9「初陣」
月曜日になった。
朝、七時にキラスが迎えに来た。
「では、刃、お借りしていきますね。」
キラスが、司とさやに言うと。
「刃、気を付けてね。魔法は、便利だけど隙を見せてはいけないわ。」
「母さん、分かった。」
「刃、無事に任務から帰って来い。待っているからな。」
「うん、父さん。」
両親に一度抱き寄せられ、刃はキラスと一緒に車に乗って、現場まで行く。
現場に着くと、踏み入れただけでも、空気がピンと張りつめていた。
不発弾の撤去。
それが、この場にいる人達が与えられた任務であった。
この付近に住んでいる人の避難は完了している。
軍が抑えていた住宅あり、そこに避難をしている。
その日から生活できる用品があり、食料もインスタントだが、用意されていた。
水道もお湯が出るし、台所にはガス、IHどちらでも使えるシステムになっている。
お風呂も洗い場があり、シャンプーやリンスといった基本的な物は備え付けられており、脱衣場ももちろんある。
トイレは風呂とは別の空間にあるから、使い勝手はいい。
ベッドはないが、布団は押し入れに四点ある。
それ以上に必要なら、言って貰えれば追加すると説明があった。
建物も、エレベーターがあり、廊下や玄関も広く設定してある。
車椅子や杖、乳母車は余裕で出入り出来る。
ペットも可だから、とても安心だが、外で飼えるペットはベランダで、室内で飼うペットはそれ専用の部屋があり、そこでという決まりがあった。
だけど、それだけでも十分で、ペットも家族だから、一緒にいられるのは嬉しかった。
「ここに住みたい。」と言う人もいたのは、報告して置こう。
その情報も刃は知っていて、不発弾一個だけで、この大騒ぎ。
それに、この人数だ。
これが、数十個、数百個、昔は上から降ってきたり、設置されたり、飛ばされたりしたのかと思うと、ゾッとする。
体験していない人は、そういう話を訊いて、想像したり、映像が残っていれば見たりして、自分の頭で描くしかないが、とてもじゃないけれど、心が痛む。
そんな感情を受け取ったのか、キラスは刃を食事が出来る所へと連れて行った。
キラスは、不発弾の撤去という場面は、数多く見てきているし、現場にも来ていたから、空気になれているが、つい最近まで魔法すら使えず、普通に過ごしてきた子供には、とてもきついだろう。
食事が出来る所に連れて行ってくれた時、いつも、軍の施設で食事を作ってくれる女性がいた。
女性は、子供の刃をとても気にかけていて、どんな魔法を使い、どんな訓練を受けたかを訊いて、それに合ったご飯を提案してくれている人だ。
とても親しみやすく、刃は、少しだけ心を落ち着かせた。
「今日は、刃君が好きなソフト麺、用意したからね。」
「うん。ありがとう。シュナさん。」
「おや、私の名前覚えてくれたのかい?嬉しいな。」
「それは覚えるよ。いつも美味しいご飯、ありがとうございます。」
シュナは、マハ・山根・シュナといって、日本人とインド人の間に生まれた。
でも、日本で育ったから、山根シュナというのが、本名だ。
そういえば、キラス、夏音、マティドの本名はなんだろう。
シュナから受け取ったジュースを飲みながら、近くにあった椅子に座りながら考えていると、キラスはシュナから刃と同じジュースを受け取り、横に座る。
「私の本名は、
刃は、いきなりキラスが話しかけて来た内容に、黙って聞いている。
「私は、小さい頃、イタリアで孤児になった。海で仕事をしていると、声をかけてきたのが夏音様だ。夏音様は、一枚の紙から鶴や手裏剣といった形を作ってくれてな。それが魔法の様に見えて、とても嬉しかった。孤児の私には、こんな娯楽はなかったから、とても楽しかった。夏音様と折り紙で遊んでいる時、私を雇った人が来て、仕事をさぼっていると思われたのだろう。いきなり、殴ってきた。」
キラスは、刃の顔を見ると、ジュースを飲まずに見ていたから。
「飲みながらでいい。」
「え、はい。」
刃は、ジュースを飲んで、キラスの顔を見ると、続きを話す。
「まあ、簡単だ。その時、私に結界の魔法が目覚め、殴られなかった。それからは想像出来るだろうけど、夏音様が私を引き取りたいといって、養子にしてくれて、日本に引っ越したんだ。日本に来た時には、日本語は話せなかったけれど、一般の学校に入学させてくれて、周りと同じ教育を受けて、日本語が話せるようになっていた。周りのクラスメイトが優しくて、色々と日本語で語り掛けてくれて、伝統的な遊びも教えてくれて、とても楽しかったな。」
昔話をしているように話すキラスを見て。
「楽しかったって、過去形だけど、今は?その友達とは?」
「今でも連絡は取っているよ。同窓会にもはがきが届くから行っている。そうだな。今も楽しいな。」
「そう。魔法が使えなくても、凄いって思う気持ちがあれば、魔法に目覚めるんだな。」
「それとな。マティドの事も訊きたいって顔しているが、マティドの事はマティドに訊け。」
「そんなに分かりやすい顔してます?」
「意思疎通が強いから、分かってしまうのかもしれないな。」
そういったキラスの顔は、刃はとても胸の辺りがザワ付くほど、何かが宿った。
すると、準備が出来たのか、呼ばれた。
キラスは、いつもの恰好をしていた。
だが、刃の恰好は、ジャージ姿だ。
この装備では、出撃出来ないとして、一般的に不発弾を撤去する人の服に、保護魔法を加えた服を提供された。
とても丈夫に作られていて、着ていると安心する。
着替え終わると。
「ふーん、その恰好、似合っているな。」
キラスは、刃をジッと見て言う。
「こんな時に、服の感想?」
「こんな時だからこそだ。刃、緊張しているだろう?危機感は必要だが、少しは気を楽にしろ。魔法が使えなくなるぞ。」
「でも。」
「なら、さや様がこの家に囚われていて離れられない。不発弾を撤去しなければ、さや様は救われない。そんな想像をしておけ。」
「それだと、さらに緊張するんだけど。」
「まあ、気にするな。私がいるんだ。刃を護れるよ。」
刃は、キラスを見ると、何故か安心出来ていた。
どうしてだろう。
何時からだろう。
キラスは、いがみ合わなければならないと思っていたが、いつの間にか、傍にいるのが当たり前になっている。
先程もそうだが、胸に熱いモノが宿り、とても穏やかになっていくのを感じた。
「さ、任務だ。」
キラスに声を掛けられ、一緒に一軒家に入って行く。
入ると、情報通り、防空壕があった。
防空壕は、手掘りしていると思われ、でこぼこしていた。
「防空壕って暑いと思ったら、意外と涼しいんですね。」
刃は、そんな感想を持った。
そんな言葉に、一緒に防空壕に入っている人達が、刃が緊張していると思い、会話をしてくれている。
これが初陣だと知っているから、尚更だ。
刃の役割は、埋まっている不発弾の掘り出しだ。
情報としては、不発弾の前には、分厚い壁がある。
その壁を破壊するには、機械の振動だと不発弾に影響するとあり、魔法なら振動なしで破壊が出来るという見解だった。
物には、全て、目がある。
目を攻撃すれば、物は、少しの力だけで崩れ去る。
その目に攻撃するには、刃のダーツが必要だ。
目は、探索魔法が使える人が見つけてくれている。
その場所を打てばいい。
「刃、この壁のこの場所だ。」
キラスが、写真をみせると、刃は集中した。
訓練では、目的に当てるのは七割くらいで出来た。
だが、あと、三割が出来ない。
少しだけ不安になってきた。
壁の一カ所は、真ん中よりもやや右寄りの場所。
だけど、本当に当てられるのか。
手のひらに集中して、ダーツを出す。
ダーツの色は、赤色をしていた。
この日までの訓練で、ダーツの色が変化する時があった。
ダーツの色によって、刺さった時の反応が違っていた。
赤は、破壊。
青は、凍結。
緑は、修復。
ここまで出て来ていた。
訓練次第では、違う色も出せるようになるかな?と思っていた。
今回は、壁の破壊。
だから、赤色をしていた。
ダーツに魔法を込める。
キラスは、緊張していたり、不安になっているのを知っていたが、何もいわなかった。
理由は、この感覚に慣れてもらうためだ。
慣れないと、この先、軍ではやっていけない。
一人でも戦える精神力が必要だ。
一度、キラスを刃は見たが、目が合わなかった。
その行動は、一人でやって見ろと言っているようだった。
唾を一口飲みこむと、目を真っ直ぐに向けて、ダーツを手から放った。
「お疲れ様。」
シュナが、飲み物を渡した。
ストーローがついていて、中身はオレンジジュースだ。
救護室で横になっていた刃は、身体を起こして受け取る。
「ちゃんと出来たじゃないか。」
「でも、あの後、倒れてしまった。皆に迷惑かけた。」
「ううん。それだけ、あの魔法は、身体の水分を奪ったから仕方ないよ。」
魔法を使うには、カロリーが必要なのは知っていた。
しかし、練習よりも実践は、使うカロリー数が桁違いに消耗する。
「沢山飲みな。水分は、これでもかって用意してあるから。」
「ありがとうございます。」
シュナは、色々な飲み物をクーラーボックスに持って来てくれていた。
今出されたオレンジジュースは、もう空で、追加でもらう。
追加でもらった物もオレンジジュースだ。
「俺をここに運んだのは?」
「キラスだよ。」
「そうか、キラスか。……どんな格好で?」
「なんといったかな?お姫様抱っこ?」
刃は、頬を赤くしながら、下を向いて、いたたまれない顔をした。
男の自分が、お姫様抱っこ?
しかも、キラスと。
それを想像したら、嫌になった。
確かに自分の顔立ちや体つきが、女性向きだからと言っても、性別は男である。
昔は、女だったら良かったと思った時期があったが「お母さん似だね」と言われる度に、嬉しかったから良しとした。
しかし、今回のお姫様抱っこは、精神的にダメージがあった。
シュナが、そんな刃の心理を見抜いてか、違う話にしてくれて、心を落ち着かせてくれた。
色々と話をしていると、シュナは、立ち上がり。
「もうそろそろ、昼食の準備をしてくるわ。楽しみにしていてね。」
「あっ、そんな時間?」
「刃君は、もう少し休んでいなさいよ。」
「はい。ありがとうございます。」
シュナは、自分の持ち場に行くと、入れ替わりで来たのはマティドだ。
マティドは、白衣を着ていたから、刃の体調を見る為に来たのだろう。
「刃君。大丈夫?」
「はい。この通り、飲み物も飲めますし、大丈夫です。」
「念の為、検査させてね。」
マティドは、自分が持って来ていたカバンの中から、聴診器や血圧計等を出して、刃の身体を検査する。
「マティドの事はマティドに訊け」という言葉が、何故か頭を過ぎった。
「マティドさんって、本名、何ですか?」
「え?」
つい、口が開いていた。
「い、いえ、失礼しました。」
「いきなりだったから、驚いただけ。私は、本名、神野マティド。」
「神野?……って、もしかして、財閥神野家と関係が?」
「ええ、その神野家の長女よ。神野家は長男、私の兄が継いでいるわ。」
「へー、でも、財閥のお嬢さんがどうして軍に?」
マティドは、検査結果をタブレットに入力すると。
「私も、スカウトされたのよ。夏音様に。」
「へー、も?」
マティドは、ニヤと口元をさせる。
その顔で分かってしまった。
「キーラースー。」
少しだけ怒っている刃を放っておいて、話を続ける。
「私は、医者になりたかったから、大学行って、資格を取ったわ。でもね。私が財閥の神野家だと知ると、同僚と見てもらえなくて、周りからいつも特別扱いされていたの。それが嫌で、折角資格を取っても生かせなかったの。そこで、夏音様にスカウトされて、軍に来たのよ。ここに来た時は、特別扱いなんてされなかったわ。何故かは、ここには、私よりも特別な魔法が使える人がいたからね。」
刃は、マティドの顔を見る。
その顔は、とても嬉しそうにしていた。
「だから、ようやく、自分の資格をフルで使えて楽しいの。」
「そうだったのですね。」
「それに、父が家から出られない人でね。子供達には、是非とも家から出て人生を歩んでくれって人だからね。自由にさせてくれて嬉しいわ。」
「家から出られない?」
「そ、家の敷地を出る時には、必ず、母と父の親友、それにボディーガードが二名必要なのよ。仕事は、地球の自然を増やす活動をしているわ。」
「へー。」
刃は、マティドの事情を知ると、軍にいる人は、何かしらの事情があって入ったと思った。
「しかし、マティドって名前は、どこから?」
「兄がつけてくれたのよ。兄は、人魚の話が好きで、私が産まれた時に自分がつけるといって、人魚と書いて、マーメイドにしたかったみたい。だけど、大きくなった時に大変だと、両親が話をしてくれてね。その時、部屋に、模写だけどアンリ・マティスという人の絵画が飾ってあって、掛け合わせて、マティドになったみたいなの。両親に許可を得ないまま、出産届けの紙に、ボールペンで兄がマティドって書いてしまったから、修正ができなかったのと、その届けを出す時には、兄も付き添っていて、屋敷の人は全て誤魔化せなかったから、仕方ないわ。」
「それは、大変な。」
「ええ、でも、この名前でいじめとかはなかったわ。名前は家族の愛情が込められている大切なモノ。その大切なモノ物を汚す行為は、自分の心が汚れている証拠。と、小学校入学式の日に、最初の教育として先生が話したからね。きっと、過去に名前について問題があったのかもしれないわ。その学校、父が見つけてくれて……昔から、父が絡むと良い方向へと進むの。」
マティドと話をして、一通り会話が済むと、お昼のチャイムが鳴った。
お昼ご飯の時間だ。
刃は、マティドと一緒に食事する所へと向かうと、そこには、見たことがあるソフト麺があった。
しかも、ソフト麺がとても温かく、ソースまで温かい。
手を合わせて、挨拶をし、食すと、とても美味しかった。
給食のと同じ味がした。
「まさか。シュナさん。」
シュナの顔を見ると、ウインクをされた。
その行動ですごいと思ってしまった。
この数日で、シュナは、刃の学校で出されているソフト麺、ソースの再現をした。
もしかしたら、それ以外のメニューも再現出来るかもしれない。
すると、もう一つ考えが浮かんだ。
「俺が、給食食べたいと言ったから、同じ味を再現する為に、給食センターからレシピを取り寄せて、準備してくれたのか。」
つい言葉に出した。
「そうだったら?」
ソフト麺が入っている器を持って、刃の隣に座るキラス。
キラスは、フォークを使って食べ始める。
「いや、申し訳ないなって思って。」
「気にするな。その証拠として、見て見ろ。」
刃はシュナをもう一度見ると、とても楽しそうに料理を振舞っていた。
「な。あの顔が見れただけでもいいだろ?」
「うん。」
その日は、給食を食べた後、少しだけ会議があり、家へと帰宅した。
疲れが溜まっていたのか、両親と話すよりも布団が恋しくて、部屋に行って眠った。
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