第三章

第18話 わたしなんか


「ったく、せっかく楓とデート中だったのに」


 月城さんに呼び出された月之院さんは、不機嫌そうにしている。


 アフタヌーンティーを終えたわたしたちは、街でもぶらぶらしようかと話していたところに、月城さんから電話がかかってきたのだ。


「だから楓ちゃん、そんな綺麗なかっこしてんだねー。どこに行ってきたの?」

「あ、あの、アフタヌーンティーに」

「ああ! あそこか! 夏煌様、楓ちゃんを連れて行きたいって言ってたもんね~」

「おい」


 えっ、と驚くわたしの横で、月之院さんが月城さんを睨む。


「夏煌様、見た目にそぐわず甘いもの好きだよね」


 睨む月之院さんをスルーして月城さんが笑う。


「そういえば、カフェでお会いしたときも黒蜜ほうじ茶ラテを飲んでいましたね」

「覚えてくれていたんだ? 嬉しいな」

「あ、あの」


 ふと口にすれば、繋いだ手を彼の口元に寄せられ、見つめられる。

 恥ずかしさのあまり、わたしは真っ赤になってしまう。


「夏煌様ー、公衆の面前ですよー」


 月城さんの言葉で我に返ったわたしは、恥ずかしくて月之院さんから離れてしまった。


 ここ桧山街は、多くの店が立ち並ぶ繁華街だ。たくさんの人が行き交い、騒がしい。


「せっかく楓に楽しんでもらっていたのに」


 月之院さんはまだ月城さんにブツブツ言っていた。


「あのっ、でもわたし、解呪のお手伝いでお世話になっているわけですし、たくさんお手伝いさせてください! ……わたしなんかで役に立つなら……きゃ!?」


 言葉の途中で自信がなくなり、声がしぼんでいくと同時に月之院さんに抱きしめられた。


「はー、健気……」

「あのっ?」


 ぎゅっと抱きしめられる力が強まり、逃れられない。


「楓、もう『わたしなんか』って言うのは禁止だよ。楓の力は昨日証明されたでしょう? おかげで月之院の解呪師たちも効率的に動けている」


 おでこが付きそうなくらい近い距離で、月之院さんがわたしの目を覗き込む。


「じゃあ、お役に立てているんですか?」


 本当に? わたしが? そんな気持ちでいっぱいだった。


「もう立ちすぎだよ」


 顔を崩して月之院さんが笑う。嘘なんてついていない。

 わたしはそれが嬉しくて、思わず顔を輝かせて彼を見た。


「もう可愛すぎ。今すぐ結婚したい」


 わたしは再び彼に強く抱きしめられてしまった。


「煩悩が垂れ流れていますよー」


 月城さんがすぐ横で半目になっている。わたしは恥ずかしさと嬉しさで感情がぐちゃまぜになった。


「――!? 月之院さん……!」


 突然変わった空気に月之院さんを見上げると、彼もそれを察し、わたしを見て頷いた。


「どうやらお目見えだ。楓との時間を邪魔するらしい」


 どこからともなく邪鬼が現れる。

 月之院さんはわたしから身体を離し、正面を見据えた。手だけは握られたままで、不思議と邪鬼を前にしても怖くはなかった。


いずる――うたかた


 手を握ったままでも言葉を紡ぐだけで結界が張れた。


(これが本来の解呪師の力――言霊?)


「グ、グオオオオ」


 一般人と邪鬼を隔離できてひとまず安心する。


「こんなに……?」


 雑踏の中から邪鬼たちだけが露わになり、その数に驚いた。


「ここは繁華街のど真ん中。それだけ瘴気も充満しやすいってね。亮磨!」

「承知!」


 月之院さんの合図で月城さんが空へ一回転しながら飛び上がった。

 宙を飛ぶように、上から術を放っていく。そしてあっという間に邪鬼たちが倒されていく。


「すごい……!」


 月城さんが戦うところを初めて見たわたしは興奮してしまう。

 月之院さんもそうだけど、日ノ宮とは圧倒的にスピードも力も違いすぎる。


「楓は俺だけを見ててね」


 月城さんに釘付けになっていると、腰をぐいっと寄せられ、月之院さんのほうを向かされた。


「あ! せっかくのワンピースが汚れちゃう……装束を用意していなかったですね」


 恥ずかしさのあまり目を逸らし、今さらなことを口走る。


「装束なんて必要ないよ。楓をさらったときは、あの恰好のほうが日ノ宮に効果的だと思ったから着たんだよね。楓のワンピースは汚させないから安心して」


 ふわりと笑う月之院さんに、恰好なんて関係ないのだと理解させられた。

 思えば会長さんの浄化のときもわたしはワンピースで、月之院さんはスーツだった。


(日ノ宮が昔からの慣習にこだわっているだけなんだ)


 祝詞を唱えず結界を張るわたしを異質なものとして見る日ノ宮を、月之院さんは古臭いと一蹴していた。


 月之院さんが私の手を繋ぎ直すと、ふわりと二人の身体が浮き上がった。


「縛」


 邪鬼の残党が襲い掛かってきたが、約束通り月之院さんはわたしに彼らを近寄らせなかった。


「破!」


 言霊で邪鬼を次々と跳ね除けていく。


「あそこか」

「きゃ!?」


 月之院さんは一点に焦点を定めると、わたしを横抱きにする。


(きゃあああああ!)


 月之院さんはそのまま一気にビルの裏手へと飛び移った。わたしは月之院さんの腕の中でぎゅっと目をつぶって、彼に身を任せていた。


「楓、お願い」


 地面に下ろされると、禍々しいオーラを放つ呪詛が埋め込まれた場所に目がいく。


「は、はいっ!」


 もうやり方はわかっている。今度は一人で、ゆっくりと呪詛が埋め込まれた場所に触れた。


 触れた瞬間、強い光が禍々しいオーラを包み込み抑え込んだ。

 パアンと光が弾け飛ぶと、キラキラと光の粒子が宙を舞った。


(綺麗……)


 この綺麗なものをわたしが本当に生み出したのだろうか。


 ぼんやりと光を見つめていると、月城さんが合流した。


「呪詛が消えて、邪鬼たちも消滅したよ~。人へ乗り移るのを防げて良かったね!」


 ピースサインを掲げて笑う月城さんに、わたしはまだぼんやりと視線を向けた。

 すると月之院さんがわたしの肩を抱いて微笑んだ。


「楓のおかげだ。封印しても消滅させても瘴気はまた生まれる。根幹の呪詛を浄化することで、数十年単位でその場所も人も瘴気を寄せつけない。皆、楓に救われているんだ。この俺が10年前救われたように」

「本当に……?」

「俺は楓に嘘をつかない」

 

 月之院さんの熱い眼差しが降り注ぎ、わたしの目からは涙がこぼれ落ちた。


(本当に? 無能なわたしなんかが?)


「楓、『なんか』は禁止でしょ? 君は俺の大切な人なんだから、もう自分を貶めないで欲しい」


 月之院さんはわたしの心を読んだかのように優しく諭すと、抱きしめてくれた。


「うっ……ふっ……」


 この温かさにわたしは何度救われるのだろう。


 わたしが解呪師として誰かの役に立てるなんて。わたしを必要だと、愛していると言ってくれる人がいるなんて。


 わたしはようやく、自分が生きている証を見つけられた気がした。


 その日、いつまでも涙を流すわたしを月之院さんは抱きしめ、落ち着くまで背中を撫でてくれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る