第5話 再会②
『やっぱりわたしが無能だから断られたんだよね』
「違う! 君は無能なんかじゃない!」
今日は早くに店じまいをした店内に、ここのオーナーである夏煌の声が響き渡る。
夏煌の目の前には青緑色の鬼火が浮遊している。楓のと同じものだ。
『やっぱりあんなこと言ったから気分を害したんだよね』
「違う! 君の言葉で害するもんか!」
鬼火を通して楓の声だけがスピーカーのように流れる。
この鬼火は夏煌が作り出したもので、楓の声をリアルタイムで拾うことができた。
「だからとりあえず内定だけあげれば良かったじゃないですか。なーんであんな回りくどい言い方したかな」
カウンター越しに月城が呆れた顔で身を乗り出す。
「いや、だって楓の就職先はこの俺だろう」
「じゃあそう言えば良かったじゃないですか。楓ちゃんを向かわせたのにチャンスを潰して」
どや顔で話す夏煌に、月城がジト目になる。
「あ、お前! 急に楓を側に寄越しやがって! 可愛すぎて書類を落としたじゃないか!」
「は? 本気で言ってます? 楓ちゃんに近付いたら怒るし、俺の態度絶対楓ちゃんを傷付けていましたよ」
口を尖らせ文句を言う月城に、夏煌が睨む。
「うるさい! 楓に必要以上に密着しやがって! なんでお前が仲良くなってるんだよ!」
「夏煌様さあ……」
拗ねる夏煌に月城の目がますます遠くを見つめる。
『オーナーさん、ときどきわたしを見てたよね。仕事が遅いとか、接客が悪いとか思われていたのかなあ?』
「違う! 君が可愛いから見ていただけだ!」
「夏煌様さあ……だから本人に言えよ!」
鬼火から流れる楓の声へ反応する夏煌に、月城は我慢しきれずにつっこんだ。
「だって、社長就任の発表は今夜のお披露目パーティーでだろ」
情けない声で話す夏煌に月城はハッとして言った。
「夏煌様……まさか……!」
「社長になってこそ『柊ちゃん』を超えられるだろう?」
「はあ~~」
大きな溜息をつく月城に夏煌がそっぽを向く。
「何だよ、いいだろ。それが楓との約束なんだから」
「楓ちゃんが泣いてるのが心配でたまらず様子を見に来たくせに、カッコつけちゃって」
やれやれと笑う月城に夏煌はまだいじけている。
「楓にはカッコよく見られたいからな」
「あーあ、月之院の当主ともあろう人がなんとも情けないことで。他の人が見たら仰天しますよ」
大きく伸びをし、月城がカウンターから出て来る。夏煌の話を聞きながらも片付けを終わらせていた。
『家に帰りたくないな……』
「ああ楓、今すぐ抱きしめてやりたい!」
鬼火を抱きしめ、夏煌が叫ぶ。月城が引きながらもつっこむ。
「だから、さっきそうすれば良かったじゃないですか!」
二人は同じことで何度も言い合った。
月城は代々月之院に仕える家の息子で、夏煌の1つ上、二十五歳だ。幼いころから彼も夏煌に秘書として仕えていた。
言動も見た目も軽いが、夏煌の手足となって働く、仕事ができる優秀な人物だ。
兄弟のように育ってきたので、仲もいい。
そんな二人が絡み合っていると、どこからともなく月之院の者が夏煌の足元に跪いて現れた。
「夏煌様」
「動きがあったか」
夏煌は視線を前から動かさず声をかける。
「はい。討伐せよとのお達しです」
「では日ノ宮にも要請を。亮磨」
当主の顔をした夏煌の足元に、月城も跪く。
「かしこまりました、夏煌様」
「楓を蔑む日ノ宮の力がどれほどのものか見ものだな」
夏煌は鬼火を優しく撫でると、不敵に笑った。
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