箱庭で生きる事 人類(自称村人レベル5)




「ふわぁ……やべ、まだ眠ぃ」


 トントントン、と階段を降りたリュウジは台所の冷蔵庫から牛乳を取り出そうと冷蔵庫のドアを開け、はた、と手を止めた。


「げ、牛乳の残り少ねぇわ。2本しかない」



 そういえば水はだいぶあると思うんだが、牛乳の事は忘れてたな…つーか、水は一応井戸もあったわ…



 ゴムで雑に留めたシリアルの袋からシリアルを出して皿に開ける。


 モシャモシャとそのまま食べ、お茶で流し込む。

 シリアルのストックは沢山あるから少々大丈夫だろ。



 随分違う世界になったなぁ……と思いながら窓の外を見る。



 そこには犬とは少し違う中型犬くらいの生き物が二頭と、仔犬、とは少し違うけど違いがよくわからない小さな生き物が三頭、合計五頭がコロコロと芝生を転がっていた。



「ニホンオオカミかぁ…」

 

 思わず微妙に渋い顔になってしまう。いや、絶滅種が蘇ったのはさ、たぶん良い事だと思うんだ。でもな、オオカミって犬じゃねーし、そんなに懐く生き物じゃねぇって掲示板で言われてるし。



 《これからどうしよう》


 つまり、人類達は概ね大なり小なりそんな事を考えている。そういう事だった。




 昨日まで、ニュースは連日、地球にぶつかるであろう軌道を取る巨大隕石の事でヒステリックなまでに持ちきりだった。

 数日前からはもはやどうにもならない的な諦めムードというかお葬式ムードになっていた。


 

 リュウジ達は地球滅亡の危機に瀕しても生きていける確率が1%でもあるならば、と、ストックを充実させる派で、同じように考えた中には山籠りする都会人もいたし、シェルターに籠る金持ちもいた。中には自棄を起こして事件を起こす奴、失う物は何も無い、と会社に対して火災を起こす傍迷惑な奴、いっそ悲観して自殺する奴、何かへの依存を極める奴、と、千差万別悲喜交々の状況だった。



 板で補強された窓をちょこっとだけ開ける。一番近くのオオカミがチラッとリュウジを見て、興味なさそうに目を背ける。



「うわ、涼しい」



 カナカナカナ、と朝からヒグラシの合唱が煩い。そして今まで生きて来て聞いた事のないよくわからない虫達の鳴き声もわんさとこだまする。



「クーラー付けなくて良いのは良いけどさぁ…いや、これはやり過ぎだと思うんだよな」


 目の前をマダラ模様の蜻蛉達が追いかけ合うようにスゥーッと飛び去って行った。他にもオオカミにビビってササっと消えたでかいネズミとかでかい猫とか、窓から見える視界の隅には手のひらくらいある虫がカサカサと蠢いている。


(…うわぁ)


(いろんな宗教各所はひっくり返っているんだろうなぁ、うん。地球最後の日だとか天罰だとか天に昇るとか言ってただろうし。知るか、と信者を捨てて贅沢三昧を始める奴もいたし)


 神様がいるとして、いや、こうなってしまったものは仕方ないし、確実に神様のような上位存在はいるんだが、動物の上に人間を作ってはいないんだろう。


 やはりビオトープの世話をしている気分なんだろうか?ビオトープが今にも枯れ果てそうだったから水を増やして、苔とかゴミとか掃除して、ついでに昔飼ってた改良してない野生メダカとか原種のフナとか前みたいに色々入れといた、これで眺められるぞ。という感じで。


(うん、それっぽい)


 ネットの掲示板の住民達も振り切ったハイテンションで、神の蟻の巣キット説とか神の箱庭とか神のアクアリウム、神のビオトープとか色々言っていた。何にでも神をつけるなし。

 なお、メガネウラとか恐竜とかプテラノドンとかいなくて良かったネ。というのが共通認識。そんなのいたらただでさえヤバいのに更なる阿鼻叫喚待った無し、外出た瞬間終わったっていうか人類即絶滅する。


 ネットの知識人によると現在の気候と生物は弥生時代に近いくらいでは?という見解だった。マダラトンボ?知らん。でかい猫とかは日本古来の在来種じゃないだろ。いや、日本でもちょっと離れた所の島にいるっていう大山猫?いや、あれはツシマとかイリオモテヤマネコか?の祖先とかならあり得るのか?知らんけど。

あと稲作とかは寒冷化で結構ヤバいんじゃね、来年くらい。そもそも今年収穫出来れば良いんだけど。


 人間の利便性だとか、害獣被害とか、外国との交易とか全部途絶えたんじゃね?とか、人間側の都合の考慮はされてない。弱肉強食過ぎて生き残れるか心配だが、いっそここまで来ると笑える。清々しい。


「おはよ……うわ、茶太郎たちコロコロしてるね。…きっと美味しい獲物食べたんだろうなぁ」

妹の声が楽しそうでいて、後半絶妙にドンヨリしている。


「なに名前付けてんだよ」


「んー、なんとなく。大きいのが茶太郎でしょ。で、チャチャと、小さいのがクロとチョコとマメ」


「ふーん、シリアル食う?チョコ味」


「えー、私は生鮮食品から食べるよ。悪くなるじゃん。いつ電気止まるかわかんないしさー」


「昼ご飯はそうするわ」


「で、仕事どうすんの?」


「…オイ。よく考えろ? 行けると思うか?

この状況」


 むしろ会社は今開いてるんだろうか?開いていたとしてインフラ関係とか食べ物系の工場以外で仕事があるようにも思えない。絶望的過ぎる。仕事があるとしたら農業の手伝いか害獣駆除または屋根とか建物の補強?てか材料マジでどうすんの?収穫とか木を切るのも命懸けだわ。





「庭を越えるのにレベル30のモンスターがいる感じ?村人レベル5のお兄ちゃん♩」


「うっざ。話し合い出来ると思う?村人レベル5の妹」


「えーーー。……マジレスするとオオカミって懐かなくない?」


「上手く共存出来るよう敵対せず頑張るしかない件」


「ほんとそれ」


 ちょっとした田舎でこれなんで、山奥に篭った人達マジ頑張れ。とりあえず、今日もなんとか生きられそうな気がする。


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【箱庭】善も悪もない混乱の箱庭歴元年 if @nanakoro

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