第12話 いきなりのプロポーズ
「ん……」
昨日は色々なことがありすぎて疲れたわたしは、いつの間にか泥のように深く眠ってしまっていた。
まだ眠くて、寝心地のいいマットレスに沈み込む。白いレースのカーテンからは朝の光が溢れている。
「!?」
巫女装束のまま寝てしまっていた自分、広すぎる自分のものではない部屋。自分の家じゃないことへ我に返る。
(わ、わたし、男の人の家に泊まって……!?)
昨日の記憶を手繰り寄せる。
昨日は月之院さんにあの場から連れ去られ、車に乗ったところまでは覚えている。
死の恐怖から解放され、非難する一族から連れ出してもらえ、安心したわたしは意識を手放したのだ。
「!?!?」
混乱したままベッドから起き上がり、とりあえずカーテンを開けてみる。
(ええっ!?)
わたしの目の前には空しかない。眼下にはミニチュアハウスのような建物がびっしりと並んでいる。
すぐ近くには、有名なタワーがそびえ立ち、ここが都心の高層マンションなんだと容易にわかる。
(月之院さん一人で住んでいるのかな?)
月之院といえば、都心に塀がどこまでも続く大きなお屋敷があることで有名だ。
部屋のドアをそっと開けると、リビングに繋がっていた。
「あ、楓起きた?」
おずおずと覗くわたしに月之院さんが声をかけた。
月之院さんは三人掛けのシックな黒いソファーに腰掛け、新聞を広げていた。
「は、ははは、はい……。あの、ベッドありがとうございました」
白いコットンシャツに黒のパンツと、ラフな格好ながらも大人の色気が漂う月之院さんにドギマギしてしまう。
「よく眠れた?」
月之院さんは立ち上がると、わたしのほうへ足を向けた。
わたしはこくこくと頷く。
「そう、良かった」
優しい声色も表情も、わたしに向けられていてくすぐったい。
「お風呂に入っておいで」
月之院さんはわたしの手を取ると、バスルームへと連れて行ってくれた。
「好きなの使っていいから。あと、バスタオルはここね」
お風呂の使い方や場所を説明すると、月之院さんはすぐに出て行った。わたしはお言葉に甘えてお風呂を使わせてもらうことにした。
「わ……いい香り」
金木犀の香りで揃えられたシャンプー、リンス、ボディソープにうっとりする。
(そういえば月之院さんから微かに良い香りがしていたな。…………って、何を!!)
わたしは昨日抱きとめられたことを思い出して、顔が熱くなった。
(は、早くおいとましないと!)
顔を冷やすようにざばざばと洗い、全身も綺麗にすると、急いでバスルームを出た。
「えっ……」
脱衣所に置いておいた巫女装束の代わりに、そこにはワンピースが用意されていた。
「これ、着ていいんだよ……ね?」
他に着られるものがないので、用意されたワンピースに袖を通す。
白地にピンクの小花があしらわれた膝丈までのワンピースで、胸元の大きなリボンタイが可愛い。
「あの……」
再びリビングに戻り、月之院さんに声をかける。彼は先ほどのシャツの上から黒のジャケットを羽織っている。
「うん、見立て通り楓に似合うね。可愛い」
「!?」
目を細め、わたしに甘い視線を向ける月之院さんに、わたしの心臓は飛び上がってしまう。
昨日からやたらわたしを甘やかす彼に、わたしはたじたじだ。
「あの、昨日は本当にありがとうございました」
呼吸を整え、お辞儀をする。すると月之院さんはわたしの手を取り、その場に跪いた。
「あ、あの……?」
狼狽えるわたしを見上げ、真っ直ぐに見つめる。
「お礼を言うのはこちらだよ、楓。十年前、俺を助けてくれてありがとう」
「あのときの……男の子?」
宝石のように綺麗な瞳が、夢の男の子と重なった。
同一人物だと気づいたわたしを見て、月之院さんが嬉しそうに目を細めた。
「うん」
「あれ? でもあの男の子は金髪で……」
「染めているんだ。この瞳なのに、あの髪ともなると目立つから。解呪師の当主が鬼に間違えられたら大変だろう?」
月之院さんが茶目っ気たっぷりに言った。
(こんな冗談も言う人なんだ……)
初めてカフェで会ったときの印象はすっかり払拭された。思わずくすりと笑ってしまう。
(ハーフとかなのかな? あまりに綺麗で鬼の子かもって思ってしまったのが恥ずかしい)
思い出の男の子が月之院さんだったということに驚きつつも、納得した。
月之院は日ノ宮よりも後から出てきた解呪師の家で、謎に包まれている部分も大きい。でも、日ノ宮の家系とはまったく関係ないことだけはわかっている。
突然頭角を現した月之院は、国の中枢に入り込んだ。衰退していく日ノ宮とは逆に、解呪師界を取り仕切るようになり、表向きの事業も拡大させ、今では別格の存在だ。
「楓……」
わたしの手を取っていた月之院さんの手に力が入る。
「約束通り、『柊ちゃん』よりハイスペックな男になって迎えに来たよ」
「自分で言います?」
冗談の延長線上だと思い、くすりと笑ったわたしを月之院さんの真剣な瞳が捕らえる。
「俺のお嫁さんになって欲しい」
手に口付けを落としわたしを見つめる月之院さんは、本気で言っているんだとわかった。
「そんなこと急に言われても……」
「十年前から言ってる」
わたしを逃してくれない瞳に、ドキドキが止まらない。
「でも……日ノ宮の無能なわたしが月之院さんとじゃ釣り合いません」
「楓は無能じゃないって言ったよね?」
「でも……」
優しく言い聞かせるように話す月之院さんに耐えられなくなって、わたしは俯いてしまった。
だってわたしが無能なのは本当なのだから。
「うん、わかった。これから楓が自信を持てるように手伝うよ」
立ち上がった月之院さんに正面からふわりと抱きしめられる。
「え……?」
戸惑うわたしの耳元で彼が囁く。
「ついでに俺の愛もたっぷり伝えていくから、楓は甘やかされればいいよ」
「!?」
ボッと赤くなるわたしをフフッと微笑みながら見下ろすと、今度はにっこりと笑った。
「今日から楓はここに住んで」
「えっ!?」
さっきから驚かされっぱなしのわたしは、あたふたと忙しい。大人の余裕で微笑む月之院さんがしれっと言う。
「結婚前の楓に手は出さないって約束するから」
「それは心配していませんけど……」
律儀な月之院さんは、昔の約束からプロポーズしてくれているのだろう。わたしに魅力がないことなんてわかっている。いつも可愛い凛と比べられてきたんだから。
「日ノ宮が黙っていないんじゃないでしょうか」
無能なわたしに興味はなくとも、敵対視している月之院に世話になるなんて許さないに決まっている。
「……大丈夫だよ。日ノ宮には楓を月之院の手伝いのため預かるって通達をしたから」
なぜか少し怒ったような声の月之院さんの言葉に納得する。
それなら日ノ宮は逆らえないし、わたしが連れてこられたのもそれが理由だったんだと。
(でもわたしが手伝えることなんて結界を張ることくらいだよね)
「あんな家に戻ることはない。楓はずっと月之院にいればいいよ。そして、俺のお嫁さんになっても良いって思えたら教えて? すぐに籍を入れるから」
月之院さんは腕の中に閉じ込めていたわたしの頬にキスをした。
「!?」
「手を出さないって言ったけど、楓は魅力的だから我慢できなかった。だから寝室には鍵をかけるように」
耳元で真剣に囁かれ、わたしは必死に頷くことしかできなかった。
わたしの卑屈な思いを打ち消すかのように、月之院さんが次々に言葉をくれる。
(どうして?)
小さい頃一度出会っただけなのに、どうしてここまでしてくれるのかわたしにはわからなかった。
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