第17話 デート

 それからベッドから起き上がり、お互いの準備が終わるとダイニングに集まった。


「……座っていてください」


 エプロンをして朝食の準備に取り掛かると、月之院さんも腕まくりをして手伝ってくれようとしたので、彼をテーブルへと促した。


 オープンスタイルのダイニングキッチンは、テーブルに座っても月之院さんから丸見えだ。

 嬉しそうに視線を送る彼に落ち着かない。


 わたしは緊張しながらも、あらかじめ用意してもらっていた材料で朝食を作った。


「お口に合うといいのですが……」


 焼き魚、卵焼き、みそ汁をテーブルの上へ並べる。

 

(月之院さんは何でもいいって言ってくれたけど、和食で良かったかな?)


「楓の手料理……!」


 心配するわたしとは逆に、月之院さんがじーんとして料理を眺めている。


「普通の料理……ですよ?」

「そんなことない! 朝からこんなの贅沢で、罰が当たりそうだよ!」

「そんな大げさな……」


 家ではわたしが朝食を作るのなんて当たり前で。誰も喜んでなんてくれなかった。力説する月之院さんにふわふわとした気持ちになった。


「いただきます」


 向かい合って座るとお互い合掌をし、口にご飯を運ぶ。


「美味しい!」


 卵焼きを口にした月之院さんからすぐにその言葉が出て、驚いた。「美味しい」なんて言われたことがない。

 恐る恐る目線だけ彼にやれば、次に魚を頬張っていた。


「うん、美味しい!」


 本当に美味しそうに食べる月之院さんを見て、わたしは泣きそうになった。ぐっとこらえて、口にご飯を詰め込む。


「一生楓の手料理が食べたいな」


 彼に視線を戻せば、箸を置き、うっとりとした目でわたしを見つめる月之院さんと目が合う。


「あ……」


 それが何を意味するのかわかり、ドクンと心臓が波打った。


「わたし……」

「ごめん、返事を急いているわけじゃないんだ。楓の手料理に舞い上がってしまったかな。さ、食べよう」

「はい……」


 戸惑うわたしに笑顔を作ると、月之院さんは再び箸を持って食べ進めた。


(わたし今、返事をしようとした?)


 思わずうんと言ってしまいそうな自分に驚いた。

 こんな素敵な人にプロポーズされて嬉しくないわけがない。


(わたし、月之院さんのこと……?)


 好きがどういうものなのか正直まだわからない。でもわたしは、確実に月之院さんに惹かれている。そのことに気づいてしまった。



「楓、午後からデートしようか」

「…………!」


 朝食を食べ終え、二人で片付けをしていると、月之院さんが誘ってくれた。

 わたしは頬を紅潮させて頷いた。


 午前中にわたしは宿題、月之院さんは仕事を片付け、街へと出た。


「そのワンピースも似合ってるよ」


 今日も月之院さんが用意してくれたグレーのワンピースは、ハイネックでノースリーブになっている。その上から白の半袖カーディガンを羽織り、大人っぽい雰囲気に背伸びをしている気分になる。


「月之院さんも素敵……です」


 彼は白の半袖シャツに黒のパンツと、シンプルな装いだが、まるでモデルさんのよう。


「あり……がとう」


 照れているのか、月之院さんはそっぽを向いてしまう。そして、わたしの手をカップルつなぎで握ると歩き出した。


 駐車場から繋がる入口に足を踏み入れると、足元がふわっとした。

 そこがホテルなのだとすぐにわかる。エレベーターに乗り、最上階まで行くと、支配人と書かれたネームプレートの男性が待ち構えていた。


「月之院様、ようこそお越しくださいました」

「急な予約なのにすまなかった」

「いえ、とんでもございません」


 二人の会話を聞きながら、ホテルのカフェに入っていく。

 わたしたちは窓際の席へと案内された。


「ごゆっくりどうぞ」


 支配人が会釈をして去るのを見て、わたしは我慢していた感嘆をもらした。


「すごい……! 綺麗!」


 前面ガラス張りの窓は、眼下に広がる景色がよく見える。

 近くにある海の青がいっぱいに広がり、遠くの地平線までも見える。


「気に入ってくれた?」


 感動するわたしを満足そうに月之院さんが見る。


「はい……!」


 そして運ばれてきた三段重ねのアフタヌーンティーにさらに感動した。


(これ……!)


 夏野菜のキッシュにとうもろこしのムース、スコーンにはクロテッドクリームに桃のジャム、マンゴー、桃、メロンと贅沢なケーキを始めとしたスイーツたち。


(凛が行きたいって言っていた……)


 今女の子に一番人気で、しかも予約の取れないアフタヌーンティーだと、最近の凛がことあるごとに写真を見せては、わたしに予約を取らせようとしていたところだった。


(確かもう夏のメニューでは予約が取れなかったはず……)


 ちらりと月之院さんを見れば、にっこりと微笑まれた。

 ホテルの支配人に言って融通してもらえるなんて、やっぱりすごい人なんだと気後れしてしまう。


 近くの席からは、頬を赤らめる女性たちの月之院さんへの熱視線が集まる。


(月之院さん、素敵だもんね……)


 凛もイケメンだと騒いでいた。


(こんな素敵な人が、わたしなんかと一緒にいていいのかな?)


 急に冷静になり、月之院さんと釣り合わない自分が恥ずかしくなった。


「楓、これ美味しいよ」


 ぼんやりするわたしはフォークを差し出され、反射的に口に入れてしまう。

 彼の「あーん」に、周囲からはひっそりと悲鳴があがった。


「あーん、いいなあ!」

「あの子、彼女かな? 羨ましい~!」


 わたしは恥ずかしくて俯いてしまう。


「楓、俺だけを見て」


 元々二人座れそうなソファーに、一人ずつ向かい合って座っていたのを、月之院さんがわたしの隣へと移動してくる。


 月之院さんがわたしの隣に来たことで背を向ける形になり、視線を向けていた女性たちは残念そうにしながらも、それぞれのおしゃべりへと戻っていった。


 ホッとしたわたしを見透かすように、月之院さんが覗き込む。


「俺は楓しか見てないんだから、楓も俺だけを見ていて」

「っ、あの……」

「余計なこと考えちゃだめだからね」


 月之院さんの隣にいてもいいんだと、彼が念を押すように言うから、わたしの俯いてしまった心は光が差したかのように温かかった。

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