第8話 思惑(ペトルス王子視点)

 エレナにあの言葉を告げてから、もう2時間が経とうとしている。俺は書斎の窓際に1人で立っている。頭の中は思考で渦巻いて、これから先のことについてを冷静に考えていた。


 エリュシオン。あの芸術家集団との繋がりは、王国の発展のために必要だ。彼らを手中に収めねばならない。それが王子たる俺の責務。


 エレナと結婚するという選択肢もあった。アシュフォード伯爵家が抱える実力ある集団。その貴族家の娘と一緒になる。それが一番、手っ取り早い方法ではあるが。


「いや、あり得ないな」


 俺は即座にその考えを打ち消した。浮気をするような女を妃にするわけにはいかない。それに、没落寸前の伯爵家が王家との血縁を求めるなど、おこがましい限りだ。婚約破棄は正しい判断だった。


 さて、問題はエリュシオンとの関係をどうするか。


「交渉は面倒だが、やむを得まい。金と権力を使えば、きっと屈服するはずだ」


 おそらく、アシュフォード伯爵家は抵抗するだろう。しかし、エリュシオンという力は、伯爵家には勿体ない。王家で利用してこそ意味がある。彼らの実力は、王国内だけでなく、他国にも影響力を伸ばしている。それだけ大きな存在になっていた。


 エリュシオンを手に入れるためには、アシュフォード伯爵家の協力が不可欠だ。しかし、あの伯爵は愚かで高慢だ。自分の利益しか考えていない。そんな男に、エリュシオンの真の価値が理解できるはずがない。


「伯爵を説得するのは、骨が折れる作業になりそうだ」


 俺は溜息をついた。諦めるわけにはいかない。王国の未来のために、エリュシオンは必要なのだ。


 エレナの浮気の件を交渉材料にするのは、有効な手段だろう。あの伯爵は、体面を大事にする男だ。娘の不始末が公になれば、伯爵家の名誉は地に落ちる。せっかく、エリュシオンの存在で没落寸前の危機を脱したのに、再び危機に陥るのは嫌だろう。


 そうなれば、エリュシオンの支配権を王家に譲るしかなくなるはず。


「エレナの件を、上手く利用してやる」


 俺は微笑んだ。エレナへの未練はもはや欠片もない。あの女は、ただの交渉の駒に過ぎないのだ。


 もちろん、伯爵家との交渉がうまくいかない可能性も考えておかねばならない。その場合は、エリュシオンと直接交渉するしかない。


「エリュシオンは、ただの芸術家の集団。金には弱いはずだ」


 大金を積めば、エリュシオンの面々も俺の言うことを聞くだろう。いや、最初から全員を買収する必要はない。新進気鋭の何人かをこちらに付ければ、あとは自ずと崩れていく。


「焦る必要はない。一人ずつ時間をかけて、こちらに付かせるという方法もあるか」


 俺は悠長に構えることにした。権力と金で人心を操ることに、俺は長けているのだ。心には、余裕があった。

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