第6話 はじまり(ヴィットーリオ視点)

 アシュフォード伯爵の依頼を受けながら、エレナ嬢の教育係を務めることになった私は、彼女と頻繁に会う機会を得ていた。


 エレナ嬢との語らいは、私の創作意欲を掻き立て、新しい作品が生まれるキッカケを与えてくれた。


 一方、伯爵はと言えば私の作品を貴族間で取引して大金を稼いでいるようだった。芸術を単なる金儲けの手段としか見ていない、そんな輩に嫌悪感を抱きながらも、私はそれを黙認することにした。以前の私も同じようなものだったから。それに今は、エレナ嬢との関係を続けることが何より大事なのだ。


 意外なことに、伯爵は私への仕事の依頼料をケチったりはしなかった。それどころか、十分すぎる報酬に加えて追加料金まで支払ってくれるのだ。


 おかげで私は余裕のある生活を送れるようになっていた。創作活動に集中することも出来た。


 それから伯爵の庇護があればこそ、エレナ嬢のそばにいられるのだと思えば、文句を言うことなどできはしない。むしろ、ある意味では伯爵の手腕も認めていたのかもしれない。




 エレナ嬢の生まれ持った才能には、私も舌を巻くばかりだった。芸術作品を目にした際の独特な洞察力、そして創作者の意図を瞬時に理解する能力は、まさに天賦の才と言えよう。


 私が彼女に教えを施せば施すほど、その才能はどんどんと花開いていった。時には、エレナ嬢の指摘によって私自身が新たな気づきや発見を得ることもあった。彼女と同じく、私も成長させてもらっている。


 いやはや、この年になってもまだまだ成長の余地があったとは。エレナ嬢との出会いによって、私は再び芸術の探求に没頭できる喜びを感じていた。




 ある日、私の新作を見たらしい昔の仲間、ルーカスが訪ねてきた。


「おい、ヴィットーリオ。芸術を捨てたと言っていたお前が最近、精力的に活動しているようだがどうしたんだ?」

「ルーカス、久しぶりだな」


 彼は、遠い昔に切磋琢磨していた芸術家の1人だ。彼もまた、活動を減らしていると聞いていた。私の近況に興味を持ち、話を聞きに来たのだろう。


 ひょっとすると、彼自身も芸術活動を再開したいと願っているのかもしれない。かつてのように、芸術の探求に没頭できるようなきっかけを求めているのかも。


「何だって? そんな人物がいるのか?」

「ああ、アシュフォード伯爵令嬢のエレナ嬢だ。彼女の洞察力と芸術への理解は、まさに天賦の才といえる。私は彼女に導かれ、再び芸術の道を歩み始めたのだ」

「そいつは興味深い。その令嬢に、私も会ってみたいものだ」

「では、会う場を設けるとしよう」

「いいのか?」

「なんとかする。芸術家として、君にもぜひエレナ嬢の才能を見てもらいたい」


 まずアシュフォード伯爵にルーカスを紹介した。彼も実力ある芸術家であること。仕事の依頼を受けたいということ。伯爵は、彼に作品制作を依頼した。


 こうして、ルーカスとエレナ嬢との出会いが実現した。私と同じような流れで、依頼を受けながらエレナ嬢の前でルーカスが作品を披露する。


「なんて力強い筆致なんでしょう。まるで画家の魂が躍動しているようです」

「エレナ嬢、私の魂をお見通しとは。まさに、あなたは芸術を理解なさる方だ」


 ルーカスもまた、エレナ嬢の魅力に一瞬で心を奪われていった。


 そんな芸術家が、次々と現れるようになった。私の活動に興味を持ち、話を聞きに来る者たち。エレナ嬢との出会いをセッティングすれば、多くの芸術家が彼女の魅力に惹きつけられていった。まるで、彼女がともした光に導かれるように、才能ある者たちが集まったのだ。


 エレナ嬢の存在が、多くの芸術家を惹きつける。まるで、彼女が灯した光に導かれるように、才能ある者たちが集った。


 こうして、エレナ嬢を中心とした新しい芸術家集団が生まれた。


 その名は『エリュシオン』。表向きには、アシュフォード伯爵家お抱えの集団だと思われている。アシュフォード伯爵家から仕事を受けて、作品を制作する。我々は、そんな集団であると。


 真実は、エレナ嬢に自分たちの作品を披露すること。作品を見てもらい、評価を得ること。彼女を喜ばせること。


 エレナ嬢の存在がエリュシオンにとって必要不可欠なのだ。


「エレナ嬢、あなたの感性は本当に素晴らしい。私たち芸術家にとって、かけがえのない存在です」

「皆様の作品から、たくさんの感動をいただいています。芸術の探求を共にできること、これ以上の喜びはありません」


 エレナ嬢を中心に、集まった芸術家たちが切磋琢磨し合った。


「みなさん、こうして集まれたことを嬉しく思います。共に芸術の理想を追求して、新しい表現を生み出していきましょう」

「エレナ嬢、私たちは『エリュシオン』の名の下、あなたとともに歩んでいきます」


 エレナ嬢こそ、この集団の中心にいるべき存在。私たちを惹きつけ、導いてくれるミューズなのだから。


 エレナ嬢。君は、エリュシオンにとって、なくてはならない存在だ。共に、芸術の新しい地平を切り拓いていこう。


 私は、エレナ嬢への想いを胸に、エリュシオンをさらなる高みへと導いていくことを心に誓った。やはり君との出会いが、私に新たな飛躍をもたらしてくれた。


 この恩は、一生忘れはしない。

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