歪んだ救い
対魔獣の最前線。第三部隊と第四部隊の合同作戦は、熾烈を極めていた。
合計24名もの魔法少女。それぞれが強力な固有魔法を持つ、一線級の英雄。はっきりいって、過剰戦力。そのはずだったのに。
劣勢だった。
第五から第七等級の魔獣の群れ。それぞれが一体で大きな被害を出す、生きた災害。
第五等級の魔獣相手なら、そこまで苦戦はしないで戦える。
でも第六等級の魔獣になると、私たちですら一対一でなんとか互角。
第七等級の魔獣に至っては、相性にもよるが四人から八人で当たる必要がある。
そんなレベルの魔獣が、30体規模の群れを成している。
本来ならあり得ない規模。魔獣は強くなればなるほど、群れなくなるはずなのに。
最初に観測された時は、せいぜいが第三から第五程度の等級だった。年に数回はある程度の、ボスに率いられた雑魚の群れ。そんな認識だった。
群れが大きいからと大事を取って、たまたま近くで作戦にあたっていた部隊同士で、ついでに掃討にあたる。これはそんな簡単な任務。
それがこんなことになってしまったのは、会敵した直後の異変。群れ全体が光に包まれ、急激に魔獣が強くなった。そして、ボス相手に舐めてかかった一番槍の子を、砲弾のように弾き飛ばす。
獣は冗談みたいな巨獣となり、鳥は空を覆う怪鳥となり、大蜥蜴は大地を揺るがす竜となった。虚をつかれた私たちに災厄たちがまとめて襲いかかる。
最悪の、開戦の合図だった。
今のところまだ誰も欠けてはいないとはいえ、絶望的な状況。魔力も尽きかけ、身体もボロボロ。血反吐を吐いて瀕死な状態の仲間もいる。私も血を流しすぎた。額が割れたのか、片目に血が入って視界が染まっている。
対して、目の前には未だ健在な魔獣が十体。数の上ではまだ優位。だけど残っている相手は等級も高く、ダメージもあまり受けていない。
厳しすぎる戦いだ。だけど、救援要請の信号はとっくに送っている。戦い続けていればきっと助けが来る。
私が、第三部隊の隊長として、それまでみんなを守らなければならない。
「『
襲いかかってきた巨大過ぎる竜の攻撃を、空間を歪め、逸らす。もう無理やり相手を捩じ切れるほどの出力は出せない。
それでもなんとか相手を弾き飛ばし、距離を取る。ダメージはほとんど与えられていない。
「隊長!」
副隊長のユミが、私が吹き飛ばした魔獣に強力なレーザー光線をぶつける。彼女の、『
それが今の私たちの中心的なダメージソースとなっているけれど、流石に第七等級の魔獣への致命の一撃とはなりえない。光が弱まり再び姿を見せた竜は、鱗を少し失っていただけで軽傷だった。
どうする。
万全な状態の魔法少女は一人もいない。
かろうじて戦闘を継続できそうなのが私を含めて15人。
命に別状はないものの戦闘の続行は不可能なのが7人。
傷が深すぎて今すぐ治療が必要な瀕死の重傷者が2人。
対して敵は第六等級相当が9体。
そして第七等級相当が1体。
救援が来なかったとしても、おそらくギリギリ勝つことはできる。しかし勝利したとて、確実に犠牲は発生するだろう。少なくとも瀕死の2人は確実に死ぬ。
私は第三部隊隊長。この場の最高責任者。
もう一人の責任者たる第四部隊隊長は最初の襲撃の時に一人で竜を抑え込み、その結果として死にかけている。私が、決断しなければならない。
その後の被害を無視して撤退するか、負傷者を無視して戦いきるか。
どうする。切り捨てるのか。2人を。最悪なら、もっとそれ以上を。
どの選択肢を選んでも、いずれかが失われる。誰も取り零さないことが私の戦う目的だったのに。誰一人死なない選択肢は、本当に、無いのか。
私は、見捨てなければならない。決断を迫られている。
「隊長も傷が深い。下がってください」
いや、私はまだ戦える。下がるわけにはいかない。私たちの部隊は全員がアタッカーだ。攻撃の手を緩めては、ジリ貧になる。
ヒーラーがいれば、とは思うがそもそも回復ができる魔法少女は非常に珍しい。
部隊が配置されている関東方面で私が知っているのは二人だけ、一人は自分しか回復できない。もう一人は戦闘能力が低すぎて支援部隊で後方勤務だ。前線には来ない。
魔獣には再生能力を持っているものも少なくないのに。ほんと理不尽だ。相手は回復するのに、私たちは回復できない。だからできるだけ負傷は避けなければならないのに、この有様。
ダメージさえなければ。そんなの無い物ねだりだけど、思わずにはいられない。
怪鳥が負傷者を頭上から襲う。それを私は必死にずらす。魔力も足りてない。最初の強襲で負傷者が多く出て、それを守るために、使いすぎた。私の判断ミスだ。くそ。どうすればいい。
どうする。どうする……っ!
「……やっと、ついた」
緊張感のない、場違いな声が聞こえた。
振り返り、そこにいたのは、ほとんど素人と変わらないような魔法少女。一目見てすぐわかるくらいの、新人の魔法少女だ。なぜ、ここに?
「ば……っか、何しに来た……!?」
「すごい敵……でもすごい魔法少女ばかり。これなら大丈夫」
何を、言ってる?
「早く逃げろ……!」
「逃げないよ、私はみんなを助けにきたんだ」
助け……? 救援……? こんな子が? 一人で?
本部がそんなことするわけがない。救援要請を確認して勝手に来たのか?
自殺行為だ。ここは、この子程度の魔法少女が生き残れる戦場じゃない。覚醒したての新人にありがちな身の丈に合わない全能感で勘違いしているのだろう。
舌打ちしてしまった。足手纏いが一人増えた。この子も、守らなければならない。ただでさえ厳しい戦い。だけど私は一人も取り零したくない。
力を振り絞れ。私は、誰一人死なせないんだ。
そうだ、取り零すものか。私が、全力で無理をすればなんとかなるはずだ。無理を通しきれ。誰かが死ぬなんて、そんな道理を引っ込ませてしまえ。
竜が魔力を集中し始めた。ブレスが来る。防げるか。いや、防ぐ。背後には、負傷者がいる。無力な新人がいる。
「歪めっ……!」
守るんだ。みんなを。私が、みんなを、守るんだ……!!
「『
突然、私の魔法の出力が上がった。
歪曲が不可侵の障壁を作り出し、暴力的な竜の息吹を完全に防ぎ切った。
そのまま竜に歪曲をぶつける。直撃はしなかったけど翼に掠り、強引にそれを捩じ切る。
何が起こったかわからない。
でも、これならいける。これならみんなを、
びちゃり。
何かが水音を立てて倒れる音。
振り返った。そこにあったのは。
血溜まりに沈んだ、新人。
「え……」
一瞬、動けなかった。
私より後方にいて一部始終を見ていただろうユミが、その新人に駆け寄る。
「まだ、生きてます!!」
違う、ダメだ切り替えろ。隙を晒すな。
新人が何かした。それは確か。それによって、新人が死にかけている。何が起こったのか、なんの魔法か、そんなのは周りを見たらすぐにわかった。
「『
倒れた新人に襲い掛かろうとした巨獣が殴られ、弾けて四散しながら吹き飛んだ。私の隣に、死にかけていたはずの第四部隊隊長が並び立つ。
「わりぃ、寝てた。状況はどうなってる」
「好転した。でも一人死にかけてる」
体力も、魔力も、全快した。傷も塞がっている。負傷者たちも同様。血の痕だけ残しながら、傷一つない。全員が揃って臨戦態勢を取る。コンディションは万全だ。
数でも大きく優位に立っている。もはや万が一もない。失った血液も回復したようだ。靄がかっていた思考も今はクリアになっている。
……とんでもない回復魔法だ。その代わりに、それを使った新人が倒れた。
だから急げ。急ぐんだ。新人が、救世主が死ぬ前に。
魔獣を、倒す。
倒す。倒す。
一体、また一体と、災厄が倒れていく。
そして最後の竜が、地に沈み、静寂が辺りを包んだ。
私たちは急いで新人の周りに集まる。
「……よかっ……た……また、……みんなを、助け」
「いい、喋るんじゃない。みんな急ぐぞ。手伝ってくれ」
「も……いい……だ……じょ……ぶ……」
「……え?」
私は新人を担ごうと、腕を持ち上げたとき。その腕が、ひび割れ、ボロボロ崩れ始めた。
それを止めようと、触るたびに、どんどん崩れ、もはや、取り返しもつかないくらい、
「え、あ、だめ」
灰のように。塵のように。だれが見ても、わかる。もう、ダメだと。
身体の大半が崩れ、とっくに力尽きて、息絶えていた新人の顔は。
とても満足そうな、表情をしていて。
「ッ……」
私はそれを、認められなかった。その乾ききって砂のようになった身体の欠片を、意味もなく必死に集めて……、
一陣の風が、それを浚っていった。
あっけなく。跡形もなく。まるで、最初から何もなかったかのように。
「あ……」
あとに残されたのは、24人の魔法少女。
状況だけみれば、部隊全員がほとんど無傷で災厄級の魔獣の群れを殲滅した、奇跡的な大勝利。
たった一人。作戦に割り込んだ命知らずの新人が、犠牲になっただけ。こうして言葉にしてしまえば、はっきりいって笑い話みたいなものだ。
なのに、なんでみんな悲痛な表情をしているのか。切り替えろ。私たちは、切り替えなければならない。
いくら認められなくても、犠牲が出ることはそんな珍しいことじゃない。切り替えろ。犠牲を踏み越えてでも、戦い続けなければならないんだ。
誰かが、静かに泣き出した。私はその衝動を、全力で抑え込む。私たちはただの子供じゃない。感傷に身を任せてはいけない。だから、こいつらは後で説教だ。作戦後ミーティングできっちり締める。
いま私がすべきは、状況をまとめ、後始末をし、撤収作業を行うこと。速やかに、情報を本部に送らなければいけない。
今回の戦闘には不自然な点が多かった。全滅した可能性すらある。我々に傷ついている暇なんかない。戦いはまだまだ続くのだから。
だから、私よ。早く、切り替えるんだ。責任者の責務を果たせ。
「……状況終了。これより事後処理と撤収作業に入る」
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