3「施設」
キラスは、立ち上がり、左手の指を鳴らした。
家を覆っていた結界を解いた。
「また、明日、来ます。」
キラスは、さやを一度見て、玄関へと向かう。
さやは、下を向いたままで、表情は見えないが、きっと混乱をしているだろう。
キラスの後を付いて行ったのは刃だ。
「お前。殴られなかったからって、安心するなよ。俺は、許してないからな。」
「関口刃……だっけ?さや様の息子。」
「そうだ!覚えておけ!」
「ああ、覚えておく。」
玄関を開けて、去っていく。
明日は、仕事も学校も休みの土曜日であり、司も刃もさやについていられる。
今日の所は、さやを落ち着かせる為に行動した。
夕ご飯を司が作り、風呂を刃が洗って湯を張った。
「さあ、母さん。一緒に食べよう。」
刃は、さやに箸を渡すと、さやは涙を流した。
「母さん?」
「ごめんね。なんか、私、二人に苦労かけている。」
「そんな事ないよ。急に来たあいつが悪い。あいつさえ、来なければ母さん思い出さずに済んだのに。」
「ううん。私は、思い出したかったと思う。自分の任務を思い出せず、放っておいて、どうしようもないわね。」
司は、食卓に置いてあるティッシュをさやの前に出して。
「別に、さやが悪くない。思い出したのなら、やるべき事があったのだろう。けど、もう身体も高校生の頃ではないし、無理はしないで欲しいな。」
「司さん……。そうね。ゆっくりやっていくわ。」
ティッシュを受け取り、涙と鼻水を処理した。
司が用意した食事を口に入れると、とても美味しい。
「美味しいわ。生きていて良かった。」
「それは良かった。」
司と刃は、ちゃんと食事が出来ているさやを見て、ホッとした。
食事が終わり、さやに風呂を進めて、その間に二人は台所を片付けた。
さやが風呂から出て来るのを、廊下で待っていた。
もしも、また、何か思い出して、泣き崩れたり、それにより暴走して、魔法を使われても困る。
風呂場から出て来るさや。
「そんなに心配しなくても。」
さやは言うと。
「離婚とかしないからな。さや。」
司は、さやを抱きしめた。
司の体温は、とても優しく温かい。
さやは、とても落ち着いて来た。
「ええ。私は、司さんの傍を離れません。」
すると、刃は、二人毎抱き包み。
「俺は、二人を護るためなら、名の通り刃になる。」
さやは、その一言が嬉しくて、瞳に涙を溜めながら微笑んだ。
次の日
午前八時という、朝早くもなく、お昼時でもない、丁度いい時間にキラスは来た。
玄関から、丁寧に玄関チャイムを鳴らして来た。
「おはようございます。予告通りに来ました。」
今度は、手土産を持って来た。
キラスは、出迎えてくれた司に、手土産を渡しながら言うと。
「昨日の部屋で良ければ。」
案内した。
そこには、さやがいて、顔を見ると、すっきりしているのを見えた。
横には、刃がいるのを確認すると、キラスは少し微笑んだ。
「何、笑っているんだよ。」
「別に。」
二人の会話を聞いていると、さやは、ハラハラよりも、ニコニコしていた。
「さて、キラス。昨日、上層部には報告はしたのでしょ?」
「はい。発見出来たのを、とても喜んでいました。直ぐにでも、任務に就かせたかったみたいですが、どこまで回復しているのかわからない為、しばらく、訓練となりました。」
「良い判断ね。私も、どこまで力が戻っているのか、わからないの。魔法がどの威力なのか、試していないのよね。」
「でしたら、訓練場で試してみては?」
「それがいいかもしれません。それとですね。私が軍に戻るのには、条件がありまして。」
「はい、そこの所も、話してきました。」
キラスは、持っていたカバンからファイルを出して、数枚の紙をさやの前に出す。
紙の内容は、勤務時間についてだ。
「家庭があるといいましたら、このようにしてくれました。しばらくは訓練をして、感覚が戻ってきましたら、午後一時から午後五時までの勤務となります。しかし、相手の行動によっては、朝早くや夜遅くに呼び出すかもしれません。」
「そうですね。相手次第ですからね。」
「学生時代の時も、夜遅くに呼び出された時ありますからね。」
「いい夢みていたらしいのにね。」
記憶が戻っている為、色々と話が出て来る。
ただ、やはり他人事のように思える感覚もあった。
「それでです。この十五年間で、侵略をしてくる他国が順番に増えてきています。さや様がいらっしゃった頃は、牽制が良かったのか、試しにくる程度でしたが、強力な牽制がないと思われたのかもしれません。」
「そうね。今までの情報を、新聞やネットでも入手した限りの情報ですが、そのような感じがします。軍にいけば、詳しい情報が得られるから、情報だけは仕入れたいですね。」
「でしたら、これからどうですか?」
「ええ、でも、私は……この身体はどうやら、この関口司と一定距離離れるのが怖いみたいです。軍の施設まで行くとなるとね。」
さやは、他人事のように自分の事を話し方をした。
このような話し方だと、今の自分には合っていると思う。
キラスは、司を見ると。
「どうやら、さや様は貴方の事が、とても好きなようですね。分かりました。その様に手配します。」
「キラスさん、どうか、司と呼んでください。」
「わかりました。司様。」
「様づけはいりませんよ。」
「そういうわけにはいきません。さや様と同等の位置にいらっしゃるお方ですからね。」
二人の会話を訊いて、刃は疑問に思った。
「なら、俺は?俺、様づけじゃないんだけど。」
「君は、刃で十分だろ?」
「さや様の息子なんだけど?」
「それでも、同等の位置ではないし、さや様が執着される程のお方、司様程ではありません。もしも、様付けをして欲しいのでしたら、さや様に頼られ……いや、護れる位の能力を持つことですね。」
二人の会話を訊いていて、さやと司は顔を合わせた。
すると、噴き出す笑いをした。
「なんだよ。父さん、母さん。」
「そうです。さや様、司様。」
笑っているさやを見ると、反論しつつも安心している刃とキラスだ。
キラスは、早速、カバンの中からアイマスクを用意した。
「軍の施設場所はお教えすることは出来ませんので、アイマスクをしてもらいます。」
アイマスクを受け取る刃と司。
「ヘッドフォンは必要ないのか?よく、こういう企画をやっている人がいて、周りの音が聞こえない様にヘッドフォンをしているのを見かける。」
「一般人の耳では、到底分からないと思いますし、話をする時には耳は必要です。」
「音は関係ないと?」
「はい。それは、体験していただくとわかります。」
時間を見ると、キラスが来てから一時間経っていた。
午前九時である。
「携帯電話とかは持ち込みしていいのですか?」
「電波妨害されていると思いますので、持ち込んでも意味はないと思いますよ。」
「でも、急に仕事場から連絡くると思います。」
「うーん、でしたら……。」
キラスは、カバンからポケットベル位の小さい機械を取り出した。
だが、これはポケットベルではなく、マイクも付いていて、説明するなら、小型の通信が出来るトランシーバーである。
「この機械に司さんのスマートフォンに登録されてある電話番号を登録するだけで、使用出来ます。かかってきた時のみの機能だけ備わっています。かかってきた時には、横にあるスイッチを押しっぱなしにすると通話が出来ます。通話を切断するにはスイッチを離してください。」
司は、言われた通りにすると、これはスマートフォンよりも便利だと思った。
画面タッチよりも、スイッチという突起があり、それだけを利用するというとても簡単である。
確かに、メールや動画、ゲームなどの機能があるスマートフォンは便利だ。
しかし、通話だけに使いたいとなると、邪魔な機能がある。
スマートフォンの前にあった携帯電話、いまではガラケーと呼ばれているが、その世界で育った世代としては、やはりスイッチやボタンは突起されていると安心する。
「これは便利ですね。」
「はい。こちらからはかけられませんが、相手からかかってくるだけならこれでいいかと思います。」
「通話料金は?」
「スマートフォンの契約されている料金は変わりませんよ。」
「この機械は、軍だけに使用なのか?」
「はい。軍だけです。軍だけだからこそ出来ます。軍は、上層部から命令されて動くのが仕事ですから、仕事中にこちらからの意見は必要ありません。」
「なるほど、命令さえ聞ければいいという事ですね。」
司とキラスの会話を聞いていて、刃も自分のスマートフォンと連結させ、出掛ける用意をさやとしていた。
司とキラス、そしてさやは自分のスマートフォンを、今いた和室に置き、家を出た。
家を出る時に、スマートフォンを持っていかないのは、今の時代、とても不安であるが、どことなく、身が軽く感じた。
家の前には、キャンピングカーが停まっていた。
キャンピングカーを見ることはあっても、乗ったことがないから、刃は少しテンションがあがっていた。
「え?これで行くの?」
「はい。家族で出かけるとなると、キャンピングカーかな?と思いましてね。それに、私の魔法だと、寝る所は必要になります。」
「そうね。」
さやはキラスに訊いて、説明されると納得した。
確かに、黒塗りの車だと目立つし、一般的な車ではキラスが目立つ。
キャンピングカーなら、家族で出かけるとイメージが出来る。
中に入ると、家族三人なら十分に寝転がれる位のスペースがあった。
小さい冷蔵庫、トイレ、シャワー、台所、水道があり、毛布も用意してあった。
冷蔵庫の中には、フルーツや簡単に食べられる食料、飲み物が用意されてある。
この備えなら、何かあっても対処出来ると、さやは安心した。
「発進しますが、少しした所からアイマスクをお願いします。さや様、どこでアイマスクが必要かは、覚えていますか?」
「そうですね。……G地点でしょうか?」
「その通りです。」
運転席に乗ったキラスは、安全を確認しながら、発進させる。
流れる景色を見ると、刃はさらにテンションが上がっていた。
とても楽しいらしく、笑顔になっている。
「ねえ、この冷蔵庫にある食べ物、食べていいの?」
「いいわよ。」
「リンゴ、なし、イチゴ、どれにしよう。うわー、メロンもある。」
家族で旅行をした事があるが、ここまではしゃぐ刃は見ていない。
キャンプをするわけでもないが、キャンピングカーという乗り物一つで刃が楽しいと思ってくれるのは、とても嬉しかった。
この気持ちは、司も思っていて、さやと刃を見ながら微笑んでいた。
食事をしながら、しばらく車を走らせると、G地点に来た。
一度、車を道路横に停めると、さやに言われ、司と刃はアイマスクをした。
さやは、二人の様子を見る為にしていないし、必要なかった。
「さて、ここからは少しだけスピードあげますので、つかまっていてくださいね。」
キラスは、一言発すると、その言葉通りにスピードがあがっていた。
この時、キラスは魔法を使っていて、車を周りに悟られない結界を張っていた。
それによりスピードが出せるのである。
周りは「風が今日は強いな。」位の認識だ。
次第にゆっくりになり、車が停車する。
停車した時の音が、トンネルの中に入っている音がした。
「アイマスク取ってもいいですよ。」
司と刃は、アイマスクを取った。
まわりを見ると、とても明るかった。
車から降りる。
周りを見ると、立体駐車場の中をイメージさせる作りになっていて、車も何台か停まっていた。
車の車種は、一般的に道路とかで見られる物から、トラックにベンツ、または、二人乗りコンパクトな車まであって、車好きがいたら、とても喜びそうなくらい、古い物まであった。
「ついてきてください。」
キラスの後を着いて行くと、一つの扉があったがノブがなかった。
和室の部屋にある、襖の手を掛ける所、座もなかった。
キラスは扉を触ると、上にスライドして開いた。
「この扉は、魔法を使える人のみに反応して開きます。」
キラスが扉を開いて、司と刃、さやが入るのを確認すると、最後に自分が入った。
人を招く時には、自分が最後でなければ、中に入れない。
もしも、自分が開いて入ってしまえば、次に入る人は上にスライドして開いた扉は、ギロチンの様に下りてくるからだ。
「さて、これからお連れする所は、さや様の上司がいる部屋と魔法訓練所です。ご希望であれば、その他もご案内します。」
キラスは、説明をすると、急にさやは鼓動が激しくなった。
なんだろう?
今まで、この施設には何度も来ていて、自分の庭位に思えていた場所なのに、何故か、胸が高鳴っている。
何か出て来そうな、何かをいわなくてはいけない。
そう思えて来た。
そんな気持ちを隠すように、司の手を握った。
司は、さやの気持ちを落ち着かせるかの様に、手を握り返した。
その姿を後ろから見ていた刃は、心の中で「この二人は俺が守るんだ」と気持ちが芽生え始めていた。
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