第4話 灯火(ヴィットーリオ視点)
とある貴族から、仕事の依頼が舞い込んできた。報酬はそこそこ。少しもやる気は出ない。だが、金を稼がなければ生きていけない。
いつものように適当に終わらせて、金を受け取ろう。どうせ、真の芸術を理解する者なんて、この世界に存在しない。ならば、これは金を稼ぐための手段として割り切ったほうが楽だからな。
依頼主は、アシュフォード伯爵家か。どうやら没落寸前の貴族らしいが、現当主は見栄と虚飾にこだわる人物らしい。そんな人物にふさわしい作品を作ってやればいいだろう。作品を仕上げた報酬として、私は金を受け取るだけ。クオリティなんて適当で良い。
依頼内容を確認しても気持ちは変わらず。今も面倒な気持ちだけしかない。さっさと仕上げて終わらせよう。適当にやれば、そんなに時間も必要ないはず。
予想通り、依頼された仕事はすぐに終わった。簡単なものだ。期日になって作品を納品するためアシュフォード伯爵家の屋敷に向かう。なんの価値もない作品を渡し、金を受け取って終わり、ということになるだろう。
「素晴らしい! とてもいい絵だな。君に依頼して正解だったよ」
「本当! 美しいわ」
「ありがとうございます」
アシュフォード伯爵様と婦人が絵を絶賛している。それのどこがいい絵なのだろうか。そう言ってやりたかったが、黙っておく。それで満足しているのなら、別にいいだろう。私は金だけ受け取れたら、それでいいのだから。
「凄い」
幼い子どもの声が聞こえてきた。アシュフォード伯爵様の子女だろうか。その子も絵を見て凄いという感想を漏らしていた。やはり、芸術に理解のない両親のもとで育ってきたようだし、同じように理解していないのだろうな。ただ親を真似て、称賛の言葉を繰り返しているだけ。
そう思っていた。しかし、それは私の間違いだった。彼女はちゃんと、私の作品を見てくれていた。
「あの絵のお花、とてもキレイね。でも、なんだかちょっと悲しそう。花びらが落ちそうだから。でも、それがまたいいの。見ていて胸がきゅんとなる」
「……なに?」
その子供は真剣な眼差しで私の書いた絵を見つめ、そう言葉を紡いだ。純粋に絵画の美しさを言い表した感想だった。
自分の口から疑問の声が漏れる。どういうことだ。そんなつもりで作り上げた作品ではない。改めて、自分の書いたものを見る。確かに気持ちがこもっていた。
「これは……」
私は、自分自身でさえ気付かぬうちに、心のどこかで芸術と向き合っていたのかもしれない。適当に仕上げたつもりの絵にも、無意識のうちに漏れていた思いがあったのだろう。それを気付かされた。
お金を稼ぐための仕事だと割り切っていると思っていた。だが、そんな気持ちだけじゃなかったのかもしれない。
単なる子供の感想などではない。生まれながらにして備わった芸術への感性の片鱗だ。私は息を呑んだ。心の底から望んでいた私の理解者が、こんな子供の中に紛れていたなんて。
「それに、花の周りの色もキレイ。だけど、ちょっとヘン」
それも素直な感想だった。彼女は正しく理解している。そして、私は恥ずかしくなった。
「あのお花が、かわいそう。ひとりぼっちになっている」
「……それは」
無邪気な口調でそう言われ、私は思わず目を伏せた。情熱を注がず適当に仕上げたということを、彼女は感じ取っていたから。その作品の大部分は、なんの価値もないことを見抜かれた。
目の前の作品が、私の芸術家としての全てだと思われてしまったのかもしれない。それが恥ずかしい。違うんだ。私は、もっと……。
「おじさまが、あの絵を描いた人?」
「……えぇ、そうです」
彼女の視線が、私の方に向いた。その質問に答えたくないという気持ちを押し殺して、私は肯定した。
「そうなんだ。おじさまが描いたお花なのね」
彼女は、私の顔をじっと見つめている。その瞳は澄んでいて、なんだか私の心の奥底まで見通されているような気がした。
「おじさまは、とても素敵な絵が描けるのね。だってほら、こんなに美しい花を、ちゃんと描けているもの」
少女は嬉しそうに微笑み、そう言ってくれた。私は胸が熱くなるのを感じた。そんなに評価してくれるなんて。ならば、もっと見てほしい。私の全力を込めた作品を。君に。
あの頃の純粋な気持ちを思い出した。自分の作品を誰かに認めてもらいたいと願っていた、あの頃の気持ちを。
そうか、まだ私の中には、芸術への情熱が残っていたのか。全てのモチベーションを失い、金儲けの手段としてしか創作してこなかった私に。だけど、心の奥底では、本当は芸術と真摯に向き合いたいと願っていたのかもしれない。
それを思い出させてくれたのが、眼の前の少女だった。
「おじさまのお名前は?」
「ヴィットーリオです。お嬢様のお名前をお伺いしても?」
「私の名前は、エレナです。よろしくお願いします」
まだ幼いのに、とても礼儀正しく返してくれた彼女の名前を私は胸に刻み込んだ。この出会いは、私の人生にとって大きな意味があるのだと感じていた。
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