第11話 月之院のご当主
「遅くなってすまない、楓」
「あなたは……」
どうしてカフェのオーナーさんがここにいるのだろう。
わたしの肩を支えてくれているオーナーさんを見上げ、驚きで言葉が出てこない。
「今、祝詞なしで邪鬼を滅したか?」
逃げようとしていた一族の人たちが、足を止めてざわめく。
(確かに今、この人は一瞬で邪鬼を滅した……。いったい何者なの?)
「あのっ……」
「月之院夏煌さま!?」
やっと口を開いたところで、凛の黄色い声が響いた。
この場に戻って来た凛の後ろには、後を追って来たであろう2人の解呪師たちが息を切らしている。
「月之院……? カフェのオーナーさんでは?」
凛が社長就任のニュースを見て騒いでいたのは見ていたから、この人は月之院のご当主で間違いないのだろう。
振り返ったわたしにオーナーさんが微笑む。
「あそこはうちの会社が経営する店なんだ。名乗らなくてごめんね」
月之院グループの手広さに圧倒されながらも、わたしは頭を下げた。
「そうなんですね……あの、助けていただいて――」
「あの! 姉のせいでご迷惑をおかけしてごめんなさい!」
しなを作りながら凛が会話に割り込んでくると、月之院さんは眉を寄せた。
「楓のせい?」
ピリッとした空気を感じるも、凛は気づかないのか、話を続けた。
「姉が結界を怠ったせいで、うちの当主が危険な目に遭ったんです。そればかりか月之院さまのお手まで煩わせるなんて……ごめんなさい、おかげで助かりました。本当に姉は一族の恥と言われていて……恥ずかしいです」
オーナーさんに、わたしが一族でも無能だと言われているのがバレて恥ずかしい。
「ほんと無能は困る」
「妹の凛様ばかりが苦労されて……」
凛を取り巻いていた一族の解呪師たちが続いて口にする。
わたしはいたたまれなくなり俯いた。オーナーさんを見られない。
「……取り消せ」
「え?」
真後ろからどすのきいた声がしたので顔を上げると、目の前の凛が笑顔のまま固まっていた。
「楓は恥でも無能でもない! 立派な解呪師だ」
オーナーさんの気迫に押され、凛と解呪師たちがおののいている。
わたしは何が起きているのか理解できず、オーナーさんへと振り返る。
彼はわたしと目が合うと、優しく微笑み、肩を抱き寄せた。
「きゃ!?」
オーナーさんの胸板に頭がぶつかり、後ろから抱きしめられているのがわかった。ドクドクと聞こえる音は、わたしのものなのか彼のものなのかわからない。
「月之院さま……? なんで姉なんて庇うんですか? 姉には本当に解呪師の力がないのよ?」
凛がわたしをけなせば、日ノ宮では同調する者しかいなかった。だからこそ凛には屈辱的だったのかもしれない。顔を真っ赤にしてふるふると身体を震わせていた。
「新しいご当主様は解呪のことをまだ何もおわかりではないのでは!」
「ははは、あんな無能が立派な解呪師だって? 月之院様はお優しい!」
もともと日ノ宮は月之院をよく思っていない。その場にいた日ノ宮の一族たちは、オーナーさんを小ばかにするように笑った。
(月之院を怒らせたら、日ノ宮の仕事がなくなるかもしれないのに!)
青ざめたわたしは後ろをむけないまま、頭を下げた。
「も、申しわけございません! あの人たちは無能なわたしを笑っているだけで、月之院様を笑っているわけでは――」
わたしの肩に添えられていたオーナーさんの手にぐっと力が入るのを感じると、わたしは宙を浮いていた。
「ひゃ!?」
わたしをお姫様抱っこしたオーナーさんは、皆を一瞥すると言った。
「日ノ宮は話もできないらしい。こんな腐った連中のところに楓を置いておけるか」
「あ、あの!?」
慌てるわたしはオーナーさんにがっちり抱え込まれていて動けない。
「楓は月之院の――俺の嫁としてもらい受ける。もうお前たちに搾取はさせない」
(よ……め!?)
頭が追い付かないのはわたしだけじゃない。一族の者たちがざわめく。
「お前らともう話すことはない。早くそちらのご当主様を連れ帰って休ませるんだな」
あ然とするわたしを抱えたまま、オーナーさんはそう言い捨てるとその場を立ち去った。
取り残された一族の者たちは、まだ騒然としていた。
♢♢♢
「凛様、ここは一旦本家に戻りましょう」
一人の解呪師が凛に声をかけると、彼女はキッと睨んだ。
「なんでお姉ちゃんをあっさり行かせてるの!? 日ノ宮の人間が月之院の手に落ちるなんてありえないんだけど!?」
「そ、それは……我々では月之院に手を出せませんから……」
詰め寄られた解呪師がたどたどしく答えると、凛は聞こえないように舌打ちをした。
(使えないわね、ほんと)
「柊様もお怪我をされていることですし、お側にいてさしあげてください」
別の解呪師が汗をたらしながら凛を窺う。
「……それもそうね」
「……! 車を回してきます!」
凛の返事に一族の者たちは安堵し、急いで車を手配するべく走っていく。
一人取り残された凛は親指を噛みしめ、呟いた。
「お姉ちゃんがあのイケメンの嫁……? そんなの無能にふさわしくないじゃない。あたしは絶対に許さない」
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