第13話 甘い朝
「楓が月之院に連れて行かれただって!?」
本家に戻り手当てを受けた柊は、目を覚ますと報告を受けるなり激昂した。
「はあ、月之院からは正式に解呪の仕事補佐として要請が届いております」
「月之院からそう言われては、うちは断れないじゃないか!」
障子戸を開け放った部屋の外に解呪師の一人が控えており、月之院からの書状を見せた。
布団から身体を起こした柊が、険しい顔でそれに視線を向ける。
珍しく声を荒げる柊に、傍らにいた凛が不安そうに話しかけた。
「ねえ柊、お姉ちゃんなんてどうせ無能だとすぐに月之院から突っ返されるわよ」
「ああ……そうならいいんだが」
「え?」
呟いた柊の声は聞こえず、凛は聞き返した。
柊は部屋の外の解呪師を手で追い払うと、凛に向き直った。
「凛、日ノ宮当主の伴侶となる君には、解呪師の真の歴史を話しておきたい」
「なあに?」
歴史なんてまったく興味のない凛だが、それを態度に出さず、柊へ向き合う。
「日ノ宮が大昔に鬼の姫を娶り、それに激怒した鬼の一族と争いになったのは知っているだろう?」
「鬼姫と日ノ宮との子供が、鬼の一族を滅ぼしたのよね?」
日ノ宮一族ならば幼い頃から何度も聞かされる話だ。さすがの凛も知っている。
「滅びていない。密かに力をつけ、今も人間の皮を被り生き長らえている」
「あやかしの一族が密かに血を繋いでいるのは知っていたけど、日ノ宮を恐れて大人しくしているでしょう? その中に鬼の一族もいるってこと? 鬼の血を引くのは、鬼姫を祖先にもつあたしたちだけじゃないの?」
質問攻めの凛に身体を寄せ、柊が真剣な眼差しで手を取る。
「違う。他にいるんだ。鬼の血を濃く継ぎ、生き残る一族が」
「それって――」
「月之院だ」
「何ですって!?」
凛の目の色が変わる。
「たとえ無能でも、鬼姫の血を引く日ノ宮家の人間を……楓を奴らの手に渡すわけにはいかないだろう?」
「そうね! あたし、お姉ちゃんが家に戻って来るように説得してみるわ!」
柊の手を握り返し、凛が喜々として告げた。
「さすが凛。任せたよ」
「ふ……っん」
顔を寄せた柊に唇を塞がれ、凛が目を閉じる。
(月之院が鬼の末裔? 結婚するなら月之院夏煌さまのほうが将来的にも良いんじゃない? あの人もお姉ちゃんみたいな無能より、あたしのほうが良いに決まってる! なんとかお近づきにならなくっちゃ)
長いキスを交わしたあと、凛は意気揚々としながら柊と別れた。
布団から出た柊は、唇をぺろりと舌で舐めずり、凛の後ろ姿を見送っていた。
「凛は本当に単純だな。妹のほうが力があると婚約者に据えたが、楓を……日ノ宮の力を月之院なんかに一滴もやるものか」
柱を掴んでいた柊の手が爪を立てると、木目には獣のような爪跡がついた。
♢♢♢
「おはよう楓。今日も愛しているよ」
「!?」
月之院さんのマンションでお世話になって二日目の朝、支度をしてリビングに向かうと、スーツ姿の彼に甘い言葉で出迎えられた。
「早くお嫁さんになって欲しいから、俺の想いを毎日伝えるよ」
月之院さんはたじたじになっているわたしの所まで来て、手を取る。
「そう……ですか」
彼の甘い言葉に困惑しながらも、嬉しいと思ってしまう自分もいる。だって「愛している」なんて親にも言われたことがない。
月之院さんはわたしの手を引き、ダイニングテーブルへと案内してくれた。
テーブルの上には昨日と同じく、豪華な朝食が並んでいる。
わたしはニコニコ笑う月之院さんと向かい合い朝食をとった。
「あの……これ、月之院さんが作ったんですか?」
じっと見つめてくる月之院さんに耐えられず、わたしは話題を振る。
「まさか。デリバリーだよ」
「デリバリー……」
何でもないように笑う月之院さんに、さすが社長さんだなと思った。そしてわたしは意を決して言った。
「あの、でしたら、朝食はわたしに作らせてもらえませんか? ここに置いてもらう代わりに……せめて……」
毎日こんな豪華な朝食を用意してもらうのは気が引ける。それに何もせずに月之院さんに甘えているのも落ち着かなかった。
「いいの?」
月之院さんは思いのほか目を大きく見開いて、わたしの話に食いついた。
「家でもやっていましたし……。月之院さんのお口に合えばですけど」
「合うに決まっている。ああ、楓の手料理が食べられるなんて夢のようだ……」
食い気味に答えると、月之院さんは喜びを嚙みしめるように目を閉じた。
その姿が可愛いと思ってしまった。本気で喜んでくれている月之院さんに、わたしまで嬉しくなってしまう。家ではそれが当然のことで、喜んでもらえることなんてなかったから。
「そうだ楓、今日の夜空けておいてくれる? 亮磨が迎えに来るから、その可愛い格好のままでおいで」
思い出したように月之院さんがわたしを見て微笑んだ。
今日もわたしは月之院さんが用意してくれたワンピースを着ている。ミントグリーンのワンピースは、白い襟が付いており、スカート部分がプリーツになっている。上品ながらも可愛くて、気後れしてしまう。
そんなわたしの心を読んだかのように、月之院さんが「可愛い」「似合ってる」とずっと言葉を浴びせてくるので恥ずかしい。
「店長さん……あ、わたしバイト!」
月城さんの名前が出て、今日もシフトに入っていたことを思い出す。
月城さんは元々、月之院さんの秘書だったらしい。昨日そのことを聞いて驚いた。
「何言ってんの。バイトは辞めるんだよ。俺が面倒見るから安心して」
「でも……」
少し呆れたように言うと、月之院さんはわたしの頭を撫でて笑った。
「楓には本当に解呪を手伝ってもらうし、その報酬だよ」
「……多すぎませんか?」
「俺のお嫁さん(仮)だからいいの」
満面の笑みで答える月之院さんは、ふざけているのか真面目なのかわからない。そんな彼を見ていると、自然にわたしまで笑顔になってしまう。
「夏煌様」
「!?」
視線を交えたところで、月城さんがいつの間にかダイニングに立っていた。驚いたわたしは身体を飛び上がらせる。
「亮磨、楓が驚くから今度からはチャイムを鳴らして入ってこい」
「あ、楓ちゃんおはよう」
ムスッと視線を向けた月之院さんをスルーして、月城さんがわたしに挨拶をする。
「お、おはようございます!」
月城さんはグレーのスーツ姿で、この前までバイト先で店長さんとして会っていたのに、変な気分だ。
「夏煌様が海外から戻って来て、俺も秘書に戻ったんだ。これからもよろしくね!」
「そうなんですね」
にこにこと話す月城さんに圧倒されながらも考える。
(月之院さんの秘書をするような人がどうしてあそこで店長をしていたんだろう?)
「離れろ」
月城さんの後ろに移動した月之院さんが、彼をわたしの前からどける。
「楓、君は亮磨が迎えに来るまでのんびり過ごしててね。宿題もあるでしょう? 筆記用具はリビングに揃えてあるから。家のものは何でも好きに使っていいし、お昼は冷蔵庫の中にあるからね」
わたしの腰を支えながら至近距離で月之院さんが説明をしていく。
至れり尽くせりで申し訳なく感じてしまうけど、わたしを大切に扱ってくれる月之院さんに、満たされていく気持ちもあった。
「じゃあ、おれは仕事があるから行くね」
月城さんが玄関に向かうと、月之院さんもわたしから離れて足を向けた。
「い、いってらっしゃい」
「……いってきます」
少しの間ののち、月之院さんは片手をあげて返してくれた。
こんなやり取りをするのはいつぶりだろう。
くすぐったい気持ちに、幸せを感じた。
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