【箱庭】善も悪もない混乱の箱庭歴元年

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箱庭は思い出された (偶々の発掘)




 ふと、箱庭を長らく放置していた事を思い出し、久々に箱庭を呼び寄せ、焦点標準座標を投影した。


(ふむ、壊れていなかったか)



「ん?なんだ。放置し過ぎたか」


 埃を払う。


(おおかた、流動機能を入れたまま忘れた奴がいたのだろうな。嘆かわしい事だ)


 そういえばそういう連中しかいなかったか。最盛期には、《新しく外界襲来データを入れようと思ったのにそのデータを紛失したぁぁぁ!!》

 等と姦しく騒ぐ奴もいた事を、多少の郷愁と共に思い出す。怠けて呼び出し設定を付与していない為だ、愚か者め。


 フン、やはり懐かしくなど無いな。ああいう煩い奴等も、騒動の渦中も苦手だ。遠くから眺めるにつきる。思い出とは瓶詰めのように用がある時だけ開ければ煩わしくもないのだから。



 【箱庭】


 其れは我等共通の遊戯の一つ。

 実際には自分はそれで戯れる者の1人であり、

 自分より余程熱心だった同族達は初期の設定を妙に細かく作り込んでみたり、ある程度完成した所でうっかりミスで衰退させたり、気に入らなくなり壊したり、各自の贔屓する原生生物と戯れたり一匹だけ捕まえて眺めてみたり、様々な介入をしていた。


 最も、原生生物との戯れの何が面白いのかわからんが。自分で造って自分で壊して、で、何が面白いのだ?眺めるのも別にカーソルを合わせて観ればそれだけで良かろう?


 最も、同族達は今現在は器用な奴が新しく造り出した別の箱庭または他の遊びに興じているようだ。


 我等はとても飽きやすい。今となっては忘れ去られた過去の玩具だ。



 様々な値を眺める。


(ふむ。前に眺めた時とは若干異なるように見えるな。具体的には資源量と陸地の形か。陸地は流動の設定値が過剰であるな。あと少し熱いか?)



(前はもっと。いや、やはり資源が枯渇し過ぎか)


 過去記録を流し読む。長過ぎてだいぶ飛ばしたが、どうやら一種類の原生生物が繁栄し過ぎて他の原生生物を駆逐し、資源を採掘した事で箱庭のバランスが崩れたらしい。



 まぁ、それを眺めるのも良いのだが、結末が決まっている事はつまらないものだ。初心に還るか。飽きていたものの、何かと溜め込みたくなるタイプの自分のサガが疼いた。前のめりになり、抱える程の丸い球体に爪の先を翳し示す。


「!」


「……失敗した。久々で操作を誤った」



 少し資源量を増やし過ぎただろうか。まぁ、誤差の範囲か。範囲という事にしよう。代わりにバランスを崩す要因の一つとなっていた資源を全て回収する。繁栄し過ぎた原生生物の玩具もついでに回収。


 同族の中には、完璧に綿密に造り込んでから壊してみたり、原生生物のコロニーを分断してみたり、作ったもののやはり気に入らない、と生物を駆除しては別の箱庭から移植してみたり、また初めからやり直したり、群れて進む原生生物がいたら進行方向に介入して何かと分断したり餌を置いてみたり色々とつつくタイプもいる。


 自分は最初だけいじって時々バランス調整は行うが、基本的にテラリウムの循環を眺めるタイプなのだ。静謐で程よい秩序と循環こそが心地良い。


 まぁ、初期設定だけ力を貸した後は同族達が囲んで色々と煩く試行錯誤していたので、遠くから眺めるだけ眺めて放置してそのまま忘れ去っていたのだが。




 海面を選び、ランダムに指し示し程良いあんばいに資源量を増やしてゆく。


 しかし、原生生物の分布が偏り過ぎて随分とつまらん。種類も豊富な時点に比べて随分少ないではないか。だから流動設定を強めで忘れるなと、あの阿呆共め。


 少し前のデータを読み取り、原生生物達のありし姿を写してゆく。


 その頃の標準となるよう箱庭の温度を変更し、乱れた環境の微調整を行う。…む、廃棄物が多い、沈澱物も多い、回収。大気汚染が甚だしいな、回収。流動設定は忙しなさ過ぎる。値を低く設定。



 少し休憩する。記録の中で偶々目に留まった原生生物が嗜む飲料をコピーし喉を潤す。

「む、意外に美味いな」

 なかなか味覚を刺激する感覚だ。シュワシュワした。どうやら味覚の感受性が似ているようだ。……。他に美味い物はないだろうか。






 あとは、陸の形ももう少し変える事とする。


「ここを、こう、ペースト、ではなかった。

 間違えたか。よし。掴み、引っ張る」


 試行錯誤していると陸地が一つ増えたので徐ろに適当な小島に接続しておく。山だらけなので多少良いだろう、うん。

 それぞれ適当に動かしながら考える。はて、どういう形にすべきか。


 箱庭の初期段階のように全部まとめるか。


 爪先を向けかけて、止まる。いや、過去記録を見る限り、ここの原生生物はそれなりに好戦的な性質だろう。


 同族の中に争いを眺め観戦するのが好きな奴がいたので、そのあたりか。


 形質が誤差の範囲程のほぼ変わらない同一種でも気性が荒いのだ。狭い場所に違う群れを入れて互いに共食いしても困る。まして争いで雄個体ばかりが絶えると、ピックアップして系統図を見ても血統のバリエーションが少なくつまらん。


 長く眺めるには、これも偏りが出るのは良くない。


 氏族毎に分けるべきか。


 分布の多い所は動かさず……






 世界中がパニックに陥っていた。


 人類は空から降る巨大な隕石という大いなる未曾有の脅威に気付いてしまった。


 混乱の最中、国々は足並みを揃えて対処しようとした。それでも人間の限界というものなのか、様々な思惑と主義主張から互いに足を引っ張り合う事も起きた。



 しかし、知識人達は真摯に語る。もしも初めから人類の叡智を全て一つに合わせていたとしても軌道を変える事も壊す事も出来ないだろう。隕石はそれ程に巨大に過ぎた。運良く直撃しなくとも果たして生き残るのは1%も無いだろう。


 嘆きと諦観と共にそう考えられていた巨大隕石は、軌道上から突如消失した。さながら、見えざる巨人がその手で掬い取ったかのように。


 は?


 隕石を様々な手段で観測していた者達は目を疑った。目を擦り、画面を眺め、画面を拭いた。人類の叡智と言われる規模の天体望遠鏡で宇宙を眺めた。宇宙ステーションからも確認した。だが、何もなかった。事実としか言い様がなかった。


 暴動が各地で起きていた国、自棄になっていた国、パニックになりながら概ねは平穏であった国、全てがとりあえずは安堵に胸を撫で下ろした。


 怯えながら最後の日をどう過ごすか考えていた一般市民も、巨大隕石を神の如く崇め始めた終末論者さえ、何か大いなるものの意思を感じ敬虔なる心地で天を仰いだその日、



 あちこちで新種、いや、過去にいたと思われる生物が目撃された。


 初めは、街中を闊歩する巨大な鳥を見た人が動画を上げた。瞬く間に数億回再生された。




 世界は動画で溢れた。溢れかえった。新種なのか絶滅種なのかよくわからない生き物達の数々に畏怖しつつ、身の回りに増えた謎の昆虫達に怖気がした人類は決死の覚悟で有り合わせの材料で家を補強し家に篭った。政治家に任せるしかない。



 なお、

【巨大隕石消滅】


 オオカミ?オオカミなんで?


 ドードーの卵は?


【神様ガチ】やばすぎww


【そうはならんやろ】


 等とスレッドが乱立した。




 その頃、政治の中枢はさらに混乱していた。

 何故か現代兵器や化学兵器の類が消えた、廃棄物処理場のゴミが消えた、気候がいきなり下がった、等という報告が次々と入って来ていたのだから。


 混乱ばかりの数時間後、




 陸地が静かに動き始めた。


 人類の目は死んだ。




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