第21話 凛の企み
「おはよう楓、今日も愛しているよ。……!?」
ダイニングにやって来た月之院さんがいつものように愛を囁いた。かと思うと、固まってしまった。
「何で制服!?」
朝食を並べ終えたわたしはエプロンを外していて、半袖ブラウスに赤いリボン、膝丈までのプリーツスカートの制服姿だった。月之院さんはわたしを指差し、目を丸くしている。
「今日は登校日ですので……。あの、変……ですか?」
月之院さんの反応に、不安になったわたしはおずおずと聞いた。すると彼はバツが悪そうに答えた。
「いや……楓がまだ高校生だってことを突きつけられて……」
「?」
「女子高生に結婚を迫る俺、変態だなって」
「いまさらですか」
あっけにとられながらも、笑ってしまう。
「秋になれば楓は十八だろ? 本当はその頃に迎えに行くつもりだったんだ」
当然のようにわたしの誕生日を知っている月之院さんにそのことは尋ねない。
「……どうして今迎えに来てくれたんですか?」
月之院さんは眉尻を下げて、困ったように微笑んだ。
「早く準備して学校に行っておいで。帰ってきたら楓に話しておきたいことがある」
「はい」
それ以上何も聞けない雰囲気で。
(改まってどうしたんだろう? 長くなる話なのかな?)
それから月之院さんは「美味しい」「楓の手料理最高」と言いながら、いつもと変わらない様子で朝食を食べた。わたしは不思議に思いながらも、いまだに慣れないこのくすぐったい朝食を共にした。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
いつもと逆で、わたしが見送られマンションを出る。
また帰ってきてもいい証のようで、ふわふわとした。
学校までは月之院さんのマンションからも電車ですぐだった。
月之院さんは車で送ると言ってくれたけど、さすがにそれは目立ちすぎて恥ずかしい上に、申し訳なさすぎるので丁重にお断りした。
(ふふ)
断ったときの月之院さんの残念そうな顔がまるで子犬のようで可愛かった。思い出し笑いをしてしまう。
幸せな気持ちで駅からの道を歩き、すぐに校門へと辿り着く。
校門前の人影に、わたしはぎくりとした。
「お姉ちゃん、やっと来た。ここなら絶対会えるもんね?」
凛が校門前で待ち伏せをしていた。学年は違うけど、わたしたちは同じ高校に通っている。わたしの登校日を調べることくらいわけがない。
「な、何の用?」
月之院さんにあれだけ脅されながらも会いに来た凛に恐怖を覚える。
震える声で拒絶しようとするも、凛は自信たっぷりに笑った。
「ずいぶん生意気な口をきくようになったね、お姉ちゃんのくせに。ああ、夏煌さまのプロポーズを真に受けて、気が大きくなっちゃってるんだあ?」
わたしが呼ぶのに苦労していた月之院さんの名前を、凛がたやすく呼ぶ。震えが止まらない。
「何が言いたいの……?」
くすくすと笑う凛がわたしに近付き、顔を覗き込んだ。
「お姉ちゃん、何にも知らされてないんだ? 可哀相に。まあでも仕方ないよね。夏煌さまも生贄を逃したくはないんだから」
「いけ、にえ?」
怪訝な顔をしたわたしに、凛が笑ったまま顔を歪める。
「お姉ちゃん、月之院家はね、昔日ノ宮と争った鬼の一族の末裔なんだよ」
凛の言葉に胸がざわついた。金色の髪と碧眼、この世の者とは思えない容姿――幼いころに出会った月之院さんが真っ先に頭に浮かんで、首を振る。
「月之院も解呪師なんだから、わたしたちと同じように鬼姫の血を継いでいてもおかしくないんじゃない?」
自分を落ち着かせるように言葉へと変換する。凛はそれを否定するように笑った。
「そんなわけないじゃん。月之院は日ノ宮とは違う。バケモノである鬼の血を継いで来た一族なの。これは日ノ宮を継ぐ者しか知らない真実。柊と結婚するあたしだからこそ、知りえたことなのよ」
鬼の一族は日ノ宮が滅ぼしたと伝えられている。もし凛の言うことが本当で、鬼の一族が生き延びていたのだとしたら。その末裔は日ノ宮を憎んでいるに違いない。
「月之院は日ノ宮に隠れて力を蓄えていたの。立場が逆転して、日ノ宮が気づいたときには遅かった。解呪師としても社会的地位さえも国の頂点に君臨するのが鬼の末裔なんて、怖いじゃない! きっとそのうち日ノ宮を逆恨みして攻撃してくるわ! あたしはお姉ちゃんを心配して言ってあげてるのよ!」
「そんなの、嘘……」
凛よりも月之院さんを信じてる。そう思うのに声が震える。
「お姉ちゃんは騙されてるんだよ! 無能なお姉ちゃんを甘い言葉で取り込んで、日ノ宮に流れる鬼姫の血を取り戻そうとしてるんだよ! このままじゃお姉ちゃんは生贄として飼い殺しにされちゃう! そして用済みになったら捨てられるのよ!」
「月之院さんはそんな人じゃない!」
叫ぶわたしに、凛がすかさずスマホの画面を見せた。
「えっ……」
そこには裸で抱き合い、ベッドに寝そべる凛と月之院さんが写っていた。
「夏煌さまは、鬼姫の血を引く人間なら誰でもいいの。その証拠にあたしが誘ったら簡単に寝たんだから」
(違う、月之院さんはそんな人じゃない)
「夏煌さま、よっぽど日ノ宮の血が欲しいのね。何度も求められて大変だったんだから」
凛の囁きが耳元を通り過ぎると、校舎から予鈴が鳴り響いた。
(凛なんて無視して、早く行かなくちゃ)
そう思うのに一歩も動けない。
「感謝してよね。あたし、お姉ちゃんに身の程を知らせようとわざわざ身体を張ったんだから。あ、お姉ちゃん!?」
凛がまだ何か言っていたけど、頭に入ってこなかった。
何も考えられずにふらふらと来た道を戻る。今は学校なんてどうでも良かった。
「ふん、合成の可能性にも思い至らないなんて、やっぱりお姉ちゃんは愛されてないんだ。日ノ宮の誰でもいいなら、あたしが夏煌さまと結婚するわ!」
ふらふらと歩いて行く楓の後ろ姿を見送りながら、凛はスマホ片手にほくそ笑んだ。
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