第9話 遅くなってすまない
急いで公園の中を探す。幸いにも邪鬼たちは日ノ宮一族に引きつけられていた。
結界は一度張ってしまえば、わたしが解除するまで消えない。
「――いた!」
気配を探り、端にあった滑り台の場所までやって来た。
スロープの裏に小学生くらい女の子が泣きながらこちらを見ていた。
「どうしたの? 大丈夫? ここは危ないよ」
しゃがみ込み視線を合わせれば、女の子の涙腺が決壊する。
「ひぐっ……うう……あのこわいの、なあに?」
「見えるの?」
「ひぐっ……ぐすっ……うん」
邪鬼は普通の人には見えない。人の身体を奪って襲いかかることもあるが、普通の人にはその人が攻撃的になったとしか映らないのだ。
「あなた、解呪師の家の子?」
「うん……ひっく……おとうさんがしんぱいで」
「ついてきちゃったの?」
あの解呪師たち誰かの子だろうか。解呪師の血を引く子なら、結界の中に取り残されても不思議じゃない。
女の子は口をぎゅっと結ぶと、涙を溢しながらわたしを見た。
「あぶないからきちゃダメっていわれてたのに、ごめんなさい」
「ううん。お父さんが心配でこんな所まで来るなんて偉いね」
わたしは女の子にそっと近寄ると、頭を撫でてハンカチを渡す。
「うわああん!」
女の子はハンカチを受け取らず、わたしに抱き着いた。怖いのをずっと我慢していたんだろう。
「よく頑張ったね、偉いよ」
わたしは女の子の背中をさすりながら、落ち着かせるように言った。
「じゃあここは危ないから出ようか」
「うん……」
今度こそハンカチを手渡し、手を繋ぐ。
遠くからは激しい音が響き渡っている。戦いは激化しているようだ。
「この公園が広くて良かった。さあ、今のうちに」
わたしは女の子を結界から出す。女の子は薄いベールの向こうから振り返るとぺこりとお辞儀をした。
「おねーちゃん、ありがとう!」
結界の外からもこちらを見られる女の子は紛れもなく解呪師の血を引く子だ。
日ノ宮で疎まれてきたわたしは、そのお礼に泣きそうになった。
「一人で帰れる?」
心配していると、どこからともなく鬼火が現れた。
「その子を送ってくれるの?」
鬼火は返事をするように女の子の周りをふよふよ飛び回った。
「あー! ごちょーさんのおにびだあ」
「ごちょーさん??」
無垢な子供だからか、鬼火を怖がることはなく、嬉しそうに見ている。
「鬼火ちゃんが家まで送ってくれるから気を付けて帰ってね」
「うん!」
女の子はわたしに手を振ると、鬼火と帰っていった。後ろ姿を見送り、公園に視線を戻す。
(早く戻らないと)
急いで現場に戻ると、騒然とする一族が目に飛び込んできた。
「柊!」
「柊様!」
怪我をして倒れ込む柊ちゃんを、凛が泣きながら抱きかかえている。
それを取り囲むように解呪師が声をかけながら、目の前の化け物と対峙している。
(なに、あれ……)
大きな黒い塊は、今まで見た邪鬼とは違う。
(これ……やばい)
禍々しい空気に冷や汗が背中を伝う。
「お前、どこに行っていたんだ!!」
解呪師の一人がわたしに気づいて声を荒げた。
「お姉ちゃん、結界を緩めるためにわざと――」
円の中心にいる凛が立ち上がり、信じられないという顔をした。
「ち、違う!」
「自分だけ先に逃げようとしたんだな!」
「違う! それならここに戻って来ない!」
責め立てる解呪師たちへ必死に否定するが、届かない。
みんなの非難の目がわたしに集まると、凛が恐ろしいことを口にした。
「そうだお姉ちゃん、今こそ囮になるときじゃない?」
「な……なにを――」
凛の言葉に邪鬼を留めている以外の解呪師たちがわたしを取り囲む。
怖い顔でわたしの腕を掴むと、応戦する解呪師たちの真後ろに押し出した。
「当主を命がけで守るのが日ノ宮家の者としての努めでしょ」
(こんなときだけ日ノ宮家の一員だと言うの……)
悪魔のように笑う凛に涙が溢れ出た。
「これは凶悪な鬼で手に負えない。撤退するぞ」
邪鬼を留めていた解呪師たちに他の者が声をかける。
後ろを振り返れば、柊ちゃんは他の解呪師に抱えられ、凛も付き添うように公園を脱しようとしていた。
「行くぞ」
残っていた解呪師たちが術を解除し、逃げて行く。
目の前の黒い塊には2つの目玉がついていて、ぎょろりとそれをわたしへ向けた。
日ノ宮の者たちはすでに遠くへ去り、わたしだけが邪鬼と対峙している。これでは本当に囮だ。
封じられていた身体を解放され、邪鬼はわたしに焦点を定めると、瘴気を立ち昇らせた。
(もう、いいのかも……これからも凛に人生を握られるのならこの世から消えても)
黒い塊から一本の手が生える。長い獣のような爪を光らせ、わたしに迫る。
がくがくと震える身体でなんとかその場に立ち続けるわたしは、覚悟して目をつぶった。
「滅」
空から響き渡る声とともに、風を切り裂くような音がした。
目を開けた瞬間、目の前の邪鬼は大きく膨らむと、はじけ散るように消滅した。
「日ノ宮も地に落ちたな」
力が抜け、座り込みそうになったわたしの肩を、その声の主が支えてくれる。
大きな鬼の紋が入った全身真っ白な装束――それは解呪師の最高位を表す。
振り返れば、その装束を纏った綺麗な顔の男性がわたしを見下ろしていた。
「あ、あなたは――」
「遅くなってすまない、楓」
わたしに優しい笑みを向けるその人は、カフェで出会ったオーナーさんだった。
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