汚染と浄化 (1 – 3)

淀みの浄化

 まさか……革命に巻き込まれた子にあんなことが起こるだなんて。

 偶然にして、想像以上の『進化』でした。あれこそまさしく、神の子の所業。

 これまでの有象無象を悉く失敗作へと変えてしまった、私の最高傑作。

 では、神の子を生み出した私は一体何者になるのでしょう?


 ……神様? ……とても良い響きですね。


 どうか、頑張ってください。

 新世界の神として、あなたのことを陰ながら見守ってますよ。




・・・




 魔獣の出現には一定のサイクルがある。ある程度の出現が続いたあとで一気に増え、そしてピークアウトする。

 先週、関東で大規模な出現があったらしいが、こちらは平和そのもの。今回の出現サイクルはおそらくこれで凪と呼ばれる状態に入ったということだろう。

 何とか今回も私たちの部隊は、このまま全員無事に休息期間を迎えることができそうだ。


 対魔獣前線部隊、九州方面担当、第九部隊。


 戦闘の矢面に立つ前線部隊としての実力は末席も末席。アタッカーがほとんどいなくて、戦えなくもないがほぼ全員サポーター。隊長も第五等級相当でしかなく、はっきりいって雑魚専門の雑魚集団だと言われることも少なくない。

 事実として私たちは、同じ九州方面担当の第八部隊をサポートするための前線支援部隊みたいなものだ。第九部隊が単独で戦闘をすることはそんなにない。

 第八の彼女たちは大陸で溢れる魔獣を堰き止めるための防波堤の役割を持つ、最前線にして最重要ともいえるこの国の盾。一度たりとも、決して負けるわけにはいかない存在。

 だからこそ、このような配置になっているのだろう。第九部隊のみんなはそれに納得して任務に当たっている。

 前線に出て戦うこともあるってだけで正直、第十から第十六までの後方支援部隊と大して変わらないけど、我々はこの役目に誇りを持っている。らしい。



 私だけが、それに不満を持っている。



 やってることは毎回のようにいつだって、第八部隊の援護。後始末。尻拭い。彼女たちがどれほどの戦果を上げたとしても、私たちはなかなか評価されない。

 輝かしい英雄の影で、いつも泥を被って縁の下を支えている。


 なんで、優しいみんながこんなにも軽んじられているんだと。


 別に彼女らの助けになるのが嫌だというわけじゃない。第八の人たちが下に見てくる、なんてことは無いと思っている。

 彼女たちはみんな気持ちのいいバカだから、そこはいい。


 だけどなんで、私たちも無力な人たちを守っているっていうのに。守るべき人たちに馬鹿にされなきゃいけないんだ。

 私たちだって、必死に戦っているのに。世間では明確に優劣がつけられている。


 冷静に見てしまえば絶望的な情勢。誰もが不安を抱えて、ストレスを感じていて、その捌け口として、私たちの部隊はよく槍玉に挙げられる。ふざけるな、誰のために。


 前線部隊は魔法少女隊の花形。メディアにもよく取り上げられる。

 だからといって、矢面に立っているからといって、好き放題になんでもぶつけていいわけじゃないんだ。

 そもそも私たちだって目立ちたくて目立ってるわけじゃない。


 もちろん、中には純粋に私たちを評価して応援してくれる人たちもいる。そういう言葉は素直に有り難く思う。それが嬉しくて、次を探してしまう。

 だけれど、どうしても嫌な言葉が気になってしまう。嫌らしい言葉が目についてしまう。


 お願いだから、優しいみんなを傷つけないで。汚さないで。するなら、私だけにしてほしい。


 私はすでに汚れきっている『汚染』の魔法少女。私になら、何をしたっていいから。









「またヨドさんは、変なものを見ておられますね」

「あ……隊長」


 声をかけてきたのは、我らが隊長。

 美しすぎる聖女。『浄化』の魔法少女。私は、彼女がいるから存在を許されている。


「あまり気にされてはダメですよ。人目に触れる以上どうしてもそのような声はあるものですから」

「……はい」


 でも、気になってしまう。何かあるたびに、思わずエゴサーチしてしまう。たまにある温かい言葉のために。みんなが変なこと言われてないか確認して安心するために。


 ……嫌な性分だ。半ば、依存症みたいになってる気もする。


「見てしまわれる気持ちも、わからなくはありません」

「……」


「というかまあ、私もたまに見てしまっているのですが」

「え……、ダメです!目が腐ります!」

「大丈夫ですよ」


 そんな……あんな汚物の掃き溜めがこの人の目に触れていただなんて……。

 他の人が見てて嫌な気持ちになったりするってのは見たことも聞いたことあるけど……そんなまさかこんな清らかな人が……。


「ひどいことも多く書かれていますけど真っ当な応援などもあって、宝探しをしてるようで意外と面白いですよね」

「それは……そうですけど」


 そのひどいことの比率が高すぎるのが問題なんですが……?


 セクハラやストーカー紛いな粘着じみた犯罪予告は日常茶飯事。弱すぎて魔法少女の恥晒しだとか、第八の金魚の糞だとか、そんな純粋な罵倒もある。

 誹謗中傷をするような奴は主張が長続きしないのか、いつの間にかネットからいなくなったりするものの。結局入れ替わり立ち替わりで人が変わるだけで、そういう声が途切れることはほとんど無い。


 やっぱり、みんなの心に余裕がないからだろう。魔獣のせいで世界は悪くなる一方だと言われている。

 だから私たちが、頑張っていかなければならない。みんなが安心して過ごせる平和な世界を取り戻すために。


 そしたら、もっと世界は綺麗になるのだろうか。




「ところで少し気になっていたのですが」

「……なんでしょう?」

「私ってそんなにえっちに見えるのでしょうか?」


「……」

「……?」


「……ノーコメントでお願いします」



 うん……なんだかんだ魔法少女は見目がいい子ばかりなので、一番多いのはやっぱりそういう話題。

 本部で認識阻害をかけているらしいので現実で直接何かされる、みたいなのは無いけど……。そういうのに恐怖心を抱いている子も少なくない。メンタルケアは必須になっている。


 私たちは戦闘に出るたびに服がボロボロになっちゃうので、前線の子は特にそういう目で見られがちだ。

 なので肌を露出させないために魔力で作った服を上から纏ってたりしてて、私は魔女っ子みたいな感じのマントとローブで身体をすっぽり隠している。

 そして隊長は聖女っていう二つ名を気に入っているのか、改造修道服みたいなのをよく纏ってるのだけど……なんかこう、やたらと深い変なスリットが入ってたりしてて、なんていうか。


 ……ちょっと大きな声ではいえませんが、正直えっちです。ぶっちゃけすごいえっち。


 全体的に露出度は低いはずなのに、この、チラチラ見える黒ストッキングの足が、すっごい。上半身も胸元を見せてるわけじゃないのに、なんかすごい。見えてないのが逆にえっち。おっぱいがデカすぎます。

 ネット上で性女様って言われてるのにむかつきながらも、ほんの少し、そうほんの少しだけなんだけど、共感を覚えてしまうくらいえっち。

 私の貧相な身体にも興奮する奇特な奴らはいるようだけど、流石に隊長ほどは盛り上がってない。当たり前だ、えっちレベルが違う。えっちすぎます。だめだめ……。


 ああ……あんな奴らとほんの一瞬だけでも同じこと考えてしまうだなんて……やっぱり私は汚れてる……。



「……なるほど」

「あ……」


 違います。違うんです。誤解です。なんですかその表情は。そんなお顔で近づかないでください。ダメです。勘弁してください。


 あ、ちょ、近、












────突然、耳をつんざくサイレンが鳴り響いた。





「え、魔獣……?」

「……行きましょう」


 なぜ。ピークアウトしたのではなかったのか。凪の時期は、低等級の魔獣しか現れない。そのはずなのに、鳴るはずのない音が鳴った。


 高危険度の魔獣が現れたことを示す、特別警報。


「場所は……かなり近いですね。第九部隊が単独でぶつかることになるかもしれません」

「……」

「非常呼集です。支援部隊からも偵察を出してもらい、その他は待機。情報を受け取り次第、10分以内に作戦を決定し現場に向かいます」


 私たちは平均戦力が低いので、他の部隊と違って強引な力押しは難しい。だからいきなりすぐに現場に向かうことはできない。


 もし第八部隊も近くにいれば。一瞬でもそんなことを思ってしまう自分が嫌になる。


 今この瞬間も、被害が出ているかもしれないのに。魔獣が無力な人たちを襲っているところを想像すると、身が張り裂けそうになってしまう。


 ジリジリと時間が過ぎていくのを、歯痒い気持ちで待ち続ける。

 どんな強さの魔獣が、どれほどいるのか。本当に私たちだけで対処できるのか。いつもいつもこの時間は恐ろしく不安で仕方がない。


 だから早く。早く……。

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