第3肢

 僕は彼をシーザーと名付けた。

 誇り高く、陽気で――おまけに禿げだ。まあ実のところ、頭のように見える大きく丸みを帯びた部分は胴体なのだが。


 タコは退屈を嫌う。

 シーザーをおとなしくさせておくために、僕はレゴブロックをいくつか入れてみた。花や犬や家の形に組んだものを。

 はじめのうちシーザーはカラフルな立体を興味深そうに複数の腕で撫で回していたが、たちまちのうちにそれらが、ひっぱれば分解できること、凸部を凹部に嵌めれば自由に組み合わせられることを理解した。

 彼が独創的な造形で無心に遊んでいるとき、紅潮したその体に、夜の高速道路を流れていく車のヘッドライトを思わせる、白色の斑点が現れる。


 彼の繊細な吸盤がブロックの凸凹を、まるで何かを読み取っているかのようになぞるのを見ていた時、ふと閃いた。

 ブライユ点字だ。

 点字の突起は3点2行で、レゴブロックの上部突起は4×2だから、シーザーはすぐに類似に気付くだろう。

 とはいえ、水中でタコに点字と、それに対応するアルファベットや言葉を教え込めるほど、僕の息が続くとは思えない。


 代替案は、こうだ。

 タブレット端末上のドットの明滅を点字の代わりにする。もし彼が擬態や気分の変動を体表面の色の変化で表しているとするなら、光の点滅の意味を理解して模倣する可能性もなきにしもあらずだろう。


 タコとコミュニケーションをとるというのは、僕ひとりの荒唐無稽な夢想ではない。実際、タコは犬と同じように、相手――この場合は人間――の意図を理解できる。隠された餌の場所を指さすと、そこへ移動して、好物にありつくことだってできるのだ、


 手始めに、カニ=Cや魚=Fといった、食べ物と点滅の結びつきを教えてみることにした。

 最初は頭文字アルファベットを表示しながら餌を与える。次に食物以外、ブロック=Bなどを追加する。

 第三段階として、不透明でにおいの漏れない容れ物に入った餌を落としてやる。シーザーは難なく容器の蓋を開け、餌あるいは玩具を手にした。

 これを何度か繰り返し、その後数日餌を与えずにおく。

 そうして、ブロックを入れた箱を“B”の光源とともに水槽に入れてみると――シーザーは見向きもしなかった。

 いったん引き上げ、再び同じことをしてみても、結果は変わらず。


 ではカニを入れておいた箱を出そうとした時、シーザーがぽかりと水面に浮かび上がってきた。その表皮は柘榴ざくろのように濃い紅色に輝き、さらに胴体部には2列に2つずつ、四つの白い斑点が並んだ。


 それだけではなかった。

 彼は腕の斑点を一定方向に動かした。何かを訴えるように。

 僕はすぐにカニの箱を下ろした。電光を表示することなしに。

 シーザーはためらうことなく容器の蓋をひねって開け、何日かぶりのご馳走を手にした。


 僕は頬が緩むのを抑えきれなかった。ひとつしかない心臓が勢いよく血液を送り出すのが感じられたほどだ。

 小さなカニを爪の先まで残さず平らげてしまうと、シーザーはおかわりを要求した。2×2の白い斑点、“C”の光点と、それから再び、一方向に流れる腕の模様を使って。箱なしで僕がカニを放り込んだのは言うまでもない。


 ――何てことだ、彼は僕に、彼のコミュニケーション方法を教えようとしている。


 

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