いしたくないし。

 まあオフっていっても実質非番なんだけどねぇ。何かあったら部隊戻らないといけないし。




 ……って。




「うわ……魔獣警報」

「最悪やな……しかも特別警報やん」

「また忙しくなりそうだね……はぁ……」

「ええい、気合い入れるで!『刺戟Stimulation』!!」

「だから!!エナドリ感覚で魔法使うなって!!!」

「刺戟的やろ?」




 お前いい加減怒られろ!!!!!

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