迷妄を超え




 突然、視界が霧に覆われた。




「な……?」


 まて、落ち着け、落ち着け。

 現状確認、戦況把握が最優先だ。忘れるな。


 この霧は落ちた魔獣の欠片が一斉に爆発したもの。

 魔力を若干含んでいるが、今の時点で実害は感じ取れない。

 何も見えなくなった視界で触手の攻撃に備えるが、今のところ敵の動きはない。

 流石にまだ再生はできていないのだろう。こちらの炎はまだ消えていないし攻撃は続行中だ。



 

 



 あ、いやでも、あれは……、魔、法……だったのか……?


 魔法を使う魔獣……そんなのが?

 ふざけすぎだろう、有り得な……、い?


 ちょっと待て、これも、いや、なんだ、引っかかる、何かあったはずだ。



 ……、……深く考えるのは後にしよう。

 今は、攻撃を継続してきっちりこいつを殺す。早く終わらせるんだ。


 


 あ、違う、違う、ちょっと待て、違うだろ。

 終わってない、油断するな。あ、でも。いや?

 何かがおかしい。何が?


 


 ワタシは最強のヒーローなのだから、問題など、何も、何も……。








「マリー?」



 ヒメが、隣にいた。後ろに下がったはずでは? あれ?



「大丈夫?」



 。……え?



「大丈夫じゃ、ないよね?」



 前方を振り返る。霧の中から、……?



「そうだよね?」

「そうでしょ?」



 なに、を……?



「たくさん戦って、でも全部は守れない」

「その度に、みんなが少しずついなくなる」



 え……?



「守れないのに、守らなきゃいけないって」

「一緒にいれないのに、一緒にいたいって」



 あ……。



「ヒーローは孤独だよ」

「最後はいつでも独りぼっち」



 ……ぁ。



「孤独でも戦うのがヒーロー」

「孤独を受け入れられないのにヒーロー?」

「寂しいだけでしょ? 何を、言ってるんだか」



 ぇ、あ……ちが……、



「でも、それでもいいんじゃない?」

「ヒーローじゃなくても、私は受け入れるよ」

「受け入れられないマリーを、受け入れてあげる」

「かわいそうで、かわいいマリー」



 や……、





「おいで、守ってあげるから」





 ……、ぃ……、





 ……ぃ、











「っ……、『発火Ignition』!!!」



 バッ……、この、バカがッ! クソボケッ!!


 こんなの攻撃に決まってるだろ!!

 何が大したことはできないだ、最悪の精神攻撃だこんなの!!


 幻影、偽物、霧の中の無数のヒメ。



 



「ヒートナイフ!!」



 ヒメの偽物を切り裂く。ほら消えた、



 片っ端から、消す。


 消していく。消えろ。


 消えてくれ……!



 霧が少しずつ薄まり、幻が少しずついなくなり、あと少しなのに、残った敵は硬い。



 でも大丈夫だ。ワタシは強い。この敵だって問題なく倒せる。

 参考にしたのは第七部隊の隊長、『貫通』の魔法。

 炎を極限まで小さく圧縮し、魔力障壁を貫く。



「穿て、クリムゾンレイ……ッ!!」



 極小の火球が、レーザーのような曳光を残して最後の敵を貫いた。

 全ての敵がいなくなり、霧が晴れていく。


 退


 結局、ワタシは無傷のまま。

 魔力だけはかなり消耗はしているが、体力は十分で大した問題ではない。


 これで万事解決の、パーフェクトな、勝、利……。



 ……?



「あ……れ?」



 なんで?



 おかしい。なんでだ?





 なんで、





「あ……嘘、だろ?」



 霧は晴れた。目の前のものも、頭の中のものも。

 本当は理解しかけている。頭がそれを拒んでいるだけで。





 ワタシは……、


 ……何を、やった?


 殺し、た、のか?


 ……なに、を?





「ぁ……」





 止まってしまった。何もかも。

 動きも、思考も、先ほどまで並行で行っていた魔獣本体への攻撃も。


 視界の端で、通信端末がチカチカと光っている。

 ヒメが応援要請から救援要請に切り替えたのだろうか。


 そして、霧に飲まれたワタシの援護に入った? バカなのか?

 さんざんワタシのことをバカだといっといて。そっちの方がバカじゃないか。


 急激に弱まった炎の中で、魔獣が再生を始めているのが見える。

 でも、何も、動かない。動かせない。


 これが……ワタシの末路。

 守るべきものを守れなかった。それどころか、自らの手で壊した。

 守れないのは、初めてじゃない。奪われるのも、初めてじゃない。




 だけどこんなの、あんまりすぎる。何が、何がヒーローなのか。




 ぼんやりと、魔獣が回復していくのを、見守ってしまった。

 再び生えた触手が暴れ回る。がむしゃらに、乱暴に。

 周りにある何もかもを吹き飛ばし、振り上げ、巻き上げていく。


 それを見つめる。

 ああ、なんとかしないといけないのに。どうして。どうして……。







──







「あ、ぐっ……! ちょっと失敗、しちゃった、かも……?」


「え……?」



 落ちてきたのはボロボロの女の子だった。あの触手に巻き込まれたのだろうか。

 落下の衝撃により、もはや負傷者だといっていいぐらいの。

 ただの一般人とほとんど変わらないような、か弱い魔法少女。


 支援部隊……なのか? いったい何をしにきた?

 不思議な魔力をしているが、こんな子が来てなんの役にも……?

 いや……? なんだ、何かおかしい……?



「……その怪我」

「あ、えっ……と、大丈夫……です。助けに、来ました」



 大丈夫? 大丈夫なわけ、いやそれよりも、助ける?

 いったいなにを? こんなにも弱い子が、このワタシを?

 そんなボロボロの状態で、ワタシのなにを助けると?

 なにを、助けてくれると、いうのだ……?



「大丈夫です」



 足を引き摺りフラフラとこちらへやってくる、少女を見ながら。

 その無力な姿の背後に、触手を振り下ろす化け物を見て。




(あ……)





──『発火Ignition





 思考が一気に形を取り戻す。


 守らなきゃ。

 そう、この子のことも、守るんだ。

 身体が勝手に動いた。少女を庇い、流れるように触手を弾き飛ばす。


 そうだ、そうだよ。ワタシは間違えてしまった。そんなのわかってる。

 でも、間違え続けるわけにはいかないんだ。だって、ヒーローなのだから。



 



 残った魔力を集中させる。あいつを倒し、この子を守る……!


 心を燃やせ。魂を注ぎ込め。諦めてはならない。戦え。責務を果たせ。


 そうだ、やるべきことを確認しろ。この魔獣は絶対に倒さなければいけない。

 ワタシが倒れてしまったら、この子だけじゃない、他の仲間、無力な人々、みんなが死んでしまう。



 ワタシがやらなければ。ワタシしかいないんだ。ワタシは、ヒーローなんだ……!



「ここで、待っててくれ。必ず守るから」

「え?」

「ヒメを頼んだ」


「えっ、え?」


 少女をヒメのそばに連れて行き、ワタシは魔獣の元へと飛ぶ。

 二人を背に。攻撃を絶対に通さないという強い意志を持って戦い続ける。


 戦闘は、相手も消耗はしているが最初からやり直しみたいな状況だ。

 でも魔法のようなものを使う気配は、もうない。一回限りだったのだろうか。

 あれさえなければこいつはただの第七等級魔獣に過ぎない。だが何にせよ油断すべきではない。

 それでなくても異常にタフなのだから。全力を以って当たらなければならない。

 はたして……この後の戦いに魔力を残すことができるだろうか。


 ……ああ、くそ。ダメだな。正直、すぐにだって心が折れてしまいそうだ。

 でも戦わないと。守らないと。ワタシが何もかも、守らなければ。


 だって……だってワタシは、ヒーローなんだから。



 チラリと後ろを見る。


 少女が横たわるヒメを覗き込み、小さく頷いているのが見えた。


 そして、こちらと目が合う。その、透き通った不思議な目と。

 緩やかで、穏やかな表情。包み込むような眼差し。

 満ち足りていながら、何かが欠けていると思わせる微笑み。

 少女の存在感が少し薄まったような気がした。

 気配が希薄に、それでいて明らかな輝きを感じさせて。

 それは自然そのものの神々しさのようにさえ思えて。


 まるで、燃えるような陽炎。不自然な、自然さ。

 違和感。直感。そして、理由のわからない確信。


 咄嗟にワタシは、その少女へと──








──『救済Redemption







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