第四章

第25話 月之院家当主の婚約者

「楓、可愛い」

「ありがとうございます……」


 今日は時任会長にお呼ばれされたパーティーの日。

 時任グループといえば、この国の誰もが知る大財閥だ。過去にはこの家から総理大臣が輩出されたこともある、由緒あるお家なわけで。


(本当にわたしなんかが行ってもいいのかな?)


「かーえで」


 車で会場に向かう中、気後れしているわたしを隣の夏煌さんが覗き込む。


「また『なんか』って思ったでしょ? 俺が楓に似合うドレスを選んだんだから、自信持って欲しいな」

「あ、あの」


 ブルーのパーティースーツに身を包む夏煌さんは、前髪をかっちりと上にあげていて、色っぽい。そんな彼に至近距離で見つめられてしまえば、心臓が煩く暴れるのは当然で。


「楓は何を着ても似合うけど、このピンクのフィッシュテールドレス、妖精のようだ」

「それは言い過ぎでは……」


 目を逸らすわたしに構わず夏煌さんは賛辞を続ける。


 ピンクのシフォン生地に花柄のレースがあしらわれたこのフィッシュテールドレスは、本当に可愛くて。用意してくれた夏煌さんには感謝しているのだけど……。


「可愛すぎてこの妖精を腕の中に閉じ込めてしまいたいくらいだ」

「あ、あのっ……! もうその辺で許してください!」


 恥ずかしい台詞のオンパレードに、思わずわたしはストップをかけた。


「え? あと一万回は言わないと」

「いち!?」


 不満そうに迫る夏煌さんにわたしが困り果てたところで、月城さんが助け舟を出してくれた。


「もうすぐ会場に着きますよー」


 夏煌さんが月城さんへ目を向けたことでホッとするも、


「車内でイチャイチャしないでくださいよ。俺、いたたまれないじゃないですか」

「イチャイチャして何が悪い」


 二人の会話にいたたまれないのは、わたしだ。車内は冷房が効いているのに顔が熱い。


「そうだ、楓これ」


 夏煌さんはわたしに向き直ると、スーツのポケットから何か取り出した。

 わたしの左手を取ると、薬指へとそれを通す。


「可愛い……」


 わたしの薬指で光る指輪は、リボンの形をしたシルバーの台に赤い石がはめ込まれている。


「気に入ってくれたなら嬉しい」


 夏希さんは目元を細め、指輪をはめてくれた手でわたしの薬指をなぞった。

 わたしの顔の熱は引かないままで、指がくすぐったいのか、心がくすぐったいのかわからない。


「あー、夏煌様の重たい愛がだだ漏れてるー」

「うるさい。こんな可愛い楓を大勢の場に晒すんだ。虫除けは必要だろう」


 茶化す月城さんに、夏煌さんがあんまりにも真面目に答えるから。


(誰に何を思われても、夏煌さんさえ認めてくれていたらいいのかも)


 そう思えて、背中がシャキッと伸びる。

 彼が肯定してくれる自分のままで自信を持とう。夏煌さんのおかげで、卑屈なわたしはちょっとだけ前を向けた気がした。


「はいはい。二人が仲直りできてほんと良かったよ。じゃ、帰りも車回すから」

「ああ」


 月城さんは笑いながらそう言うと、車を止めた。有名ホテルのロビー口にいつのまにか到着していたのだ。


 今日、月城さんはお留守番のようで、夏煌さんと二人で出席というのも緊張する理由の一つだった。

 先に降りた夏煌さんが手を差し出し、エスコートしてくれる。わたしも車を降りると、すぐにドアマンが迎えてくれ、大きな会場へと案内してくれた。


(うわあ)


 幼い頃、一度だけ日ノ宮本家のパーティーに出たことがあるが、それを上回る規模に圧倒された。

 シャンデリアがきらめく会場は広いながらも、多くの人でひしめき合っている。


「楓は堂々と俺の隣にいればいいよ」


 その華やかさに気後れしていると、夏煌さんが腕を差し出す。わたしは頷いて、彼の腕に手を回す。


「うそ、月之院様!?」

「やだ、かっこいい!」

「隣の女、誰!?」


 中を進んでいくと、周りの女性から黄色い声が飛び交う。


(夏煌さん、やっぱりモテるんだな)


 会場中の女性から注目を浴びる夏煌さんに、わたしはモヤっとする。


「よく来てくれたね」


 会場の奥まで進むと、着物姿の時任会長が笑顔で迎えてくれた。


「会長、お元気そうで何よりです」

「ふふ、いつまでも落ち込んではいられないからね」


 夏煌さんと挨拶をかわしたあと、後ろに控えていたわたしに気づいて、会長が頭を下げた。


「楓さん、この前は私を救ってくれてありがとう」

「いえっ、そんな……わたしは何も……」


 慌てて両手を前に出して振るわたしに、会長はにっこりと笑った。


「これからも夏煌くんを支えてやって欲しい。君みたいな子が側にいてくれたら月之院も安泰だろう」

「か、会長!」


 ほっほっほと笑う会長を、夏煌さんが慌てて呼び止める。


「えー、うそー」

「あんな小娘が月之院様の婚約者?」

「だってあの指輪」


 会長さんの言葉で一気に会場内がざわめきで揺れる。


(そうだよね、わたしみたいのが夏煌さんの隣にいるなんて)


「かえ――」


 ぎゅっと目をつぶったわたしに夏煌さんが何か言いかけたとき、会長さんがわたしのところまで来て手を握った。


「君は、私どころか孫まで救ってくれた。本当に感謝してもしきれない」

「孫……?」


 目を瞬くわたしに優しい笑顔を向けると、会長は袂からハンカチを取り出した。


「これ……!」


 夏煌さんと再会した夜、あの解呪の日に紛れ込んでしまった女の子に渡した、わたしのものだった。


「会長さんのお孫さんだったんですか? あれ、でもあの子は解呪師の力を」


 驚くわたしに会長さんは説明してくれる。


「わたしの娘は月之院に嫁いでいてね」

「そうだったのですね」


 会長さんは納得するわたしの両手を力強く握りしめた。


「家内を失い、その上孫まで失っていたかと思うと本当に恐ろしい。楓さん、改めて孫を助けてくれてありがとう」


 祈るようにわたしの両手を額に掲げる会長に声をかける。


「わたしは大したことをしていませんが……。お孫さんが、あの子が無事で良かったです」


 笑顔を向けたわたしの顔を会長さんが大きく目を見開き、見つめる。そして唇の端を上げた。


「時任グループは、夏煌くんと楓さんの結びつきにより、月之院との関係をより固にするだろう」

「時任会長がお二人を認めたぞ!」


 会長の宣言により、場内がわっと沸いた。


(ええ!?)


「月之院社長、おめでとうございます!」


 驚いている間もなく、スーツの男性たちが夏煌さんを囲んだ。


「ありがとうございます」


 夏煌さんは驚いた表情を見せるも、すぐに笑顔で応対していた。

 そういうところは、さすが大人だなあと思う。


 この場にいる全員がお祝いムードでわたしたちを囲む。


(これじゃあ……)


「ご、ごめん楓。婚約披露みたいな形になってしまって……ここにいる人たちは解呪師の仕事も知っているから……楓?」


 夏煌さんが隙を見てわたしにひそひそ話しかけるも、恥ずかしくて俯いてしまった。


(な、何か言わないと誤解させちゃう)


「かえ――」


 夏煌さんが何か言いかけたとき、よく知った声がその場に響いた。


「ご快復おめでとうございます、時任会長」


 人垣の間から、柊ちゃんと凛が揃いの柄であしらえた着物姿で現れた。

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