黒塔を倒す

 まずはご挨拶だ。


 戦いは挨拶に始まり、挨拶に終わる。コミックスでもそういっていた。

 まあこの挨拶は、ちょっとばかり、痛いかもしれないけどな。



「『浮遊Levitation』」

「『発火Ignition』!」



 質量を無視して浮かび上がった5メートル級の大岩。

 それに魔力の炎を纏わせ、ミサイルのように高速でぶっ飛ばす。

 当たる直前に『浮遊』は解除され、それはさながら隕石のような衝撃を与える。




 名付けて合体魔法、メテオストライク。




 似たことは一人でも出来なくはないが、二人でやれば威力に対してのコスパが段違いだ。

 魔力の炎に加え巨大な物理的質量を持ったこの魔法は、当たれば大抵の魔獣の魔力装甲をぶち抜ける。


 今回の相手は当ててくださいと言わんばかりの巨大な的だ。ワタシたちにとっては外す方が難しいだろう。


 当然のように直撃し、爆発する疑似隕石。

 煙のなかの謎の魔獣。さて、どうなった……?


 ……。


「……ダメか。硬いな」

「魔力装甲の密度が高いのかも。物理が効きにくいなら私は攻撃面じゃあまり役に立てないかな」

「ヒメの本領はサポートだから問題ない。直接叩きに行くか」

「まって、まだ遠距離で様子を見た方が……」


 距離にして、1キロほど前方の敵。

 あれが効かないとなると、ここからちまちま攻撃しても埒が明かないだろう。


「いや、突っ込む。何をしてくるかわからない敵は、さっさと完封するに限るからな」


 敵に何もさせないのはちょっとヒーロー的じゃないが、そんな余裕はたぶん無い。

 早くしないと、。ワタシの勘が、そう言っている。


「ここで待っててくれ、必ず戻るから。魔法を頼む」

「……わかった。『浮遊Levitation』」


 身体が、完全に宙に浮く。

 この状態で『発火』すれば、自由自在に空を飛ぶことが可能だ。飛行形態ってやつだな。

 まあこれも、一人でやれなくはないが魔法を合体させた方が圧倒的に効率がいい。


 さあ、いくぞ。レディ、セット。




「『発火Ignition』!!」




 ぐんぐん近づく黒い塔。近づくにつれて、その悼ましい見た目が露わになってくる。

 まるで、傷だらけの巨木。というか、いや、アレか? ちょっとアレなんだが、これってアレか?

 ボコボコしてて脈動してて、黒光ってて、太くて、長くて、霧と一緒になんか変な液体も出てる……。

 おぞましいというかなんというか……いや気持ち悪いな!きもすぎる!


 こんな言葉にできない汚物、さっさと正義の炎で浄化してやらねば……!


 なんかもう直接触るのもいやだったので、近距離だけど炎のビームで焼きつくすことにする。

 参考にするのは第三部隊の副隊長、『放射』の魔法。炎を収束し、一気に解き放つ。




「蒸発しろ。プロミネンス」




 極光が迸った。

 距離も近くて的もでかいから当たり前だが直撃だ。手ごたえあり。

 この場面で使えそうな高出力魔法ということで即興でやってみたけど、意外と上手くいったな。

 消費はちょっと多いがもう少し調整して普段使いしてもいいかもしれん。


 塔の魔獣はえぐれた中心部分を、うじゅうじゅと高速で再生している。

 よし、オーケー。効いてるな。だけど回復が早い。畳みかけねば。



「焼き尽くせ。インフ────







──直感が突き抜けた。


 五感の全てより一瞬早い、第六感の警告。







「『発火Ignition』ッ!!!」







 魔法の強引な中断で暴走しかけた炎を無理やり抑え込み、全力で後方に退避する。

 その、一瞬前にワタシがいた空間に。



 何かを貫かんとするような形の、触手があった。






「な、ん……?」



 まったく、予兆が分からなかった。はっきり言って今のは運が良かっただけだ。

 そして今わかったのは魔獣が光ったのと完全に同時に、今まで影も形も無かった触手が現れたということ。

 その触手はコマ送りのような異常な速度で発生し、ついでのようにこちらを貫こうとしていたということ。

 そして大量の触手が生えたことで、ここまで特に動きを見せてこなかったこの魔獣が一気に攻勢にでてきたこと。


 何が起こっている……?

 とにかく敵がでかすぎて、何が起こったかその場ではよくわからない。

 絡まりそうな無茶苦茶な動きでワタシを貫こうとし始めた触手を三次元的立体軌道で避け続け、後退していく。



 そして、全貌が、見えた。見えてしまった。



 巨大な塔は100メートルに届かんとさらに巨大に。

 いたるところから細い触手が垂れ下がり、不規則に暴れまわり、見るもおぞましく霧と粘液を垂れ流す。

 脈動する無数のコブの亀裂が少しずつ割れていき、そこから現れたのは。



 目玉。



 目玉。目玉。



 目玉。目玉。目玉。



 目玉。そして、無数の口。


 見るだけで精神を削るような。

 実在する正気を疑わせるような。

 果たして現実かと思わせるような。

 ワタシたちの存在を否定するような。


 こんなものが、ワタシたちの知っている、魔獣、なのか?

 そんなわけ、そんなわけ、ないだろう。

 だれか、そうだといってくれ。


 ワタシを見る無数の目。歪む無数の口。


 なんなのだ、これは。思わず心から、心の中で祈ってしまう。





 ああ、神よ。

 ワタシの目の前にある、この、は、一体なんなのですか……。










「マリー!!!」



 近づく声に、一瞬で覚醒した。

 正気に戻ってすぐの眼前には、束ねられた触手の塊。

 素早いワタシを叩き潰すための、巨大な面と質量の攻撃。



「しまっ……」

「『浮遊Levitation』!!!」



 咄嗟に魔力を込め蹴り上げたその触手の塊は、重さを感じさせることもなくあっさりと弾き飛ばされた。

 身体に染み付いた動きが、反射的にひるんだ触手へと追撃の火球を放つ。



「なにしてんのヒーローでしょ! しっかりしてよ!!」

「……すまん、本当にすまん、もう大丈夫だ」

「ホント!? 次またあんな間抜け面晒してたら殴るからね!!」



 クソ、ホントにクソ過ぎる……何をしてるんだ。

 何がヒーローだ、クソが、いや、落ち着け、落ち着け……。


 そう、ワタシはヒーロー、ヒーローは簡単に動揺したりしない、落ち着くんだ……。


 そうだ、ホントに冷静にならないと駄目だ。

 現状を確認しろ。戦況を把握しろ。


 敵の触手攻撃はさっき一束を丸ごと燃やしたから少し落ち着いている。

 変化により増えた攻撃は今のところ触手によるものしかなく、残った触手による攻撃を流れ作業で対処しているだけだ。

 だがそれでも十分すぎるといえるほどに、この触手攻撃は苛烈。並の魔法少女では恐らく1分と持たない。

 それに……この魔獣の手札はきっとそれだけじゃない。もしそれだけだとしたら変化が余りにも大げさ過ぎる。


 何が、本当に何が起こっている。

 最初の等級は、仰々しく一体で出てきた割には第五等級の上位といったところだった。

 それが今は大幅に強くなって、第七等級相当、その上位に迫っている。

 それなりに長いワタシの戦闘経験の中でも、トップクラスの強さだ。


 ……強くなる、魔獣?

 ちょっと待て、何か、何か引っかかる。

 最近の情報、報告、……くそ、何かあったはず。はっきりしないな。


 いやそうじゃない。

 まず、いま考えるべきは戦況だ。


 先程までの感触から考えると、これ以上の何かが多少あっても一対一なら問題なく勝てる。

 だけどヒメは……無理だ、勝てない。今だって、触手の対応で手一杯の様子だ。

 このまま戦えば、最悪、死ぬ。駄目だ。それだけは駄目だ。


 守れるかどうか……それは無理じゃない。不可能じゃない。大丈夫だ、やれる。


 だが……、どうだ。一緒に戦わせる、必要性はあるのか。

 増える戦力。減るワタシの危険性。増えるヒメの危険性。


 ……これは流石に許容オーバーだ。こんなの、天秤にかけて考えるまでもない。



「もう、大丈夫だ。だからヒメは退避、を……?」



 触手を再生させた塔の魔獣が、動きをピタリと止めていた。


 ずっと、こちらを見据えていた無数の目が一斉に焦点を外し、無数の口をゆっくりと開き、



「ッ! 『発火Ignition』!! ヘブンズフレア!!!」



 考える時間も勿体ない。とにかく、こいつにはこれ以上何もさせるべきじゃない。その直感に従い全力で魔力をつぎ込む。

 先ほどまでの炎よりもずっと強大な青い炎球を、何かやり掛けていた敵に思いっきりぶつけた。

 塔の胴体を、丸ごと蒸発させるような過剰な威力。普通の魔獣なら、とっくにオーバーキルのはずだ

 中心部分を丸ごと失い、巨大な塔の魔獣は上下が分断されて倒れはじめる。


 これで、勝ったと思いたいが……。



「インフェルノ」



 上下泣き別れとなり、地に落ちていく魔獣の上半分。それを油断なく燃やす。

 そのまま下半分も燃やしておく。手を抜かず、気を抜かず、丁寧に燃やし尽くす。

 全てを焦がす炎が魔獣を包み、魔獣は巨大な篝火となってあたりを照らす。


 ……。


 ……。


 勝った……のか?


 魔獣の触手がのたうち暴れながら、ボロボロと、バラバラになりながら燃え落ちていく。

 結局、増えたあの目玉と口に何の意味があったのかわからないままだった。


 ……少しくらい見ておくべきだったか?

 結果論だが私は無傷だ。多少の隠し玉があったところで恐らく問題はない。

 だとしたら、今後の魔獣対策のための成果として回収しておくべきだったかもしれない。

 こんなのが今後もまた出てくるなんて、考えたくもないが……。


 あ、いや、いや……やっぱりダメだ、そんなの。

 自分の命だけならともかく、この場には守るべき命がある。

 それを守るヒーローなのだから、それは決してベットするべきものではない。

 これで良かったのだ。そうに決まっている。


 なにはともあれ、過ぎたこと。

 あとは消えない炎が魔獣を灰にしてしまうのを待つだけだ。


「……なんだったのこれ?」

「わからん。だけど、まだ生きてる。ヒメは後方に退避しててくれ」

「……わかった」


 そもそも、まだスタンピードは終わってない。

 少し魔力を消耗しすぎたが、こいつが燃え尽きたら次の戦いに備えないと……。


 燃え盛る魔獣に照らされながら、炎に魔力を込め続ける。

 流石に巨大すぎてまだ少し時間が掛かりそうだが、もう終わる。

 瓦礫のように崩れた魔獣が炎の中で、身体をどんどん燃え滓にしながら動きを鈍らせて、蠢いていて、声なき声をあげ……、



 ……いま、口が?









 ──『迷妄Delusion






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