第二章

第10話 日ノ宮を注視するもの

「なるほどな。楓の結界が日ノ宮たちの霊力を底上げしていたというわけだ」

「夏煌様と同じく、鬼姫様の力を強く継いだのでしょうね」


 夏煌と月城は公園内で一番高い木の上で身を潜め、日ノ宮たちの戦いを見守っていた。


「それをあの馬鹿どもが、たかが結界と嘲り、己の力を過信しているのだから許せん」

「楓ちゃんって確か浄化持ちだったよね? そんな希少な力を持っていながら、なんで無能なんて言われてるんだ?」


 月城の疑問に、夏煌が怖い顔になる。


「祝詞の奏上を重視する日ノ宮では、楓の力は発揮されない。彼女の清らかな手が触れてこそ発動するんだから。あんな奏上を待っていたら、楓も邪鬼に近付けないだろう」

「夏煌さまが救われたときみたいにですね?」

「そうだ。あのとき楓の手からは清らかな氣が流れてきて……可愛かった」

「可愛い関係なくない?」


 幼い日の思い出に浸る夏煌を月城が突っ込む。


「とにかく! 長ったらしい祝詞を美学とする連中が、楓の真の力に気づくはずがない!」

「楓ちゃん自身も気づいていないみたいですしねー」

「俺は教えたぞ!?」

「そんな小さい頃のこと覚えてるの、夏煌様くらいですってー。『楓ちゃんも綺麗な男の子に会った』ぐらいにしか覚えてないみたいだし」


 月城の言葉に夏煌が胸を押さえ、「うっ」と落ち込む。


「でも綺麗だと思ってもらえているのか」


 にやりとする夏煌に月城が半笑いになる。


「夏煌様ポジティブ~。でもこれで、日ノ宮の衰退している理由がはっきりしましたね。まあ、鬼姫様の力を無理やり奪い取った一族なんて滅びろですけどね」

「楓は別だ」

「はいはい、じゃあ早いとこ楓ちゃんを日ノ宮から連れ出しましょうよ」


 月城がムッとする夏煌を受け流す。夏煌は月城の言葉を受け、俯いてしまう。


「無理に連れ出したのでは日ノ宮と同じだからな……そこは楓の意志を尊重して……」

「はあ!? いまさら?」


 うじうじする夏煌に、月城がまじで? という顔をする。そして大きな溜息をついた。


「まーたカッコつけて。今すぐにでも自分のものにしたいくせに。まじで日ノ宮当主の婚約者に楓ちゃんが選ばれなくて良かったですよ。この10年間見守っていた俺はハラハラものでしたよ」

「楓が婚約者に選ばれていたとしても、俺のほうを向かせる努力はしたさ」

「あー、そうですか。いじいじしてんのか自信があるのかどっちなんだよ……って、楓ちゃんが動いた」


 下では日ノ宮の解呪師たちと邪鬼の戦いが続いていた。

 後ろに下がっていた楓がその場を離れるのを確認し、二人も木をつたって追いかける。


「ああ、また月之院の者が楓に救われるな」


 女の子を保護し、抱きしめる楓を夏煌が眩しそうに見つめた。


「あの子なんで日ノ宮の現場に紛れ込んでしまったんだ?」

「幼い頃の俺と同じかもな」

「ああ、俺が巻き込まれたやつですね~」

「あのとき行かなければ、楓との運命の出逢いはなかったんだからいいだろう!」


 自分の嫌味に対して睨みをきかす夏煌をスルーし、月城は親指を指し示して言った。


「楓ちゃんがあの子を無事に結界から出してくれたみたいですよ。俺、送ってきましょうか?」

「いや、いい。まだ楓に姿を見られるわけにはいかないだろう」


 無視をした月城に不服な顔を見せながらも、夏煌が手をかざす。

 すると楓と女の子の前に鬼火がふわんと浮かび上がった。


「大丈夫そうだな」


 女の子を鬼火に預け、安心する楓を眺めながら夏煌の口元が緩む。


「ちょっと焦りましたけどね。ごちょーさんって……ぶはっ」


 笑いをこらえる月城を夏煌が睨む。


「月之院の人間はだいたい俺を、ご当主様と呼ぶからな。小さなあの子が言えなくても仕方ないだろう」

「そ、そうですね……ぷぷ……まあ、見つかったのが楓ちゃんで良かったですよ。日ノ宮のやつら、見境なしに攻撃しますからね」


 まだ笑っている月城は、枝に腰掛けた。


「ああ。だからこそ月之院の子供たちには髪を黒く染めるように言っているのだが……」


 顎の下にこぶしをつくり、夏煌が考え込む。


「確かに大昔、呪詛をしかけたあやかしもいた。その末裔たちは月之院が監視し、静かに暮らしている。日ノ宮は鬼が残した呪詛だと騒いでいるが、最近のは真新しいものばかりだ。呪詛をしかけられる者がいるとしたら――」

「柊様!!」


 呪詛を解呪していた日ノ宮たちのいる場所が騒然となる。


「目を離した隙にあいつら……何をやっているんだ?」


 どす黒い塊に変化した邪鬼を浄化しきれず、柊が傷を負って倒れている。


「こっそり加勢しますか?」

「待て!」


 月城が右手をかざしたところで楓がやって来たので、夏煌は彼を制止した。


 日ノ宮はあろうことか、楓を囮にして撤退を決めたようだった。

 ぶるぶると震える夏煌の目には、邪鬼の前へ押し出される楓が映った。


「楓っ……!」

「夏煌様!? 今日は日ノ宮の動向を見守るだけでは!?」


 慌てて止めようとする月城に振り返りながら、夏煌は木から飛び降りた。


「楓が危ない! そんなこと言ってられるか!」


 飛び降りていった夏煌を見下ろし、月城はやれやれと息を吐いた。


「夏煌様の原動力はいつだって楓ちゃんだね」

 



 

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