第35話 甘えてばかりは

「亮磨、あとの手続きは任せたぞ」

「承知しました!」


 月城さんは書類を夏煌さんから受け取ると、顧問弁護士さんたちを連れて去って行った。まるで嵐のようだった。


「行こう、楓」


 夏煌さんに肩を抱かれ、わたしも病室を出る。ちらりと目線を向ければ、父と義母がこちらを睨んでいた。


「さよなら……」


 二人に聞こえたかはわからない。

 それでも、わたしはようやくあの家族と離別できたのだ。


「……夏煌さん?」


 病室を出て、しばらく歩いたところで夏煌さんが立ち止まった。


「夏煌さん! 大丈夫ですか!?」


 彼を見れば、大粒の汗を滲ませ、青い顔をしていた。


(安静にしてなきゃいけないのに、わたしのために無理して……)


 泣いてしまいそうなのを我慢して、彼を支える。


「だい……じょうぶ。楓に何かあったら、それこそ俺は大丈夫じゃないから」


 辛そうなのに、こんなときでもわたしを一番に考えてくれる。


(それはわたしもです……)


 彼に甘えてばかりではいけない。


「早く戻りましょう」


 わたしは夏煌さんに寄り添い、彼の病室へと戻った。


◇◇◇


「えっ?」


 夏煌さんの病室に戻るなり、わたしは看護師さんから頬の治療を受け、パジャマにまで着替えさせられた。


「えっ??」


 状況を理解できず、夏煌さんを見る。彼はベッドで横になっていて、一通りの治療を終えたわたしに満足そうに笑顔を向けた。


「楓も一日入院だよ」

「えっ!? わたし、頬をぶたれただけで、入院するほどでは……!」


 夏煌さんの発言に驚いていると、彼が布団をめくり、手でぽんぽんと空いた場所を叩く。


(ここに来いってこと?)


 わたしは躊躇しながらも、ベッドに腰掛ける。


「今日は亮磨も迎えに来れなくなったし、一人で帰すのは心配だからね」

「それって、職権乱用では……? きゃっ!」


 わたしは夏煌さんに身体をすくわれ、ベッドに横たわる形になった。

 彼の左腕に頭を預け、腰は夏煌さんの右手でがっちり押さえられている。


「一緒に寝るの、久しぶりだね」

「~~っ、ここに泊まるんですか?」

「うん。さすがに他の病室を空けさせるのは迷惑だからね」


 やっぱりわたしの入院は職権乱用だ。

 そう思っていると、夏煌さんが心配そうに覗き込んできた。


「痛かったよね? すぐに助けられなくてごめん。こうなることは予想していたのに」

「そんな、夏煌さんが悪いわけでは……」


 落ち込む夏煌さんは、わたしを窺うように見る。


「親権のことも……勝手に進めてごめん。楓を大事にしないあの親とは縁を切ったほうがいいと思ったんだ。今後も楓を搾取しようとすり寄ってくると思ったし……」

「驚きましたけど……わたしはずっとあの家から解放されたかった。だから、ありがとうございます」

「楓……」


 その切ない瞳からは、わたしを大切にしたいという想いが伝わってくる。


「わたしは……夏煌さんと一緒にいたいです」


 顔を彼の胸に押し付け抱きつくと、夏煌さんの身体が硬直する。

 

「それで……わたしはどうなるんでしょう? あの人たちが親権を手放して、学校とか……」

「ああ、それなら安心して」


 話を続けたわたしに、夏煌さんの身体が緩み、愛顔を向ける。


「楓は月城家の養女になったから」

「えっ!?」


 驚いて身体を離す。残念そうにわたしを見た夏煌さんは、説明を続ける。


「亮磨なら楓をよく知っているし、癪だがあいつが兄なら楓も安心だろう?」

「はい……。でも月城さんのおうちの方は……」


 いきなり兄ができることに驚きつつも、色々聞きたいことはある。


「亮磨を見ればわかると思うが、あそこは明るい家だからな。楓のことも歓迎しているよ。月城家は代々うちに仕える家だし、俺としても楓を任せるのは安心だ。それに……」


 腰にあった夏煌さんの手がわたしの頬に移動する。


「楓はすぐに月之院になるから」

「!」


 夏煌さんの未来には当然のようにわたしがいるのだ。


(夏煌さんのことは好き……。でも……)


 答えないわたしを、夏煌さんがぎゅうっと抱きしめる。


「俺ばかり焦ってごめんね。愛しているよ楓」


 夏煌さんは優しい。無条件でわたしを甘やかしてくれる。


(でも甘えてばかりじゃだめだよね)


 夏煌さんとずっと一緒にたいとは思う。でも、このままのわたしじゃだめだと、ずっと考えてきた。どうすればいいのかわからない。でも、夏煌さんの隣に立てるよう、考えないといけないんだと思う。


「楓?」


 心配そうな声の夏煌さんを抱きしめ返す。


「……っ、」


 硬直した夏煌さんの胸に顔をうずめる。


 わたしは、わたしを大切にしてくれるこの人のために強くなりたいと願った。

 

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