第4話 再会

「おはようございます」


 翌日出勤すると、月城さんが奥の客席で男の人と話をしていた。

 まだ開店前だから、会社の人だろうか。


 黒髪なのに碧眼で、月城さんより日本人離れしている。男の人なのに「綺麗」という言葉が合う。

 黒いスーツを着こなし、大人の人って感じで緊張してしまう。

 その人と目が合い、わたしは会釈をした。


「君がよく働いてくれているアルバイトの楓ちゃん?」


 名前を呼ばれて驚いていると、月城さんが紹介してくれた。


「ここのオーナーだよ。ちょうど楓ちゃんのことを話していたんだ。一生懸命働いてくれている子がいるって」

「そんな……」


 家では無能と言われているので、褒められるとどうしていいかわからない。


「ずっと働いて欲しいくらいだよー」


 月城さんがにこにこと言うので、私はチャンスだと思い切って聞いた。


「あのっ、ここ、正社員は募集されていますでしょうか?」

「なんで?」


 月城さんではなく、オーナーさんが聞き返してきて、一気に緊張が高まる。


「高校を卒業したら独立したくて……それで以前、月城さんが正社員にならないかと誘ってくださいましたので、もし募集されていましたらと……」


 綺麗な顔に見据えられ、わたしはドキドキしながらも何とか言い切った。

 月城さんがオーナーさんの向かいでうんうんとにこやかに頷いていて、期待する。


「……残念ながらこのカフェは亮磨一人で事足りているんだ」


 オーナーさんの言葉に月城さんがうげっとした表情をしていたが、わたしはショックで視界に入らなかった。


「ごめんね? でも君にはもっといい就職先があると思うよ」

「そうですか……ありがとうございます」


 にっこりと笑うオーナーさんにわたしはしゅんとした。


(月城さんの社交辞令を真に受けて、恥ずかしい……!)


 赤くなる顔を隠すため、わたしは急いで更衣室に向かった。


夏煌なつき様さあ……」

「なんだ」


 呆れる月城さんとオーナーさんは席でまだ何やら話していた。



(うん……切り替えよう)


 制服のワンピースに袖を通すと涙が出てきそうで、ぐっとこらえた。


「わたしは無能だから仕方ないよ」


 誰からも必要とされないのは辛い。ここが唯一好きな場所だったから余計だ。


 フロアに出ると月城さんはメニューをテーブルの上に並べていた。オーナーさんはまだ奥の席にいて、パソコンを開いている。


「奥の席、気にしなくていいから。仕事していくって」

「そうですか」


 月城さんはわたしの側まで寄ると、こっそり耳打ちした。


「んんっ!」


 途端にオーナーさんから大きな咳払いが飛び、びくりとする。


「あーあー、はいはい。ごめん楓ちゃん、お店開けてくれる?」

「はい」


 月城さんはオーナーさんに目を向けると、わたしから離れて仕事に戻った。


(厳しい人なのかな?)


 ちらりとオーナーさんに視線を向けると、目が合う。


(わ!)


 わたしは慌てて目を逸らすと、お店の入り口に向かった。


「お待たせいたしました! ただいまより開店いたします!」


 開店を待つお客さんに挨拶をして中に入れると、あっという間に満席になる。

 今日も忙しくなりそうだ。




「楓ちゃん、ごめん。あれ、奥の席に持って行ってくれる?」


 テーブルを片付けていると月城さんがデシャップを指して言った。


「奥の席って……」


 オーナーさんがいる席だ。


「じゃあよろしくね」

「あっ」


 月城さんはわたしが片付けた皿が載ったトレーを持つと、キッチンに下がっていった。


「黒蜜ほうじ茶ラテ……」


 デシャップに用意された飲み物を見て、目を丸くした。


 黒蜜ほうじ茶ラテは、ほうじ茶ミルクティーの上にホイップクリームが盛られ、さらに黒蜜がかけてある。

 若い女の子に人気のメニューで、これをオーナーさんが? と驚いたのだ。


「失礼いたします。黒蜜ほうじ茶ラテをお持ちしました」


 奥のテーブルまで持っていくと、オーナーさんが顔を上げる。


「!?!?」


 オーナーさんはかなり驚いて、机の上の書類を床にぶちまけた。


「申し訳ございません!!」


 わたしはテーブルにカップを置くと、急いで書類を拾った。


「どうぞ」


 拾った書類を手渡す。


「あ、ああ。すまない」

「こちらこそ急に声をかけて申し訳ございませんでした」

「いや……」


 オーナーさんは書類を受け取ると、また視線を下に向けた。


「失礼します……」


(わたし、気に障ること言ったかな?)


 オーナーさんのそっけない態度に不安になる。思い当たるのは正社員のことだ。


(やっぱり無能がずうずうしかったのかな)


 泣きそうだったけど、幸いにもお店は忙しくて、わたしは仕事に没頭することで悲しさを忘れられた。


 そうして今日も仕事を終えて、帰り支度をする。


「お疲れ様! 気を付けて帰ってね!」


 いつもは見送ってくれる月城さんがカウンター越しに言った。今日は何だかよそよそしかった。


(やっぱりあんなこと言わなきゃ良かった)


 結局オーナーさんはずっとお店にいて、ときどき視線も感じて、緊張した。


(せめてアルバイトはクビにならないといいな)


 わたしは二人に会釈すると、お店を出た。


 いつも通り鬼火が現れてわたしを送ってくれる。

 わたしはつい鬼火に弱音を吐いた。

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