第4話チートスキル
ハルトくんとは教会で、セイヤくんとは途中で別れた私は一人を歩いていた。
暫くすると、道を遮るように立つ人影を見た。その人物が分かって私は少し顔が引き攣るのをかんじる。
「どちら様……?」
「カーマ・セナルだ。忘れるなんて酷いな。同じ学校に通った中じゃないか」
カーマ・セナル。貴族の分家らしく、専ら態度の大きい男子だ。
「それに今日も教会で見ただろ? この世代唯一のダブル……二重属性持ちが俺だ。君はもう少し周りに気を配るといい」
「はぁ……気をつけるね。それじゃ」
ハルトくんの属性が光だという話のインパクトで全く覚えていなかった。そもそも興味が無いので横をすり抜けようとするが、また前を塞いできた。
「待てよ。話があるんだ。ユイ、俺と共に来ないか?」
「どういう事?」
突然の申し出に困惑する。聞き返すと彼は興味を持たれたのが嬉しいのか、ニヤニヤと口角を上げながら話し出す。
「実は俺は明日この村を出て首都トウドへ行く。本家のセオル家の人間より優秀な者が居るならばその者こそが当主となるべきだ……と話になってな。そんな訳で次期当主として迎えられる」
「はぁ……」
雄弁に語られるが本当に興味の無い話に思わずため息が漏れる。
それでも彼の口は止まらない。
「そしてだ。ユイ……君は平民にしては美しく、聡明だ。そんな君ならばこの俺に連れそうに相応しい。つまり! 俺と婚約しろユイ! 平民では見られない景色を見せてやる」
これまた突然の申し出に呆気に取られる。
正直言って……無い。これは無い。
本の中で見たプロポーズとか、両親に聞いた馴れ初めと比べるのも烏滸がましい程のものだった。
そもそも……。
「私、自分勝手な人って嫌いなの」
話は終わりと示すようにそっぽを向いて立ち去ろうとする。
「待てよ、貴族の俺の言葉を無視するのか?」
肩を掴まれる。私は思わず手を払い、振り返ってキッと睨んだ。
「学校では愛想笑いしてただけ。さっきも言った通り、私は貴方みたいな人嫌いなの。貴族の権威を傘に好き放題する人は特に……ね」
「な、何ぃ?」
狼狽える目の前の男。この際思ってた事を全部言ってやろう。
「ハッキリ言って貴方、みんなから疎まれてたわ。周りの事を考えず自慢話や脅しまがいの事してたもの……みんなは優しいから我慢してただけ。取り巻きも貴族の肩書きにであって貴方を慕ってる訳じゃないでしょうね」
「ぐっ……!言わせて置けば……!」
顔に青筋を立てるカーマ。相当頭に来たらしい。が、深呼吸をして気を落ち着け始めた。
「ふぅ……いや、調教しがいのあるというものか……ユイ、やはり俺と婚約しろ」
「お断りします。私はもう心に決めた人がいるもん」
「……それ、ハルトだろ? ずっと目で追ってたもんなぁ?」
カーマは含みを持たせた薄ら笑いで更に詰め寄る。近寄らせない為一歩引き距離を置く。
「……だったら何?」
「あんな必死に周りに媚びへつらう奴のどこがいいんだか……おまけに貧乏臭い平民だ」
「……貴方に何が分かるのよ」
「分かるさ。ああ言う手合いは周りの奴を利用しているだけだ。恩を売って置けば人生何かと有利になるって思ってる。馬鹿な奴だ」
男は日頃の鬱憤を晴らすかのように楽しげに煽り立てる。
私の胸中は穏やかではない。目の前の男の口から出てくる言葉一つ一つにふつふつと怒りが湧いてくる。
「なん……ですって?」
「周りを利用するしか脳の無い馬鹿って言ったんだ。魔法の属性に至ってもそうだ。どうせ注目されたいから神父様に取り入ってでっち上げたんだろ」
今まで落ち着いた対応をしようと我慢をしてた。でもそれももう限界だった。
「最っっっ低……! 幾ら貴族の息子だからって、言っていい事と悪い事があるでしょ!」
声は荒々しくなる。自分の事ながら怒髪天を衝くとはこの事かと思う。こんな姿は学校でも見せた事が無かった。
男はやや驚くが、すぐにまた下卑た笑みを見せる。
「事実を言ったまでだが?」
「ふざけないで! 好きな人の悪口言うような貴方と婚約なんて絶対ありえない!」
「ほう? 断るってのか? ならしょうがねぇ……決闘を申請する」
「っ!」
決闘制度。
何か諍いがあった際に手っ取り早く決着をつける為の法。
双方合意が前提だが、ルールは何でもいい。
「決闘……そんなの受ける訳……」
「こっちが勝ったら君は僕と婚約し、明日から共に首都に来てもらう。貴族の作法を未来の妻として手取り足取り教えてあげよう」
目の前の男は聞く耳を持たない。
「君が勝ったらもう君には関わらないし、あの男への発言も撤回し、謝罪しよう」
この男はしつこくて有名だ。この決闘を受けないと何度でもアプローチしてくるかもしれない……下手したらハルトくんにも何かするかも……!
自分だけで無くハルトにも迷惑がかかると考えると心が騒めく。なんとかしないと……その想いで頭はいっぱいだった。
「……ルールは?」
「簡単さ、僕も君も今日魔法を授かった。簡単な使い方は授業で見せてもらっただろ? あれを真似して的を撃つ。的の中心に近い方が勝ち……どうだ?」
顔を伏せて考え込む。
それなら条件は同じだ……けどこの男は授業をまともに聞いていなかった。ならしっかり聞いてノートにも纏めていた私の方が断然有利……!
覚悟を決めて顔を上げた。
「……分かった。決闘を受けるわ」
「決闘成立だな。一応見届け人として俺の子分達に見ていて貰おう」
そう言って手を叩くと木陰から男の取り巻きが現れた。
「手は出すなよ。俺の決闘だ」
どうやら本当に見届けさせるだけらしい。プライドの高い男の事だ……いい所を見せたいだけだろう。
そんな奴に負けてやるもんですか……! 大丈夫、私ならやれる。ハルトくんの事……絶対謝ってもらう!
こうして私は勝負に乗った。
だけど、その考えが命取りだった。
─────────────────────────
教会での用事を済ませ帰路を行く。辺りはもう暗くなって来ていた。
家までの道中、視界の端によく知った人影を見た。
「あれ? ……ユイか? おい、どうし……っ! あんたは……」
「おや、八方美人のハルトくんじゃないか。俺の名前を忘れたか? 偉大なる貴族……カーマ・セナルだ」
そこには数人の取り巻きと性格が悪くて有名の貴族カーマ・セナルがいた。カーマはユイの手を掴み、取り巻きはそれを隠すように立っていた。
しかも、地面に膝を付いているのはセイヤだ。ただならぬ状況に警戒しながら近づく。
「……知ってるよ。僕が一番聞きたいのはなんで君がユイの手を掴んでて、セイヤが膝を着いてるのかだよ」
物々しい雰囲気……俺は下手に刺激しないよう慎重に言葉をかけた。
「おっと、気安くユイの名前を呼ばないで貰おうか。彼女は俺との決闘に負け、俺の婚約者となった」
「なんだと……?」
その言葉に思わず驚愕し目を見開いた。
「ホントなのか……ユイ?」
「……」
小さく頷くユイ。それが答えだった。
「セイヤ……お前は……」
「お、俺は……ユイの婚約を白紙にしようと挑んだんだ。でも……」
「そう! 君の友人もまた敗北し、俺の奴隷となった。残念な事にねぇ!」
「くっ……!」
セイヤは頭を踏まれ、地面に完全に伏せさせられる。悔しさで歯噛みし、拳はくい込んだ爪で血が出るくらいだ。
それでも抵抗しないのは決闘で負けたから。
決闘を申請し、受理する事は誓約の精霊との契約でもある。お互い取り決めた契約を絶対遵守しなければならない。
破った場合、精霊より罰が下る。
実例では魔法を剥奪されたり、大事な人が死んだりとその罰は計り知れない。
だから二人は抵抗出来ないのだ。
「なら今度は僕と決闘しようよ。カーマくん」
二人の顔を見て、俺の口からは自然とその言葉が出た。
「なっ! ハルト無茶だ!」
「だったらこのままお前やユイを差し出すのかよ」
「……っ! それは、納得出来ねぇよ……! けど……」
勝気で自信家なセイヤをここまでにするとは……果たしてどんな手を使ったのか。
「二人はどんなルールで決闘を?」
「なぁに、ちょっとあの木の的に魔法を当てるだけさ……お二人さんは明後日の方向に飛ばして、俺は外す所か的を壊しちまったがなぁ?」
決闘をしたであろう場所を指で示された。確かに右の的は綺麗なもので、その後方がえぐれている。対して左の的は3分の1が辛うじて吊り下がっているだけだ。
魔法を授かったのは皆同じ今日の事なのに……その差は歴然だった。
「魔法はさ、知識なんだよ。俺は魔法が使えなくても英才教育を受けていた……平民とは違ってね。初歩の……それも座学だけしか知らない癖に魔法の勝負に乗った方が悪いって訳」
「……確かによく考えずに勝負に乗るのは良くないな……」
「な、そうだろ? だからもうユイは俺の……」
「だがそれを知ってて焚き付ける方が悪いに決まってるだろ」
男は狼狽える。コイツならやりかねないとカマをかけたが図星だったようだ。
「俺が勝ったらその婚約と奴隷契約は破棄してもらう。そして二度と俺たちに関わるな」
俺の言葉に二人は不安そうな眼差しを向けている。俺も魔法初心者だから敗色濃厚だからだろう。
「分かってるよユイ、セイヤ。こいつが挑発してきたんだろ? 大方俺らの事悪く言ったとか、しつこい性格だからまた嫌がらせを受けるかもって考えたんだろ? そうでなきゃ二人がこんな奴と決闘なんかする筈無い……それに、こんな奴に負ける気は無いよ」
「ハルトくん……」
「ハルト……」
二人を安心させようと言葉をかける間、カーマは何故か今にも吹き出しそうに堪えていた。
余程自信があるのか……相変わらず人をバカにしているのかだろう。
「ククク、ハッハッハ!美しい友情だねぇ? でも僕は事実を言ったまでだぞ? 貴族の僕の方が貧乏臭いお前らよりずっとユイを幸せにできるってな」
取り巻きもまた釣られるように嘲りを込めた笑いを漏らす。
「それに、そもそも僕がお前の決闘に乗る訳無いだろ。時間の無駄だ」
「なら逃げたって事でいいんだな?分家とはいえ貴族様が平民との戦いが怖くて逃げた。これは面白い話だ。明日には村中に噂が広がってるんじゃないか?」
皮肉たっぷりに煽る。するとカーマの顔は憤慨の色に染まっていく。
プライドの高い男だ。新天地へと赴く記念すべき門出は派手に執り行うだろう。家名と門出を汚されるのだから、その反応は予想出来た。
「こ、この……! 言わせて置けば調子に乗りやがって!ならばいいだろう……決闘だ!」
煽ったとはいえ分かりやすくて助かるよ。
「いいぜ?魔法を使ったルールにするか?」
「もちろんだ。魔法を相手に一発でも当てた方の勝ち。それで起こる怪我は一切自己責任だ」
「そんな危険なルール……!」
「いいぜ。やろう」
ユイが抗議の声をあげるが、これまた分かりやすくて俺は賛成だ。
「おいハルト!」
「ハルトくん……」
二人は尚も不安そうな姿を見せる。本当に心配性で……優しい奴らだ。
「大丈夫、絶対負けないから」
俺も変わらず自信たっぷりに伝えた。
皆は離れ、一定の距離を空け向き直る俺とカーマ。
決闘の内容を反復し、同意する。すると誓約を司る精霊の魔法陣が地面に描かれた。
そして二人の右手の甲にも紋様が刻まれる。勝った場合はより輝き、負けた場合は光を失う決闘紋。
決闘が終わって以降は見えなくなるが、決闘履歴を確認する為に何時でも呼び出せる。
準備は整った。いよいよ決闘が始まる。
「ではこちらから行くぞ!『ファイアバレット!』」
開始と共に先制攻撃をしかけたのはカーマ。かざした掌から火の玉が飛び出して来る。それは真っ直ぐ俺へと向かう。
対する俺は動かない。
「『
ただそう呟くだけ。
それと同時に体が魔法を避ける。もちろん俺の意思で動いた訳では無い。
チートスキル『
攻撃に大して自動で体が回避行動を取る。
初めて作成したスキルだ。
2人は良い奴だ。徳の為に善人ぶってる俺とは違う。損得関係無しに友達の為に怒れる紛れも無い善人だ。
それを……こんな奴の為に人生を滅茶苦茶にされるなんて……神や精霊が許そうが俺が許さない。
例えチートスキルをここで使い不徳になろうともかまわない。二人を解放する為なら何でも使ってやる。
「くっ! ならば!『ウィンドバレット』!」
今度は風の弾丸だ。しかも連射してくる上先程よりも早い。だがしかし……。
「関係ねぇ」
それも軽々と躱す、躱す、躱す。
『
「どうなってんだハルトの奴……俺より運動出来ねぇ筈……」
驚愕するのはカーマやセイヤだけではない。周りの取り巻きもまた俺の動きに釘付けになっている。
「調子に乗るなよぉ!」
カーマが激高する。魔法を操る源……エーテルたる白き魔力を全身から惜しげも無く発露させた。
本で見た。大技を使う場合多量の魔力がいる。
だから腹にある魔力炉心という臓器から魔力を一気に引き出すのだ。
カーマは右手で火を、左手で風を生み出し二つを合わせる。
そして……。
「合体魔法!『ヒートウィンド』!」
高等技術の合体魔法で撃ち出さたのは文字通りの熱風。範囲も広く、当たれば全身火傷は免れないだろう。
そして『
普通なら大ピンチだが……。
「『ハイジャンプ』」
そう呟くと同時に俺は高く跳躍、熱風を飛び越えた。
「な、何だとぉっ!?」
渾身の一撃を躱され狼狽えるカーマ。その顔からいつもの薄ら笑いは無く、口はポッカリと開いて間抜けに見える。そして人を見下す目は見開かれ、俺を見上げていた。
今度はこちらの番だ。
「『
凡ゆる力の威力を強めるチート能力と凡ゆる力の影響範囲を拡張するチート能力。それを重ねて自身に付与する。そして……。
「『ライトバレット』!」
撃ち出された閃光の弾丸。それは眩い光を放ちながらカーマへと着弾する。
「ぐわあああ!!!」
カーマは吹き飛び、爆発の光が周りを昼のように明るく照らした。
暫くしてまた夜の帳が辺りを包む。
唖然とするユイとセイヤ、取り巻き達。
『
やがて魔法陣が光を失い消える。それが決着の合図だった。
「俺の勝ちだな。約束は守れよ」
「う、ぐぅ……! クソ、クソ! 僕は、貴族だぞ!? 魔法の知識も平民とはまるで違う……なのに!」
カーマは負けが認められず何度も地面を叩く。
「そ、そうだ! ズル! ズルをしたんだ! そうに決まっている! で、出なきゃ……初等魔法があんな威力になるわけない! 貴族である僕が、負ける筈がない!」
カーマの言葉はまあ当たっている。だが……。
「あぁ、ズルと言えばズルだが……決闘はちゃんと俺の勝ちだ」
俺の決闘紋は勝者を示すように輝いている。
魔法を相手に当てた方の勝ち。それで起こる怪我は一切自己責任……それが取り決めたルールだ。
「次はもっと詳細にルールを決めるんだな」
「ぐ、クソぉ……!」
更に強く拳は地面を叩く。その様子が以下にプライドがズタズタになったかを示していた。
そして決闘の条件の通りもう俺たちに手出しは出来ない。
「あんたらもやるか?」
取り巻き達を一瞥する。しかし決闘を申し出る者は居なかった。
こうして二人は解放され、一件落着となった。
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