染まる聖女
「……状況開始」
目の前に広がるのは第五等級混じりでほとんどが第三等級前後の百体近い魔獣の大群。植物系が多いだろうか。
数はかなり多いとはいえ、物の数にも入らないような雑魚の群れ。私たちでもそれなりに余裕を持って対処できそうな程度の規模でしかない。
隣で副隊長のヨドさんも少し安心した様子をみせる。実際に目で見るまではやはり不安だったのだろう。この方は心配性だ。
幸いにも周囲への被害はまだ出ていない。本当に良かったと思う。私たちはこの国を守るものとして、常に最大を救わなければならない。
そのために切り捨てられる少数というものはどうしたって、生まれてしまうことがある。
必要なことだ。仕方のないことだ。割り切って、切り替える。
部隊の隊長を引き継ぐに当たってこの考えは徹底的に叩き込まれているものの、当然だけど被害はゼロが最良。
常にそれを目指す努力は忘れてはならないし、少ない犠牲を必要経費として最初から計上する人間にはなりたくない。
とはいえ。今の時点で終わったと考えるのは早計が過ぎるだろうか。気を引き締め直さないと。
先頭の魔獣が辺りを伺い、こちらに気づいた。でも私たちは、すでに戦闘態勢に入っている。
「『
浄化とは不純を取り除く魔法。
病気を癒したり汚水を真水にしたりなど、本来は戦闘で使えるような魔法ではなく、実際、私は魔法に覚醒してからも長く第十支援部隊の衛生班に所属していた。
それが変わったのは、たまたま前第九部隊の戦闘に私が巻き込まれた時のこと。
偶然のことだった。
命の危機に、無我夢中で自分だけの固有魔法、『浄化』を振りまいてしまった。本来なら何も起こらないはず。なのに、魔獣の動きが目に見えて鈍った。
あとからわかったことなのだけど、魔獣の魔力は混沌と混ざり合っていて、その状態で不自然に安定してしまっている。だからそれを純粋な魔力へと清められることで、バランスが崩れて弱ってしまう。
そう。私の魔法は魔獣にとって、致命的な弱体化魔法だったのだ。
そして私はそのまま前線へと抜擢され、いつの間にやら隊長にまで登り詰めた。
私よりも強い魔法少女なんか、一般隊員の中にだっていくらでもいる。でも私ほど、一定以上かつ安定したサポートができる魔法少女は他にいない。
私が魔獣を弱らせ、みんなで魔獣を逃さぬよう囲んで叩く。数が増えるほどに効果が高まるので、雑魚の群れにはこの上ない魔法。
突出した高等級の魔獣にはあまり通用しないので他の作戦も用意してあるが、今回は必要ない。
雑魚狩り専門?
上等ではないか。雑魚の集団相手に私たち以上の戦果を挙げられるものなどいないのだから。
そして、いま隣にいる彼女が入隊したことで、私たちの部隊は真に完成されたといってもいい。
今や第九部隊は、他の部隊と比べても決してその戦力で引けを取らない。
「『
ヘドロのような禍々しい魔力の触手が、魔獣に触れた。たったそれだけで、大木のような魔獣が色を失い地に伏せる。
私はその力の余波を、彼女の邪魔にならないように丁寧に浄化していく。
二年前、いきなり第五等級相当だという新人がこんな底辺の部隊に来ると聞いたときは耳を疑ったものだけど……実際に見てすぐに理解できた。
ある程度威力の調整は出来るとはいえ、味方を巻き込みかねない無差別な攻撃。周囲にも継続的な影響を残し、放っておけばその余波は不毛の大地を作ってしまう。
これではいくら強くても、流石に諸刃の剣すぎる。おそらく本部も支援部隊の教育班も持て余していたのだろう。
前線配属が決まらず、ずっと支援部隊で絶対に魔法は使うなと念を押されながらこき使われていたらしい。
始めて会ったときは魔獣への恨みと味方のはずの人たちへの人間不信で、身も心もドロドロに澱んでいて。それでいながら人のことを本当の意味では決して嫌いになれない純粋さを持っていて。
その力をもって私たちを救ってくれた。
私たちに足りない何もかもを補ってくれた。
本当に、ここに来てくれて本当に、良かった。私だったら、この鋭すぎる剥き身の剣の鞘となれる。私だけが、彼女を本当の意味で包んであげられる。
歯車が噛み合うように。パズルのピースが埋まるように。私たちは出会って、完璧になった。
私と彼女は二つで一つ。
私は決して清らかなんかじゃないし、彼女は絶対に汚くなんかない。彼女を穢らわしいと言う人がいる。私が汚れてしまうと言う人もいる。
……本当に何も分かってないと思う。表面的なことしか見えていない。あなた方の目は曇っている。
見るといい。あの堂々とした姿を。彼女が歩くだけで、魔獣が跪く。
抵抗など無意味。成す術なく頭を垂れるそれを、私たちは従者のように、始末していく。
ああ本当に美しい。純粋に、素晴らしい光景だとは思わないだろうか。
まるで絵画のように。詩に謳われる神話のように。人類の敵が滅びを迎える。
例えその戦う姿が禍々しく映ろうと、私にはそれが神様のように見える。
私たちには、私には決してできなかったことを叶えてくれる、私の神様。
そう。私を聖女というのなら、私が崇める神様は彼女だ。
そしてその神様は私がいなければ完成しない。その事実に、とてつもない高揚感を覚えてしまう。
可愛らしくも不完全。その全ての反応が私の心を刺激する。ああ、素晴らしくも不敬。だけど、あなたが望むのなら、全てを差し出し捧げよう。私は鞘で、巫女で、従者なのだから。
今は恐れ多くも私の立ち位置の方が上だけれど、そんなものは仮の立場みたいなもの。いつか彼女を頭上に戴く日が、本当に、本当に、待ち遠しい。その時は、なんてお呼びすれば。今は対外的な問題もあって恐れ多くもさん付けをさせていただいているけれど私が傅く立場となれば様付けでお呼びしても問題はないだろう。いやそうすべきに決まっている。いやいやもしかしたら名を呼ぶことですら不敬なのでは。そもそも今の状況だって全部おかしいし周りの子は共感してくれてるけどもっともっと崇めてというかあの方を不純な目でみる世間の輩どもにもちゃんと布教して浄化せねば、
「……『
おちついた。
いけない、いくら余裕とはいえ今は戦闘中だ。それに集中しないといけない。
この魔法は精神にも作用するから、不純な気持ちを取り除いて落ち着かせてもくれる。
あれ、ということはさっきまでの私の精神は不純だったってことなのだろうか……気にしてはいけない気がしたので気にしないことにしよう……。
とはいえ、状況に変化は無いまま。すでにほぼ全ての魔獣が倒れ、私たちが止めを刺した。
このまま余裕を持って状況は終了しそうだ。最初から私たちだけで十分なのは分かっていたので、応援要請はしていない。
一応、要請する準備はしていたものの、今回は必要ないだろう。あちらにはあちらの任務もある。
被害もなく、彼女の危険もなさそうだから、このままで何も問題はないはずだ。
残りは最後の一体で、すでに片付きかけている。
一回り大きい、おそらく群れのリーダー格だったであろう第五等級相当の大木の魔獣。彼女の大いなる力に叩き伏せられた、可哀そうな枯れ木。
私は少し離れた場所で、その倒れた魔獣の息の根を止めようと向かった子を眺めて、
「ぇ?」
予兆は無かったはずだ。なのに。何の脈絡もなく。訳も分からず。
お腹が激しい熱を持った。何か、零れ、
いけな、意識が、まず、……。
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