第14話  甘い朝②

 玄関のドアが閉まると同時に、夏煌はドアに背中を預け座り込んだ。


「聞いた!? なんて可愛いんだ!」


 顔を覆い悶絶する夏煌を月城が見下ろして笑う。


「まるで新婚のようでしたね」

「早く結婚したい。ああ楓、今すぐうんと言ってくれないかな」

「あ、まだその設定守ってらっしゃったんですか。好きな子と同居しといてよく我慢できますね、尊敬します」


 興奮して早口でまくし立てる夏煌に、月城が棒読みで答える。


「うるさい、俺は楓の気持ちが何よりも大事なの」


 ジト目を向けながら言い返す夏煌に、月城がさらに返す。


「強引に日ノ宮から連れ出したくせに」

「楓のためだ」

「十年間俺に楓ちゃんを監視させ? 彼女のためにバイト先のカフェを建設し? 何かあったときのために鬼火まで差し向けておきながら?」


 ずばずばと突き付ける月城に、夏煌はうぐっと言い淀む。


「楓のため……だ!」

「そういうのストーカーって言うんですよ」

「うっ」


 月城の最後のとどめに夏煌はわかりやすいほど落ち込んだ。


「もうほら、仕事に行きますよ」


 月城はそんな夏煌を無理やり駐車場まで引きずっていった。車の後部座席に放り込み、自分は運転席に乗り込む。


「楓ちゃんの前では大人の男を装っている夏煌様が、こんなに重たい男だなんて彼女が知ったらどう思うかなー?」


 シートベルトをしめながらミラー越しに夏煌を見る。


「う、うるさい! 楓にはこんな俺を見せられないよ……どうあがいたって俺は楓以外の子なんて考えられないんだから、嫌われたくない……」


 うじうじとする主人に月城はやれやれと笑う。


「まあ、俺も楓ちゃんが夏煌様のお嫁さんになってくれたら嬉しいですよ。夏煌様を助けてくれた子ですからね」

「それだけじゃない」


 シートベルトをした夏煌を確認し、月城は車を発進させる。


「浄化の力を持っているし、月之院の嫁としても申し分ないですね」

「それだけじゃない……」


 まだいじけている主人をからかうように月城は続けた。


「まああの子が良い子なのは、店長として2年半見てきたし?」

「ずるい、変われ」

「わー! 危ない、やめろ! お前が命じたんだろ!?」


 夏煌に後ろから首を絞められ、月城はハンドルを握る手に力を入れた。

 すぐに手を離した夏煌だったが、まだ恨み言を言っていた。


「うう……でもずるい。制服姿の楓、可愛かった。あれをずっと見ていたお前が憎い」


 楓が働いていたカフェの制服は、もちろん夏煌も口を出していた。

 やれ丈が短いのはダメだの、それでいて楓の可愛さを引き立てるものをと、口うるさかったのを思い出し月城はげんなりとした。


「だー! 写真、送ってやっていただろ!?」


 面倒くささから、つい口調が荒くなる。こういうときは昔の名残が出るのだ。


「うん……」


 背広の内ポケットから革の写真入れを取り出し、夏煌はそれを開いた。

 そこには春頃に送られた楓の写真が収まっていた。楓は今よりも少しだけ短い黒髪を1つに結び、カフェの制服を着ている。


「今は俺の側にいるんだよな。夢みたいだ……」


 楓の写真を眺め、呟く。ようやく大人しくなった夏煌に月城は呆れながらも笑った。


「ったく、初恋を拗らせた中学生か」


 写真を愛おしく見つめ続ける夏煌の携帯が音を鳴らす。


「俺だ」


 あっという間に当主の顔になった夏煌をミラー越しに見ると、月城は黙って運転を続けた。


「ああ、わかった。約束通り今夜向かうと伝えてくれ」

「解呪のほうですか?」


 電話を終えた夏煌に月城が問いかける。


「ああ。解呪師からだ。しかし、最近都内だけで頻繁に呪詛が発見されているな。禍々しい邪気をまとってだ」

「比較的新しいですよね……。仕掛けたのは?」

「特定できずだ。もともと呪詛は人間の負の感情を食らわないと発動しない。人知れず種を蒔いておいても気づかれないからな」

「……何とも不可解ですねえ」


♢♢♢


(久しぶりに自分のことでゆっくりできた気がする)


 今日は溜まっていた夏休みの宿題をかなり進めることができた。月之院さんが家から必要なのものを持ち出してくれたみたいで、リビングにそれらも置いてあったときには驚いた。

 大きな窓に目をやれば、空が紅く染まっている。

 ペンを置いたところでインターホンが鳴った。


「楓ちゃーん! 迎えに来たよー」


 月城さんが約束通り迎えに来てくれた。


「あの月城さん、アルバイトを勝手に辞める形になってしまいすみませんでした」


 エレベーターで地下の駐車場まで降りる途中、わたしは朝に伝えそびれたことを告げた。


「あはは、それ、楓ちゃんのせいじゃないでしょ? 俺も店長のほうが気楽だったかもな~」


 笑って応えてくれる月城さんに疑問を投げかけた。


「月城さんは月之院さんの秘書なのに、どうしてあそこの店長をされていたんですか?」

「えっ!? あ~、あそこは夏煌様の肝いり案件だったからさ、軌道に乗せるまではってね~」

「そうなんですね」


 あのカフェはオープン初日から話題を呼んでいて、あっという間に人気店になった。月之院さんも月城さんもかなりの手腕なんだろう。

 改めてすごい人たちなんだなと思った。


「楓ちゃんはさ、夏煌様のことどう思う? 嫌い?」

「えっ……!」


 恋バナが好きな月城さんは健在していて。急にそんなことを聞かれて困ってしまう。しかも、聞き方がずるい。


「嫌いじゃない……ですよ……」

「そっかそっか。夏煌様にもチャンスはあるか。良かった」


 車の場所まで辿り着き、月城さんがにこにこと笑いながら車のドアを開けてくれた。


「~っ……、あの、どこに行くんですか?」


 いたたまれなくなったわたしは、話題を変えた。顔が熱い。


「月之院が懇意にしている時任グループ会長さんのお宅だよ」

「何でそんなところに!?」


 驚くわたしを乗せて、月城さんは目的地に向かって車を走らせた。

 

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