2「魔法」
「思い出せ。自分の業を。」
刃が学校から帰ってきた時に見た光景は、さやの頭を右手で持って、その手から黒い光を出している黒いマントを羽織っている男性だった。
男性の背は、百七十以上あると思われ、髪は後ろが一部腰まで長く、横が耳が隠れる辺りまで短かく、前髪は目にかかる位の長さだ。
その髪を後ろで、黒色のリボンで束ねてある。
顔立ちは、髪で見えないが、きっと、整っていると思われる。
そんな男性に拘束され、さやは、立っているのがやっとの姿勢でいて、手がプランと力なく下がっている。
「あ…ああ……。」
「母さん!」
苦しがっているさやを見て、助けようとする刃だが、余っている左手を刃に向けられ、手に魔法陣を浮かべる男性。
魔法陣の形は、円の中に星があり、星の線は日本語のカタカナで出来ていた。
カタカナで書かれてある文字は、いろは歌であった。
そのいろは歌のカタカナが、一般的に星を書く一筆書きの要領で動いている。
その魔法陣は、刃を拘束し、刃はその場から動けなくなっていた。
「邪魔はしないでいただこう。さあ、さや様、思い出して。」
「あ…。」
男性の手から解放されたさやは、自分の頭に手を当てて痛がり、座り込んだ。
「母さん!」
「や……刃。ああ……。」
近づこうとしても、近づけない刃。
すると、そこに帰ってきた司が来た。
「ただいって、どういう事?」
刃は帰ってきた時からの経路を司に話す。
すると、司は、男性に視線を移した。
その視線は、とても攻撃的になっている。
「さやに何をした!」
「ちょっと思い出してもらうだけだよ。」
「!」
司は、その言葉でさやが記憶喪失になっているのを、再度確認した。
思い出した情報によっては、嫌な記憶で思い出して欲しくないという気持ちと、思い出したら、本当のさやと会えるという気持ちがせめぎ合っていた。
だが、冷静に見ると、男性はさやに攻撃を仕掛けているわけではなく、思い出してもらおうという、願いが込められているのではないだろうかと、分析し始めていた。
男性は苦しんでいるさやを見てから、視線を司と刃に向けた。
「さや様は、我が軍の魔法少女なんだ。」
その一言で、司と刃は聞き間違えかと思って、もう一度聞く。
「なんだって?」
「我が軍の魔法少女だ。」
「軍?魔法少女?」
刃と司は、頭の中にヒラヒラの服を着て、杖を持って、髪の毛をツインテールにしているさやを想像した。
今、目の前にいて、頭を抱え苦しんでいるさやを見て、想像する魔法少女と違って、少し思考を停止させる。
それにさやの髪は、ツインテールに出来ない位短い、おかっぱに近い長さだ。
「魔法少女という言い方は違ったかもしれない。魔法使いというのが正しいな。軍には、男の魔法使いもいる。」
男性の言葉で、我に返り、さやを見ると、さやが男性に手を伸ばして、マントを掴んでいる姿を見た。
さやは、お願いをしていた。
「いわ……ないで。キラス。」
「さや様、思い出せましたか?」
「う…、思い出したくない。」
「でも、思い出していただかないと、困ります。」
さやとの話に少しだけ意識が散乱した男性の左手から発せられる魔法陣が弱まった。
その隙を見て、司と刃は男性に飛び掛かった。
男性は、二人の男性にのしかかられ、廊下へ尻もちを付く。
男性の恰好は、両手を頭の上で刃に拘束され、身体には司が乗っている状態である。
司は、何処かへと電話をかけようとしている。
この場から見て、警察であろう。
不法侵入に暴行行為。
「くっ。」
男性は、自分の身体から大きな魔法陣を敷いた。
すると、スマートフォンの電波が遮られた。
電話が出来ない。
司は、家から出ようとしたが、玄関の扉が開かない。
力を込めるが、引き戸が開かない。
つっかえ棒があるみたいだ。
「君、手を放してくれないか?」
「断る!家に侵入して、母さんに変な事をして、軍だの魔法少女だのわけのわからない事を言って、覚悟しろ!!」
「仕方ないですね。」
男性は、手からまた魔法陣を出して、自分の手を通って刃の手首に魔法を伝える。
刃の両手を拘束した。
「なんだこれ!離れろ!!」
刃から解かれた男性は、まだ苦しがっているさやに近づき。
「思い出したのなら、さや様からも説明をしてもらえませんか?」
「くっ。」
「軍と魔法少女の単語を出してしまったのです。もう、後戻りはできません。」
「そうしたのは、キラスの所為でしょ?」
「そうです。私の所為でいいですから、ご説明をお願いします。」
さやは、司と刃に視線を向けた。
とても言い辛そうにしている。
「お茶を淹れよう。」
司は、今にも男性に殴りかかりたかったが、押さえて、大人の対応をした。
話があるなら、お茶を出す必要がある。
「なんと?」
「お茶を飲みながら、話をしようというんだ。君は、大人だろ?」
「確かに、大人の会話をするんだ。お茶は必要だな。」
「まだ、話を訊いてからだが、内容によっては殴るぞ。」
「覚悟しています。」
「それと。」
司は、刃の近くに寄った。
「この拘束を解いてくれないか?」
「でも、そのモノは、私に殴りかからないか?」
「話を訊き終わるまでは、殴りかからないよ。な、刃?」
刃は、司に訊かれると、首を縦に動かした。
「良かろう。」
男性は、左手で指を鳴らすと、刃の腕にある拘束を解いた。
一階にある客間で話をする。
さやは、司によって出されたお茶を一口飲むと、落ち着いて来た。
その顔は、司も良く知っている顔で、安心し、微笑む。
「さて、さや様。お話を……そうですね。私からしましょう。」
男性は、さやが話したがらなくしているのを見て、自分がするとした。
「私ですが、キラスといいます。我が日本軍の魔法部署にいます。その魔法部署で魔法使いとして働いていたのは、さや様です。私は、さや様とコンビを組んでいました。」
キラスは、最初の話として、自分の事を話し出した。
「私は、さや様と他国から打ち込まれるミサイルや、侵入してきた飛行物体に船、自然災害などに魔法を使い日本を護る仕事をしていました。しかし、さや様が高校生になって半年たった時、連絡が取れなくなりました。実家にも張り込んで見てましたが、いる気配がなかった。コンビを組んでいる同士は頭で思う事で意思疎通が出来ていて、会話が出来ていました。それも出来なくなり、さや様が何処にいるのか、わからなくなりました。」
高校生の半年たった時、秋だろう。
その時に、司はさやを見つけた。
「軍の上層部には、行方不明と報告をした所、さや様は力が強く、日本を護るには必要な人物と言われ、探すようにと言われました。この十五年ほど、魔法を使い、足を使い、探していました。しかし、先日……一昨日辺りに、夢でさや様の意識を感じ、辿りましたら、この家の前にきていました。」
キラスの説明を訊くと、司は、刃に一つ訊く。
「一昨日、刃の進路について話をした日だな。刃、さやと何を話した?」
「母さんと、進路の話になり、母さんの昔話を少し。」
「その時に、昔の話とキラスさんの意識が繋がったのかもしれない。」
記憶喪失と訊いて、司は昔の事を訊くのをやめていた。
さやの事は、さやの両親から訊いて、アルバムや成績表、部屋を見せてもらい、ある程度の情報は教えてもらっていた。
現状維持で、過去や現在よりも未来を見据えて、司は、さやと結婚して、なるべく思い出させない行動と言動をしてきた。
この気遣いは、仕事にも利用出来て、とても勉強になっていたから、プラス思考で考えられた。
退院してからは、さやは司から離れるのを拒んだ。
だから、司の家に居候としてお邪魔していた。
司の家は、仕事が趣味の父、
身の整理として、家を綺麗にする所から始めた。
さやは、家を綺麗にしていくと、気持ちの整理が出来て落ち着いて来た。
司も一緒に手伝っていると、自然と綺麗にするのが楽しくなっていた。
それが、今の就職に繋がっている。
自分の家から持ってきたモノは、生活に必要な道具だけであり、過去に関係するものは置いていた。
持ってきたのは、さやの両親であり、長い間、自分の生まれ住んだ家には帰っていない。
「父さん。だとすると、俺の所為?」
そんな事を思い直していると、刃が司に訊いて来た。
司は、現実に考えを移して。
「違うよ。刃の所為ではないよ。」
三人の話を訊いていたさやは、ようやく口を開いた。
「それだけではないの。」
さやが話す内容に意識を移した。
さやは、もう一度、お茶を飲んで、口を開く。
「あの時。」
魔法を使って、任務を終えて、キラスと分かれた時。
周りを見て、帰りのチャイムが鳴り、子供達が居なくなった公園に降り立った。
公園の隣には、葬式場があり、その裏手にはお墓が並んでいた。
お墓で何かが光ったと思った時、着地を失敗してしまった。
まるで、その光に足を引っ張られたみたいだ。
「いたたた……。」
ベンチに座り、足を魔法で治療をしようとした時、買い物帰りの母に出会った。
母、あやは、駆け寄り、その場でタクシーを呼んで、病院へと向かった。
病院で診てもらった検査結果は、骨折だった。
別に魔法で完治出来るから、病院へ行くことはなかったのだが、あやに見られたし、急に治っては、病院で検査して貰ったレントゲン技師や、医者、看護師、リハビリ師、それに両親や友達に疑われる。
だから、魔法で治さず、自分の力で治す。
それを訊いたキラスは。
「面倒な。」
「ははは……、でも、心配してくれているのを知って、嬉しかったよ。」
「仕方ない。でも、魔法で空を飛べるから、仕事に支障はないか。」
「ええ。空は任せてよ。」
「なら、私はフォロー担当する。」
そんな会話をしていた。
骨折が治り、一ヶ月した時、また、日本へ侵入してきた他国の船がいた。
空から、排他的経済水域を超えた時に攻撃を仕掛ける。
魔法を使い、攻撃をすると、船は引き返していった。
「大丈夫か?さや様。」
「キラス、ええ、大丈夫です。」
足にギブスもなく、松葉杖も病院に返したと報告をした。
安心するキラス。
「大丈夫なら良かった。」
「でも、夕方までには帰りたいから、もう行くね。」
「魔法が使えるからといっても、移動は時間がかかりますからね。でも、今日は、病み上がりだし、魔法も使ってしまって、体力は消耗しているはずです。帰宅しましたら、必ず、栄養のあるものいっぱい食べて、十分に休んでくださいね。」
「わかっているわ。」
さやは、腕時計を見ると、帰るギリギリの時間であった。
魔法の仕事は、両親が心配しない時間を軍に入る前に契約をした。
学校が無い日は、一日中、軍にいられ、魔法の訓練をしていた。
その時に、軍の中でも、頭脳が優秀な人がいて人がいて、一通りの勉強を見てもらっていたから、もう有名なレベル高い高校に行ける位の知識を教えてもらっていた。
だから、学校の授業は、おさらい程度で聞いていたし、宿題も手を止めることなく、素直に動かした。
成績も誤魔化さずに、満点か、九十五点以上を取っていた。
「あー、もう、公園が暗いよ。」
すると、一ヶ月前に、お墓から見えた光があの時よりも強く光っているのを見た。
瞬間、また、着地を失敗した時、今度は足ではなく、頭から落ちた。
意識を失った。
その時である。
墓で光っていた物体が、さやに近づいていた。
さやを見ると、既に亡くなっているのを感じた。
その証拠として、魂が出ていた。
「あれ?どうして、私が私を見えるの?」
「ねえ、君。この肉体、君のなの?」
「そうだよ。あー、もしかして、私。」
「その、もしかしてだよ。」
「えええ……、どうしよう。こんな所で頭打って亡くなるなんて。」
光の物体は、さやの話を訊くと、軍と訊いて機嫌が悪くなった。
さやの肉体を見ると、まだ、間に合いそうな肉体の状態である。
魂が入り直せばと提案をしてみたが、さやの魂は弱っていて入れなかった。
「どうしよう。このままだと、護れない。」
国を護りたいという気持ちが、光の物体と共鳴したのかどうかわからないが、さやの魂に光の物体が入り込んだ。
さやの魂は光にあふれていた。
「どうして、一体化できるの?」
「知らないよ。でも、肉体に戻れそうだよ。」
「本当だ。戻れそう。」
「なら、このまま戻って見ようよ。」
さやは、自分の肉体に入れた。
肉体に入れると、一気に身体が空気を求めたから、肺が苦しくなっていた。
落ち着くまでベンチで横になったが、そのまま眠ってしまった。
眠っている時に、さやの魂が肉体を動かし、光の物体が意識を支配した。
しばらく経つと、誰か、男性の声が聞こえる。
男性の声は、とても落ち着いていて、聞いていて心地よい。
目を開けて見ると、心配した顔をして、一生懸命声をかけてくれていた。
「大丈夫か?あんた、名前は?」
「名前?なんだろう?」
その一言を発して、もう一度眠りについてしまった。
本当に自分が何者なのか、わからなくなってしまった。
「そこからの話は、司さんと刃、わかっていると思う。」
さやは司を見ると、目を瞑っていた。
何を考えているのだろうか。
記憶がないとしても、だましていたし、だまっていた。
真実を話してしまって、後悔はないが、罪悪感はある。
嫌われるもの覚悟していた。
そんな空気をたちきったのが。
「でも、母さんは、俺の母さんだ。母さんを連れて行こうとするなら、殴る!」
刃だった。
刃は、話を訊いても、キラスを敵視していた。
その言葉で、司は噴き出した。
「まったく、我が息子、刃は単純でいいな。」
「単純って。父さん!こいつ、殴りたくない?」
「いや、殴っても、母さんの立場は変わらないよ。」
「でも、俺は殴りたい。」
「やめておきなさい。」
立ち上がり、拳を作っている刃の手を優しく包み、下げるようにいう。
刃は、司の行動で仕方なく下げた。
「キラスさんだっけ?記憶を取り戻したとはいえ、さやは私の妻なので、連れて行かないで欲しい。それに、これからも生を一緒に全うしたい。だから、もしも、仕事があるなら、時間を決めて欲しいのと、さやも混乱しているし、落ち着く時間が必要だ。」
「はい。そのようですね。」
さやは、全部話してしまったが、それでも、混乱をしていた。
今の自分が何者であり、どんな力を持っているのか。
それに、吸収し、共鳴した光の物体は、何なのか。
今のさやには、整理をする時間が必要だと思った。
進路相談は魔法で解決 森林木 桜樹 @skrnmk12
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