第16話 近付く距離
「当主を継いだと思ったら、もうこんな可愛いお嬢さんを婚約者に据えるなんて、夏煌くんも隅に置けないねえ」
邪鬼を取り除かれた男性は目を覚まし、ソファーに座る夏煌へと目を向けた。
男性はまだ立ち上がることができず、上半身だけ起こし、枕を背もたれにヘッドボードへと寄りかかっている。
「君があまたの縁談を跳ね除けていた理由がわかったよ。それほどの力を持つお嬢さんなら月之院家も納得だろう」
男性は夏煌の膝に頭を預けて眠る楓に目をやった。
初めて邪鬼を浄化した影響によるのか、楓は気を失っている。夏煌は楓の顔にかかる髪をそっと指で払った。
「時任会長、夏煌様は楓様のお力ではなく、お人柄に惚れたのだと、まあ私にもお怒りになりまして」
「亮磨!」
会長も怒られますよ、とからかおうとした月城を夏煌が制する。
「ほっほっほっ、あの夏煌くんがねえ。しかし、力があるからこそ必然的に出会ったというべきか」
「たとえそうであっても、俺は楓そのものを愛しています」
きっぱりと告げる夏煌に、時任は嬉しそうに目を細めた。
そんな時任に全てを見透かされているようで、夏煌は気恥ずかしくなった。話題を変える。
「ところで会長、呪詛に心当たりは……」
ふむ、と顎に手をあてた時任の表情が曇る。
「……あいつの一周忌だろうな。グループの人間だけでも大勢弔問に来てくれたからなあ」
「奥様の……」
時任の妻は去年亡くなったばかりで、愛妻家である彼はひどく気落ちしていた。
「深い悲しみに囚われ、邪鬼に付け込まれるなど情けない話だ。迷惑をかけてすまない」
時任はベッドの上で頭を下げて謝罪した。
「会長が謝ることではありません! その悲しみに付け込んで呪詛を仕掛ける奴が卑劣なのです!」
憤る月城に、夏煌が片手で制す。
「申し訳ございません……。出過ぎたことを申しました」
今度は月城が頭を下げ、時任からはふっと笑みが漏れる。そして夏煌に向き直ると改まって言った。
「ここ最近の怪奇、見逃すわけにはいくまい。改めて月之院に頼みたい。呪詛を解呪しながら、黒幕も捕らえて欲しい」
「御意」
夏希と月城は返事とともに、時任に頭を下げた。
♢♢♢
『どうしたの?』
またあの夢を見ている。
『くるしいの? 嫌なものがあなたにくっついてるみたい』
泣いてうずくまる男の子にわたしは声をかける。
十年前のあの日、幼いながらに結界の力を発現させたわたしは、解呪の仕事に連れて来られていた。
そして泣き声に導かれ、あの男の子に出会った。
『だいじょうぶ、だいじょうぶだよ』
わたしが触れようとすると、びくりと身体を震わせた男の子に、わたしは必死に声をかけた。
『邪鬼は全て狩りとれ!』
そのうち、日ノ宮一族の声が男の子のいる場所にも近付いてきて、焦ったわたしは男の子の手を強引に引くと、走り出した。
『こっち!』
男の子が日ノ宮に見つかったら、酷い目に遭うんじゃないか、わたしは彼の風貌からも不安になって必死に走った。幸いにも邪鬼に遭遇することもなく、広大な公園を奥に進むと、ハスが咲き誇る場所に出た。
『ここなら嫌なかんじがしないから、だいじょうぶだよ』
わたしたちは、ハスに身を隠すようにしゃがみ込んだ。
男の子はわたしにされるがままで、ぱちくりとわたしを見つめた。綺麗な瞳にはまだ涙が残り、それすら宝石のように思えた。
『まだ苦しい?』
わたしが顔を寄せると、男の子は笑顔になって――
「ん……?」
気づけばベッドの上にいた。
(わたし……? 確か昨日、月之院さんと浄化をして……)
記憶を辿りながら、気を失ってしまったことを思い出す。
(今何時だろう?)
時計を確認しようと、横を向く。すぐ隣に気配を感じて、わたしは一気に覚醒した。
「!? きゃああああ!?」
あろうことか、同じベッド、わたしの隣には月之院さんが寝ていた。
わたしの叫び声で彼が目を覚ます。
「ん……? ああ、おはよう楓。今日も愛しているよ」
「~っ!? っっっ!?」
ベッドの端ぎりぎりまで後ずさったわたしは、言葉にならない口をパクパクさせる。
「ああ、ごめん。楓の側は心地よくて、そのまま一緒に眠ってしまったみたいだ。誓って何もしていないから許して?」
いまだ横になりながらも上目遣いでこちらを見る月之院さんは、起きたばかりの気怠い空気が大人の色気をよりいっそう引き立てている。
「怒った?」
心臓がバクバクなわたしは、首をブンブンと振った。
「良かった。じゃあ今夜から一緒のベッドで寝ようか?」
「っ!?!?」
枕を抱きしめるわたしの手に、自身の手を伸ばして重ねる。
顔を真っ赤にさせるわたしに、月之院さんはくすりと笑うと言った。
「解呪は瘴気を浴びるからね。楓に浄化してもらえたおかげで身体が楽だ」
(なんだ……そういうことか)
過剰に反応した自分が恥ずかしい。こくんと頷くと、重ねていた手から指を絡められた。
月之院さんを見れば、顔を赤らめ嬉しそうにわたしを見つめていた。わたしまでつられて、もっと赤くなってしまう。
(大人の男の人なのに、なんだか可愛い)
わたしを見てこんなに幸せそうな表情をしてくれる。それが嬉しくてたまらなかった。
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