第2話転生

見た目から察するに、大体3歳ぐらいらしい。


この歳まで育った肉体に魂とかが宿ったのか、前世の記憶を思い出したのか……それは分からなかったが、この体と少しの記憶で俺は自己を認識する。


母は柔和で儚そうな女性だ。俺の前の母とは雰囲気が正反対。


俺は取り敢えず知識を仕入れる為に棚にある本を取ろうと立ち上がら歩き出す。


視点の差がやや煩わしがったが歩行は問題ない。


本棚までは順調に来れた……が、幼い体では手が届かない。


見かねた母が察し、本を取り出す。そして俺を膝に乗せて本を広げた。


「ハルトくんこんな難しい本が気になるの? じゃあお母さんが分かりやすく読んであげるわね〜」


日本語だ。Web小説のように言語は翻訳されているのか。文字も見た瞬間日本語として感じる。読める。


これが地獄の神様が言ってた力の1つか。


そして俺の名前はハルトと言うらしい。


母の簡単にした解説を聴きながら読んだ結果、どうやらこの本は英雄譚らしい。


貧血だかユンケルだかいう勇者が魔王を倒して平和になりましたとさ。


母はこの物語を大層気に入っているらしく、俺にもこんな勇気と優しさ溢れる人間になって欲しいと言う。


勇気と優しさ……か。


俺とは無縁の言葉だ。




本を読み終わると母は晩ご飯を作る為俺から離れる。


リビングから隣のキッチンへと移り料理を始めた。それは諸々の確認をしたい俺には好都合だ。


えーと、チート能力は……どう使うんだ?


そう考えた途端、宙に窓が浮かぶ。SFで見たような半透明の光る画面だ。


「うわっ!」


思わず声を上げてしまった。母が振り返るが、どうしたのと聞くだけ。


何でもないと伝えると少し不思議そうな顔をして料理に集中するのだった。


これは俺にしか見えないのか。


画面に映る文字はさっきの本と同様に読めた。


その内容は……。




『チートスキル作成』


とだけある。その文字に触れると下に詳細がプルダウンメニューのように出てくる。


チートスキルを作成するスキル。

能力詳細を設定後、各種パラメータを設定。その後特殊ポイントを消費して作成。


パラメータ例。

効果時間、再使用不可時間、範囲、付与対象、捕捉数、射程距離など。


パラメータは能力によって変化します。




なるほど……ゲームみたいで分かりやすい。


……ん? デフォルトでスキルが1つある。


無敵インビンシブル


これだけか……でも無敵さえあれば当面は必要ないだろう。


ほくそ笑んだ俺だったが、『無敵インビンシブル』の文字に触れた途端落胆する事となる。


無敵インビンシブル

効果時間エフェクトタイム0.1秒

再使用不可時間リキャストタイム1年


は?


あまりに短い効果時間エフェクトタイム再使用不可時間リキャストタイムに目眩がした。


なんだこれは? これのどこがチートだと言うのだろうか?


肩を落としため息をつく。


と、右端のバーを確認しその下にまだ文字があるのに気がつく。


ん? 徳ポイントを消費してレベルアップ可能?


德か……徳、徳……。


「あっ」


徳という言葉に思い浮かんだのはあの意地悪い神の言葉。


「この世界は徳を重視する。人が死んだ時、生前の功績や罪を秤にかけるのだ。そうして転生までの待ち時間を天国で過ごすか地獄で刑期として過ごすかが決まる」


「お主にはその数値が可視化するようにしてやる。精々その徳の数に振り回されるがいい」


あれか。じゃあ徳ポイントは……。


そう考えると新しいウィンドウが開く。


なるほど。考えるだけで窓が開くのか。


右下を見る。


徳0P/不徳0P


と書かれている。


この徳の方のポイントを消費してチート能力をレベルアップするのか。


徳を重視する世界とそのシステム……文字通り徳は良い事を、不徳は悪い事をすれば数字が増えると見るべきだな。


「ハルく〜ん? ご飯もうすぐできるわよ〜」


と、そこに母に声を掛けられた。それに不意をつかれ、飛び跳ねるくらい驚く。反射的にウィンドウを閉じようと思うと、その意を汲んでウィンドウは視界から消えた。


あ、見えてないんだった……。


自分にしか見えないので焦る必要は無かったのを思い出す。


気がつけば、リビングと繋がっているキッチンから香ばしい匂いが漂っている。


ゆっくりと立ち上がり、母の姿があるそちらへと向かう。


暫くいい子にして待っていたが、手持ち無沙汰になった。元々我慢強い訳では無いので痺れを切らして母へ声をかけた。


「えと……お皿どれ?」


控え目に問いかける。自分でやっておいてなんだが、幼児のフリをする成人男性は羞恥心でいっぱいだ。だがこれも両親に不審がられない為必要な事と割り切る。


違和感は少ない方がいいだろうし。


「あら? ハルくんお手伝いしてくれるの? とってもえらいわ! ありがとねぇ♪」


母は驚きながらも我が子の成長を褒め称える。


指で示したのは食器棚。それは本棚と同じく手が届かない。ので、椅子を持ってきて台代わりにする。


幼児の体では椅子を運ぶ事すら一苦労。


そうしてやっとの思いで皿を取り出し母へと渡した。


最初から母がする方が圧倒的に早いと思う。しかし母は俺を応援し、柔らかな笑みで見守ってくれていた。


「上手に出せたわね♪ ありがとう、いい子いい子〜♪」


頭を華奢な手が撫でる。長らく触れて来なかった温もり。


地獄の業火とは違う。優しく包み込むようなそれがなんだか……泣きそうになるくらい心地よかった。


「ど、どうしたの? なでなで嫌だったかな?」


少し涙が溜まった目を見て母が焦る。その様子に俺も焦り、必死に何でもない、大丈夫と伝えて落ち着いて貰った。


「そう、良かったぁ……お父さん今日も遅くなるだろうし、先に食べちゃいましょ?」


母に抱えられテーブルに付く。


これまた体のギャップで拙い手つきになる。スプーンで何とか口に運んだスープは暖かく、とても甘い。


色は緑だがカボチャスープの味に似ていた。


パンはそのままではやや硬かったが、母を真似てスープに付けると良い感じだ。


異世界での初めての食事はとても満足度の高いものだった。




それから俺はまた寝るまで本を読んでもらった。


夜中に目が覚める。壁に立てかけられた時計から時刻は午前2時すぎと分かる。


この世界にも逢魔が時のみたいな怪物が出る噂話とかあるのかな?


とふと思ったが、本棚にあった図鑑で魔物はいるのを思い出した。


本当に転生したんだな……。


その実感が急に来る。恐らくまた寝て起きてもこの家に居るからだろう。


横に眠る母といつの間にか帰っていた短い金髪の父らしき男性がいる。


二人が寝ているのを一応確認し、俺はなんとなしにウィンドウを開く。すると変化に気がついた。


徳2P/不徳0P


徳ポイントが増えてる……!?


心当たりはあった。恐らくご飯前の手伝いだ。


やっぱりいい事をすれば増えるのか。なら不徳の方も……。


俺は横で寝ている父の頬を一瞬つねる。


父は寝言のような小さな呻き声を上げ、その後また寝息を立てた。


徳はっと……。


視界の右下に目をやる。


徳2P/不徳2P


不徳ポイントが増えた。


やっぱりか……とりあえずちょっとした手伝いとつねるイタズラは同じ2ポイントと分かったな。


徳ポイントはチートスキルのレベル上げに使う。不徳ポイントは減るのか分からない。


そして人生の最後にはその差を見て天国か地獄かを決められる。


ならば、俺が目指すのは……。


「天国しかない」


手違いで重くなったとは言え、既に地獄を体験している身だ。もう二度とあんな所に行ってたまるか。


そう強く思い、俺は眠りに着いた。




それから俺は徳不徳のバランスを気にしながら過ごして行った。


その中で分かった事がいっぱいある。


まず世界の事。

ここはジェニス王国の片田舎──ヌゥラ村。特産品は種類豊かな木材。


それを街に輸出して生計を立てる。ここらは木で家を作って住み、木を切っては売り、また植える。遊び場ももっぱら林や野原、遊具なども木が中心。


その木は色んな性質の物があり、成長速度に優れたヤハスギ、耐久と軽さに優れたギガスギなど用途に合わせて使い分けられるらしい。


それと魔物を寄せ付けない結界があるらしい。動物には注意する必要はあるが、獰猛で人を襲う魔物を寄せ付け無いのは心強い。


そんな自然溢れる長閑でいい所だ。


前世で都会暮らしをしていた俺には最初こそ不便でつまらんと思ったが、住めばまあ都だった。


子供特有の適応力もあるのかもしれない。


いや、1番はチート能力か。あのレベルを上がっていく様子は楽しい。生きがいと言ってもいいかもしれないぐらいだ。


次に、この世界には魔法があるという事。


どこまでも都合のいい小説のようだと思ったが、まあ……そういうのに憧れた事がない訳では無い。


ただ、この国では14歳以下の人間は魔法の力を封じられる。


生まれつき誰もが使える兵器を持ってるようなものだ。心が育ち切らぬうちに使えては危なっかしくてしょうがないからだろう。


15になり、中等教育を修めた者だけがその力を解禁する儀式を行えるのだ。


でも大人が使っているのを見て早く自分でも試したいという想いが日に日に強くなっていた。


作物に水をやったり、採れたてのものに火をつけて食べたりとか便利だし。




次に徳システム。


徳不徳のポイントは人がどう思ったかにも影響するらしい。


例えば……何かと手伝いをした時、父や母は俺をべた褒めする。そのように周りの反応が良ければ徳ポイントは多くなる。


イタズラを多くの人にしたり、度を越して悪印象が増えると不徳ポイントも多くなる。


母にした時と父にした時とでも変わった。


スネを軽く蹴ったのだが、母はショックのあまり泣き崩れてしまった。


「ハルくん……!どうしてそんな事するのぉ〜! お母さんハルくんに酷い事しちゃった? ごめんね、ごめんね! ダメなお母さんでごめんねぇ〜!」


なんて風に。流石に罪悪感が湧いてすぐに謝った。


因みに父にした場合……。


「はっはっはっ!良いローキックだ!これは格闘の才能があるぞ! 明日帰ったら上手い蹴り方を教えてやろう! だが気軽に人を蹴ってはいけないぞぉ?」


と言った感じで軽い注意で許された。代わりに次の日から中々ハードな格闘訓練が始まったが……。


いやはや、元軍人の父に扱かれるのはなんとも恐ろしい体験だと身に染みる。


このように母の時は不徳5P、父の時は不徳2Pとかなり差があった。


そしてチート能力。


暫く品行方正に振る舞い溜まった徳ポイントを10消費してレベルを上げてみた。


無敵インビンシブル』Lv2

効果時間エフェクトタイム0.2秒

再使用不可時間リキャストタイム11ヶ月15日


一回のレベルアップでは大して変わらなかったが、継続する事が大切だと分かる。


スキルの新規作成にはポイントを100以上使うし、能力やパラメータによって多くなったりする。


だから俺は事ある毎に世間一般で言う良い事をして徳ポイントを貯めていた。


ある日の事。

その年は寒波によって凶作で、村の財政の要である成長が早くそこそこ強度にも優れる木……ヤハスギがあまり取れなかった。


農作物も栽培してはいるが木と同様に中々取れず、冬を越せるか分からなかった。


村に居る貴族は我先にと国外の別荘へ行ったらしいが、多くの村人がそう出来る訳ではない。


「どうしたものか……」

「村長、祈祷をしましょう」

「祈祷を……?」


悲観にくれる村長に俺は豊穣の神へ祈るように行った。


「きっと神様への祈りが足りなかったかも知れません。悲嘆に暮れるよりも、まずできる事を試して見ませんか?」


毎年シーズン前に行う祈祷だが今回は足りなかったかもしれない。その気持ちが半分。


もう半分は……。


「よし、最低作成ポイントは足りる……後はどんな条件で最大効果を見込めるかだ」


『チートクリエイト』と名付けたチートスキル作成能力。


この能力は思いの外自由が効くらしく、俺が主に作っていたシューティングゲーム用のものからサンドボックスゲームに使えそうなものまで色々作成できる。


まあ効果時間や再使用不可時間、範囲、それに作成時の消費ポイントなどと相談であるが。


今は徳284P以内で作成する必要がある。


「効果時間は1日、再使用不可時間を3年、範囲は村の森林……それも高価なギガスギに限定。消費ポイントは……270! いける!」


こうして俺はチート能力『成長促進』を作成した。


その日の夜に両親の目を盗んで森林へ。育ちにくいだろうが一応植えられているギガスギの苗木へと付与しておいた。


次の日。


「村長!」

「早朝から騒がしいの……何事じゃ?」

「それが……!」


朝起きると俺の家にも人が来て森林へと連れて来られた。


そして目にしたのは立派に育ったギガスギの木だった。


少なくとも20本は取れる。


「祈りが届いたんだ!」

「こいつを売れば冬を越せるぐらいにはなるぞ!」


村の人は大いに喜んだ。俺も効果があった事にホッと胸を撫で下ろす。


「ハルト! お手柄だな!」

「え?」


良くしてくれている近所の兄貴分が俺を褒める。


まさかチートがバレたか……!?


「えと、なんで?」

「ん? 何言ってんだ。お前が祈ろうって村長に言ったんだろ? ならお前のお陰でもあるじゃねぇか!」

「そうよそうよ! ハルトくんありがとう!」


堰を切ったように俺への感謝の言葉がみんなから贈られる。


チートのお陰だし、そもそも俺が生きる為でもあったが……感謝されるのはやっぱりいいものだった。


帰ってからも両親にいっぱい褒められてしまった。


徳ポイントは427ポイント。多くの村人の為になった事、それにより感謝された事がその数に現れたのだろう。


感謝されて気分が良く、更に徳ポイントも溜まる……正に一石二鳥だ。


豊穣の神への祈りも遅れて届いたのか、翌年は豊作となった。


そして家には去年の感謝を込めて作物や良い肉などを贈ってくれる人が大勢居た。


3人では食べきれない程だったので、思い切ってホームパーティを開いたのも良い思い出だ……。




そんなこんなで俺はこの村でスクスクと育って行った。


そして……ハルト・シュバルツ15歳。


俺はこの村で育ち、常識を身につけ、中等教育に当たるものも修めた。


魔法を解禁する儀式は今日行われる。


「母さん、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃいハルト」


母からも快く送り出される。


いい人だ。ポイントの為猫かぶっている俺だが、この人の子を思う心は紛れもなく本物だと感じる。


前世が犯罪者の俺なんかには勿体ないくらいに。


家を出ると男女二人が俺を出迎えた。


「遅ぇぞハルト」

「ハルトくんこんにちは」

「うん、おまたせ」


男の方はセイヤ・ロッソ。赤髪を短く切り揃えデコを出した筋骨隆々の男だ。


翡翠の瞳には自信が満ちている。


鍛冶屋の仕事を手伝って居たからか、恵まれた体格は石柱のような力強さを持つ。やや荒っぽい口調が昔の俺を思い出させる。


女の方はユイ・ノワール。漆のような美しい黒髪を腰まで伸ばしている。碧眼も晴れ渡る空のようで目を合わせると見蕩れしまいそうになる。


俺と同じような農家の出身。柔らかな物腰は野に咲く花のようだ。


家が近所の幼なじみ。それがこの二人との関係だ。


「いやぁ、遂に俺らも魔法解禁かぁ〜。長かったなぁ」

「そうかな? 私はあっという間だったなぁ」

「ハルトは?」

「うーん、ユイと同じであっという間だったかも」


俺が同意するとユイはあどけない顔をパァっと明るくする。


「やっぱりそうだよね!」

「お前らは呑気に過ごしてたからじゃねぇか?」

「そうでも無いよ? 僕やユイは勉強の他に畑仕事とか手伝ってたし」

「それ言ったら俺も鍛冶屋の手伝いしてたし〜」


そんな世間話をしていると、時を告げる鐘の音が響いてきた。


「やっべ! もうそろそろ行かなきゃ!」

「大変! 行こ? ハルトくん」

「うん」


いの一番に教会に向かったセイヤを俺とユイは追いかけるように走る。


村の学校でも休み時間はこうしてギリギリまで3人で過ごして教室へ走ったものだ。


そんな事を思いながら俺は魔法という力へ胸を高鳴らせるのだった。

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