8「過去」
お父さん、お母さんへ
黙って逝く事を許してください。
私は、軍で魔法使いをしていました。
その任務中に命を落としました。
私が魔法に目覚めたきっかけは、二歳の時に公園で会った男の子です。
男の子は魔法を使えてました。
すごいと思って、自分でも出来るのかとやってみたら、出来ました。
男の子は、魔法が出来ても、周りには話してはいけないといわれ、黙っていました。
その魔法の仕事で、命を落とす覚悟は出来ていました。
本当になるとは思いませんでした。
出来れば、その男の子に再び会いたいのですが、それも叶わないようですね。
私の働いたお金は、現金で貰っています。
机の引き出しを、全て外すと奥に仕舞ってあります。
今後の生活資金に使ってください。
貴方達よりも早く逝く事をお許しください。
火花さや
遺言だ。
軍の仕事をしているのだから、命を落とすかもしれない。
生きているさやの顔を思い出すと、この遺言が発動されなくてよかったと思った刃とキラス。
刃とキラスは、顔を合わせると、少しだけ疑問に思った。
「この、男の子って誰だ?」
刃がキラスに訊くと。
「知らない。こんな情報は無かった。」
キラスも、分からなかった。
とりあえず、この文章から分かることは、さやは生まれながらに魔法が使えるわけではなかった。
なら、どうして、今、魔法の威力が落ちているのか。
命亡くなるまで、魔法は威力が落ちないことではなかったのか。
その話は、考えても分からない。
だから、一度、保留にしておいた。
「しかし、さや様が、このような遺言を残されていたとは、思いませんでした。」
「母さん、結構、しっかりしていたからな。」
「そういう刃は?」
「しっかりしていない子だ。」
すると、二人して笑った。
さやの使っていた部屋をグルリと見渡すと、刃は。
「この部屋、俺、使っていいですか?」
キラスに話しかけた。
「いいですよ。ただし、冷蔵庫の中を片付けてからな。」
「そうですね。」
また、笑い合った。
それから、透視が出来る魔法が使える人が来て、嫌々ながらも冷蔵庫の中を見てもらった。
しかし、冷蔵庫の中には、シップだけで、飲み物や食べ物は入っていなかった。
刃とキラス、透視をしていた人は、ホッとした。
冷蔵庫を開けると、シップの匂いが充満していた。
このままだと、冷蔵庫の中には食べ物や飲み物を保存出来ない。
仕方なしに、冷蔵庫だけ取り外し、新しいのに変えた。
今まであった冷蔵庫は、処置室でシップ専用の入れ物として使用する。
「もし、命を落とす事になった場合を考えて、冷蔵庫の中身も管理するとは、流石、さや様です。」
「本当ですね。俺の母さん、すごいな。」
刃は、さらに、自分の母を尊敬していた。
でも、刃もキラスも思っている事は、遺言に出て来た男の子の事だ。
誰かは、今は訊けない。
訊けば、答えてくれるかもしれないが、記憶喪失になった人の脳だ。
もしも、触って欲しくなかったら、さやの記憶がもっと複雑になると思った。
話だけだが、記憶喪失になった時のさやと、周りが大変だと感じた。
さやに自分の名前と住所や両親の名前などを、身近な情報から記憶させるのに、とても多くの情報が必要であった。
その中での救いは、自分の事だけ記憶になく、生活は出来ていた。
ペンの使い方。
買い物の仕方。
歩行の仕方。
服の着方。
学力もテストをすると、問題はなく、普通の学生以上の点数を取っていた。
だから、退院して、家に帰ろうとした時、家には帰りたくなく、司のそばを離れなかったのが、一番大変だったと訊いた。
「それから、もう、父さんは母さんの面倒を診ている内に、母さんを一人にさせない為、結婚を決意したと言っていた。」
「軍なら、そういう処置が出来る魔法を使える人がいるから、頼ってくれればいいと思うが、軍も魔法も忘れてしまったみたいですからね。」
「記憶を呼び起こしてくれたのは、キラスだったな。どうやったんだ?」
キラスは、自分の結界魔法について、刃に話す。
「結界は、何も護るだけに使われるわけではなく、治癒にも使われる。だから、あの時の魔法は、さや様の記憶を治癒したに過ぎない。詳しい人から見ると違うと思いますが、記憶喪失って、脳の怪我みたいなモノだと、私は思っています。だから、その欠けた部分を修復しただけです。でも、今回の件は、私とコンビを組んでいたからこそ出来たのかもしれません。」
「そんな方法が!」
「でも、結果的に思い出してくださって良かったです。今、軍事態はいいのですが、魔法部署の魔法が使える人材が少ないので、一人でも多く入ってくださると嬉しいですね。」
話ながら、さやが使っていた部屋……もう、刃の部屋から出る。
刃は、持ってきていた、さやが書いた遺言を見ると。
「母さんが産まれて育った家、もうないんだけど、机って処分されたのかな?」
「知らずに処分されているなら、お金勿体ないですね。」
「帰ったら、父さんに訊いてみるか。」
「報告お願いしますね。」
今日は、訓練をしてから、刃を家までキラスが送っていく。
もはや、二人はいがみ合うよりも、いいコンビになってきているのを感じていた。
家に着くと、司が帰って来ていた。
「今日は早いの?」
刃が司に訊くと。
「刃が遅いんだよ。私は、いつも通りだから。それよりも、魔法の訓練はどうなだ?」
「結構、ダーツの数、複数出せれる様になってきた。」
「そうか。怪我には気を付けろよ。」
「分かっている。怪我しても、治癒してくれる人がいるから平気。それよりも、母さんは?」
さやがいないから、司に訊くと。
「何か調味料が足りなくなったといって、買いに出かけたよ。味噌汁に味噌が少ししかなくて、薄いものになるからといっていたから、味噌を買いに行ったんだと思う。」
「そうか……父さん、母さんが住んでいた家って、もうないんだよね?」
「ああ、何か家に寄り付くのが嫌って雰囲気だったから、その家自体も母さんの両親が亡くなった時に取り壊したし、土地はもう他の人のモノだよ。」
「その……母さんが使っていた机って、処分したの?」
「ああ、それなら、刃が使っているじゃないか。」
「へ?」
刃は、自分の部屋にある机を、頭に浮かべた。
結構、使用感がある机だと思っていたが、まさか、さやが使っていたとは思わなかった。
「あの机、そうなの?」
「使える物は使う。勿体ないだろ?それに、母さんが目に触れなければいいわけだから、刃の部屋に置いたんだ。丁度、刃が母さんのお腹に宿った時に、お爺ちゃんが亡くなって、産まれる時にお婆ちゃんが亡くなったからな。だから、その間に子供部屋が必要になるって思って、貰えるものは貰っておいたんだよ。」
「そうなんだ。」
「机の事訊いて、どうしたんだ?」
刃は、司にも情報を共有する事にして、遺言を見せると、少しだけ見開いて、左手を口元に持って来て、何かを考えているようだ。
遺言を刃に返すと。
「なら、今から、机を調べてみようか。」
司は、刃に調べていいかを訊いて、二人で調べる。
刃の部屋に行くと、机の引き出し上から順番に開ける。
三段式になっていて、上から下にかけて狭いから広いになっていた。
全部、机から引き出しを抜いた。
中身を見ると、封筒がテープで奥に張り付けてある。
何封筒あるのか分からないが、全部を取ってみると、全部で四十袋あった。
中学三年間プラス高校一年の秋までの分だと分かった。
さやは、高校一年の秋に記憶喪失になったから、その間に働いた分だろう。
しかし、この封筒、よく、机の引き出し奥に収まっていたなと思い、引き出しを見ると、奥に当たる部分が、少し削られているのが分かった。
一般的に引き出しは、今の世の中、A4サイズが入るようになっている。
だが、それよりも少し狭かった。
細工をした後があった。
刃と司は、その跡を見ると。
「母さんだよね?」
「そうだね。」
引き出しを細工して、奥に何かあると思わせない様にする為に、こんな工作までしていたとは思わなかった。
しかも、細工した跡は、良く見ないと分からない。
「すごいな。母さん。」
「本当だね。」
火花さやは、県立見神倉学園の中等部にいた。
県立見神倉学園は、小学部、中等部、高等部、大学部とあり、廃材を使っての家具作りから、科学燃料の研究、山に住む動植物の保護、そして、自然と人との共存プログラムがカリキュラムとしてある。
だから、木製の改造は、得意であった。
封筒は、一応、司が預かる。
中身がどれ位の金額入っているのか、気になったが、封筒を開ける時間がなかった。
さやが帰ってきたからだ。
慌てて、封筒を司は自分の部屋に持って行って、刃は引き出しを元に戻して、誤魔化した。
ご飯を食べて、さやがお風呂に入り、部屋に行って休むのを確認すると、刃は司の部屋を訪れた。
司は、一封筒ずつ開けている所であった。
「父さん、来たよ。」
「刃、これは、すごい金額になるぞ。」
刃が見ると、一つの封筒には、万札が三十枚は入っていた。
刃は、その金額を見ると、封筒を開ける作業を手伝う。
月には、それよりも増えていたりしていたり、減っていたりした。
手伝って全ての封筒を開けて集計すると。
「すごいな。これ、全部、母さんが稼いだ金なんだな。」
「しかも、中学生の時からな。」
「どうするの?」
「どうしようもないよ。通帳管理は、さやがやっているから、入れられないし、父さんが通帳に入れないで管理するしかないな。」
「父さん、この事、母さんには。」
「今は、言わないでおこう。」
刃は、その事を、意思疎通でキラスに伝えると。
「すごいですね。さや様。」
一言だった。
そのすごいが、お金ではなく、机の仕掛けについてだ。
「確かに、中学生で月に三十万あたり手に入っていたら、親は特に違和感あるだろうな?」
「だから、隠すしかなく、机の引き出し奥だなんてな。」
キラスと話をしながら、刃は宿題を終わらせ、寝る用意をした。
キラス側も色々と作業をしながらであったから、同じ空間でないにしても、同じ空間でそれぞれ作業をしている雰囲気になる。
さやとは、さやの家と軍の施設の距離は、意思疎通が出来なくて、こんな不思議な感覚にはならなかった。
「さあ、今日はもう遅い。もう寝ろよ。」
キラスがいうと。
「もう少しだけ話出来ない?」
「出来ない。それに、私の魔法は知っているだろ?」
「キラスの魔法は、睡眠が必要。」
「そう。私の為にも、寝てください。」
「む。キラスの為には寝ないけど、もしも、結界が作れなかったりしたら困るからな。寝ますよ。」
「素直じゃないな。」
「じゃ、おやすみ。キラス。」
「ああ、おやすみ。」
意思疎通を切って、刃はシーンとなった部屋で、今一度、机を見る。
あの机に向かって、勉強をし、引き出しを工作し、中に封筒を入れて張る作業をしているさやを想像していた。
どんな気持ちで、この机と向かっていたのだろう。
自然と自分と同じ位の頃のさやを思い浮かべながら、眠りに着いた。
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