鎮まる救い
「なんこれ」
魔獣の出現については未だに分かっていないことが多い。
動植物に魔力が浸透し、混沌とした存在となったもの。
たくさんの命を食らった魔獣が直接産み落とすもの。
そして、原因も分からず突然現れるもの。
他にもあるが大体この3パターン。
最初の二つはある程度予期できる。問題は、最後。
本当に、突然現れる。まるで、編集された映像のように脈絡もなく。
それは滅多にないことながら、予兆もなくて対処の仕様がない。
幸いにもそういうのは大抵、人のいないような海や山などで起こるのだけど。
「こんなん、最悪やん」
日の落ちた風景。明滅する灯。揺らめく炎。
瓦礫の山。魔獣の死骸。立ち尽くす魔法少女たち。散らばる死体。
最悪なことに、今回の戦場は街のど真ん中だった。
死者はここから見えるだけでも十数人。街全体で百は超えてしまう、のだろうか。
小さな街ながら、一般人の被害が大きすぎる。
最悪だ。恐らく、ここ数年で最悪の状況。
そう時間もかからずに、メディアがやってくるだろう。
そしたら、どうなる?
……無責任だな私。最悪だ。
そんなこと考えてる場合じゃないのに。
状況はすでに終了しているとのことで、先行して現場に向かう指示を受けたのだけど。
断片的な情報から感じた、向かってる途中の嫌な予感は最悪の形で的中していた。
無責任だ。そんなこと考えててもしかたないのに。私たちは私たちのやることをやるだけ。
戦っていた部隊は『貫通』と『振動』の魔法少女が率いる第七部隊。
私たちの第十一支援部隊は主にこの部隊を支援しているから、たまにこの二人とも会うことがある。
私なんかでは手も足も出ない実力者たちだ。
いつも自信に満ち溢れていて、堂々とした立ち振る舞いを見せてくれる。
前線でいつも戦っている、そんな一流の魔法少女が。
絶望していた。
「……」
「『
震えながら虚空を見つめ、血塗れで何かを抱えていた副隊長の『振動』の魔法少女に、先輩が気付けの魔法をかける。
「あ……あれ、わたしは」
「報告を。何があったんや」
「……魔獣が、いきなり」
抱えた何かをぎゅっと抱きしめ、震えながら声を紡ぐ。
「隊長が先行して戦ってて、合流して、でもなんとか被害も出さずに、頑張ってたのに」
辺りには、もう敵はいない。あるのは、残されたものたちの、阿鼻叫喚の地獄。
死んだ子供に縋りつき泣き叫び親。虚ろに瓦礫を掘り返す市民。呻く負傷者。
響く怒号。決して直接的に近寄ってはこない、魔獣と私たちへの敵意。
希望なんか、どこにもなかった。
「いきなり魔獣が光って、隊長が、隊長、こんな、あ」
「『
「……取り乱した、ごめん」
ふっと力を抜いて、諦めたような、何か仕方ないものを受け入れたような、そんな表情で状況を語りだす。
立場が、状況が、彼女に現実を受け入れることを強要している。
後から来といてこんなこと考えてる私って……ほんと、無責任だよね。
「急に魔獣が強くなって、でもそいつは隊長が相打ちになりながら貫いた。これ、隊長」
……ああ、やだな。こんなの見慣れたくないのに。
きっとそうだろうなと思いながらも、意識の外に置いていた存在。
彼女が抱えていた何かを差し出す。
見せられたのは、第七部隊隊長、『貫通』の魔法少女。
その、上半分。
下半分はどこにあるのだろう。
「わたしがあとの取り巻きを処理して終わり。救援要請はしたけど必要無かった。戦闘状況は以上」
「そっか」
「被害……たくさん出ちゃった。取り巻きも強くなってたけど、そんなの言い訳だよね」
「仕方ないよ。あとの処理は私たちに任せて」
事後処理できるような状況じゃないだろう。
他の第七部隊の人たちも傷だらけだし、もう限界だ。
「……ごめん。魔法、もうちょっと強くかけてもらってもいいかな」
「いいよ。『
「あ……りがと、もう……眠っても、いい、かな」
「いいよ。おやすみなさい」
彼女だって無傷じゃない。立っているのだって辛いんだろう。
頑張ったね、なんて無責任な言葉が浮かんで、口に出る前にそれを飲み込んだ。
彼女は年下だけど、私よりも上の存在。頑張って当然と言われる立場なのだから。
でも……今回は本当に頑張ったね。だから、私が休ませてあげないといけないと。
……ああ、さっきから外野がうるさいな。
お前たちは、黙って大人しく守られとけよ。
──『
どいつもこいつも、みんな、みんな、おやすみなさい。
大丈夫。これも事後処理の範囲内だから何も問題ない。ちゃんと報告書は書かないとだけど。
「……行くで」
「うん」
鎮められた状況。
何もかもが静まり返り、壊れた街しか音を出さない不思議な静寂の中。
私たちは黙って被害状況を丁寧に確認していく。
現実の惨状が、残酷な未来しか見せてこない。
ああ……やだな。
希望なんか、どこにもない。
無責任にも思ってしまう。
私では、これはもう、どうしようもないから。
ああ、どこかに希望が、歩いてたりしないものだろうか。
こんなの全部夢でしたって、言ってくれるような。
そんな、夢みたいな希望。
──目が、合った。
そこには、いるのか、いないのか、不思議な少女がいた。
儚げな雰囲気で、透明な存在感。
痩せて見窄らしく見えるのに、どこか見るものを惑わせるような感覚。
陰を見せつつ輝きがあり、不安定なようで安心感を感じさせる。
僅かな違和感。あり得ない不自然。
なんでここにいる?
あ、いや、いてもおかしくはない。
あの場所とここはそう離れてはいないのだから。
むしろ、いるのが当然のような。いや、やっぱりおかしい……?
この状況は、この雰囲気は、なんなの?
少女は小さく頷き、うっすらと笑う。
あの時の得意げな笑顔とは違う、大事な何かが欠け落ちたような、そんな表情で。
──『
静寂に、血の音だけが残された。
何が起こったのか。何を見せられているのか。
私は動くことも、声を出すこともできずに、固まっていた。
なにこれ。こんなの。あまりにも、あんまりだ。
先輩が少女に駆け寄り、取り乱している。すごく珍しい。
何か声をかけながら、話しかけながら、必死になって少女を抱えようとしてて。
少女は崩れた。致命的に、ボロボロと。
形を失い塵に還っていく少女を、心が砕けていく先輩を、私は音もなく見ていた。
ああ、駄目だ。このままじゃ先輩が壊れちゃう。『鎮静』しておこう。
辺りを見渡す。そこにあるのはもう、地獄じゃない。
倒れ伏した犠牲者も、静かに眠る生存者も。
みんな同じように傷一つ無くなり、息づいている。
死んだ魔獣と、壊れた街だけを置き去りに。
それ以外の全ての悲劇が、無かったことになった。
全ての……?
本当にこれが、希望?
私が望んだ、希望なのか……?
俄かには信じがたい、ありえない奇跡。
全てが夢みたいで、幻のようで。
目を離したら消えそうな少女は、本当に消え去ってしまった。
果たして、あの子は本当にいたのだろうか。
これも、この気持ちも全部、夢のように忘れさせてくれたらいいのに。
あの時の少女は。本当に。
……鎮めなきゃ。この心の動きも。無責任な思いも。
私は、私のやることをやらなくちゃいけない。
さあ。状況を、まとめないと。
ああ、やだな。
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