第22話 すれ違い
(嘘……嘘だよ)
どうやって帰ってきたのかわからない。気づけばわたしはマンションの入口にいた。
月之院さんの笑顔や甘い言葉を思い出し、必死に凛を否定する。
(月之院さんの顔が見たい)
月之院さんに会えばきっと凛の言っていることが嘘だってわかる。
早く安心したくて、エレベーターのボタンを何度も押してしまう。
月之院さんの部屋まで辿り着き、ドアを開ける。合鍵を預かっていたが、玄関は開いていた。
中に入ると、月城さんの靴があった。
(今日はお仕事じゃないのかな)
はやる気持ちを押さえながらリビングに向かうと、二人の話し声が聞こえてきた。
「楓はやはり日ノ宮家で一番力を持っているようだな」
「日ノ宮に楓ちゃんの能力を気づかれなくて良かったな」
(わたしのこと?)
自分の名前が聞こえて、思わず足を止めてしまう。
いけないと思いつつも、わたしはそっと聞き耳を立てた。
「そうじゃなきゃ日ノ宮に楓ちゃんを取られちゃってたもんなー」
(何?)
息を殺して話を聞くも、心臓がドクドクと煩い。
わたしに気づかない二人は、話を続ける。
「鬼姫の血が濃く現れていると知っていたら、日ノ宮は楓を手放さなかっただろうからな」
「それで無能だと虐げられてきたのは可哀そうだけど、おかげでかっさらえたもんな。監視を付けていた甲斐があったなあ。あげくには鬼火までつけてさ」
はははと笑う月城さんの声が耳を通り過ぎていく。
「鬼火は夜じゃないと力を発揮しない。楓の動向を知るために、だからお前を監視に付けていたんだろう」
(何を……言っているの?)
頭がくらくらして、魂だけが抜け落ちたような感覚になる。
「まあ実際、楓ちゃんの力は月之院じゃなくても欲するだろうな」
「楓は逃がさない。俺のものだ」
大きく鼓動が波打って、わたしは震える身体を両手で包み込むように抱きしめた。
(わたしが鬼姫の末裔だから、その血が欲しくて優しくしていたの?)
「あー夏煌様、重――……って、楓ちゃん!?」
わたしに気づいた月城さんが驚いて立ち上がった。
「楓!? 今の聞いて……っ」
慌てる様子の月之院さんを見て、凛の言っていたことは本当だったんだと思い知る。
「楓!?」
わたしの目から涙があふれ、頬を伝ってフローリングにパタパタと落ちる。
月之院さんはわたしの側に来るも、触れるのをためらうかのように右手を宙に漂わせている。顔を上げずに彼を問い詰める。
「月之院が鬼の末裔だって本当ですか」
「どうしてそれを……」
「本当なんですね」
驚く月之院さんに傷付いて、責める言葉があふれるように口から出た。
「だからわたしをずっと監視していたんですか?」
「っ、」
何も言わない月之院さんに怒りがこみ上げる。涙が次から次へとあふれて止まらない。
「無能だと一族から笑われるわたしを面白がっていたんですか?」
「違っ……」
「一族から愛されないわたしなら、愛を囁けば簡単に騙せると思っていたんですか!」
月之院さんの言葉を遮って怒りをぶつけると、彼が傷付いた表情をしていて怯んだ。
(どうしてあなたがそんな顔をするの?)
「楓――」
月之院さんの手がわたしに伸びてきて、思わず拒絶した。
「触らないで! 月之院さんなんて大っ嫌い!」
「楓ちゃん!」
月城さんの呼び止める声に振り返らず、わたしはマンションを飛び出した。
「楓に嫌われた……」
楓に拒絶されたショックで、夏煌はその場に立ち尽くしていた。
「てか追いかけろよ!」
慌てる月城に夏煌は覇気のない顔でソファーに腰を沈めた。
「鬼火に追わせたから大丈夫だ。俺はもうダメだ……楓にストーカーがバレて嫌われてしまった……」
「だー! うじうじすんな! いまさらだろうが。てか、そこじゃないだろう!? 楓ちゃん、月之院の話をどこから聞いたんだ?」
落ち込む夏煌をひとまず置いておいて、月城が冷静に考えこんでいると、
「ご当主様」
月之院の解呪師がどこからともなく現れ、夏煌の足元に跪いた。
「あれ、お前今日楓ちゃんに付いていなかったっけ?」
月城が夏煌の秘書に戻ってからは、月之院の腕利き解呪師たちが持ち回りで楓の護衛に付いていた。
今日は目の前で跪いている彼が担当だった。
「はい。そのことでお話が……」
夏煌の秘書に付く月城は解呪師たちを取りまとめる彼らの上司でもある。
解呪師は月城に近寄ると、耳打ちで報告した。
「何だって!?」
報告を聞いた月城がものすごい形相になり、まだ落ち込んでいる夏煌を振り返る。
月城はイラっとしながらも、夏煌をこちらに呼び戻すべく叫んだ。
「おい夏煌様! あの凛とかいう楓ちゃんの妹、とんでもないぞ!!」
「!?」
月城から報告を聞いた夏煌は、急いで楓の後を追った。
「ここが夏煌様の踏ん張りどころかもな」
やれやれと溜息をつき、月城も夏煌の後を追った。
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