第3話 家族②

「お姉ちゃん、これお土産」


 スマホ片手に凛が勝手に部屋へ入って来たので、わたしは慌てて涙を拭った。

 そんなわたしに気づいているのかいないのか、凛はスマホの画面をわたしの目の前に押し付ける。

 

(お土産……?)


 もちろん凛がそんなものを持ってきたことはない。

 どうせ別荘の写真かなにかだろうと画面に目をやると、さあっと血の気が引いた。

 そこには凛と楽しそうに並ぶ柊ちゃんが写っている。


 私が目を向けたことを確認すると、凛は写真を次々にスクロールしていった。

 どの写真も柊ちゃんは楽しそうで、胸が痛んだ。


 そして写真は、二人がキスをしているシーンに辿りつく。


「きゃあ! 恥ずかしい!」


 大げさな身振りで凛が携帯を下げる。


 わたしは自分が傷付いているのに気づいた。


(そっか……柊ちゃんは凛のこと、本当に好きなんだ)


 心のどこかで、柊ちゃんは一族のために自分の意志を曲げて凛を選んだんだという思いがあった。

 柊ちゃんに恋心を抱いていたわたしは、そう思うことで自分の心を守っていたのかもしれない。


(恥ずかしい……もしかしたら柊ちゃんもわたしをって……)


 それくらいわたしたちは仲が良かった。柊ちゃんもわたしをお嫁さんにしたいと言ってくれていた。

 だからこそ、凛を選んだときはショックだった。


(力のないわたしが悪いんだと思ってた。でも――)


 気づかないうちに柊ちゃんの気持ちも凛に移ろっていたのだろう。


「柊ったら、ところかまわずキスしてくるのよ。お姉ちゃんには真面目な顔しか見せてこなかったから意外でしょう?」


 傷付くわたしの顔を見た凛が優越感に浸りながら続ける。


「結婚したらすぐに俺のものにしたいって言うのよ? もうやだあ、独占欲強いんだから」

「……日ノ宮の後継者問題は一番重要だから……。柊ちゃんを支えてね、凛」


 わたしの言葉にムッとした凛が詰め寄る。


「あたしの婚約者をなれなれしく呼ばないでよ! 無能のくせに!」


 途端に凛の本性が現れる。


「あ、嫉妬してるんでしょ? お姉ちゃん、柊のこと好きだったもんね? 自分のものにならなくて悔しいんだあ?」

「そんなことないわ。勉強したいからもう出て行って凛」


 話を終わらせようとすると、凛がスマホを突きつける。


「じゃあちゃんと見てよ! あたしと柊が愛し合っているところ!」


 わたしは二人が半裸で抱き合うきわどい写真にぎょっとした。


「ほらほら、柊のこと何とも思ってないなら見られるでしょ?」

「やめて、凛」


 目を逸らそうとするも、無理やりスマホを押し付けられ、わたしは思わず手で払った。

 軽く手が当たっただけなのに、凛はわざとスマホを手から滑らせる。

 床に落ちるのを見て、大げさに叫んだ。


「ひどい、お姉ちゃん!」

「どうしたの!?」


 その声を聞きつけた義母が慌てて部屋に駆けこんで来た。

 凛は義母の姿を見るなり、泣きながら訴えた。


「お姉ちゃんがあたしと柊様の仲をひがんで、いじわるするの!」


 床に落ちたスマホを見つけ激昂すると、義母はわたしの頬を平手打ちした。

 バシッと大きな音とともによろめく。


「うちが本家から重宝されているのは凛のおかげなのよ! タダ飯食らいの無能が凛を妬むなんて浅ましい!」


 義母に罵倒されながらも痛む頬を左手で押さえた。

 凛は義母の後ろでにまにましている。


(やっぱり嘘泣きじゃない……)


 この家は凛が中心だ。ましてや前妻の子供であるわたしのことを義母は疎ましく思っている。


「スマホはあなたが弁償しなさいね」


 壊れてもいないスマホを拾い上げると、義母はわたしを睨んで部屋を出て行った。

 そのあとを凛がついていき、ドアの前で振り返る。


「最新機種でお願いね、お姉ちゃん」


 ウインクして去っていく凛にわたしは溜息をついた。


「またバイト代が消えちゃう……」


 凛はことあるごとに難癖をつけ、義母に泣きつく。そしてわたしのバイト代が凛の身に付ける物へと消えていくのだ。


「こんなんじゃ家を出ていけない……」


 高校を出たら就職して一人暮らしをしようと思っていた。バイト代は家を借りるためにコツコツと貯めてきたものだ。

 凛が要求してくるものは流行りのものだったり、最新のものだったり、有名ブランドのものだったりと、とにかくお金がかかった。


(これじゃあ凛のために働いているみたい)


 再び涙が溢れてくる。

 隠れていた鬼火が鞄をすり抜け、わたしの前まで来ると、ふわふわと周りを飛んだ。


「……慰めてくれているの?」


 そっとふれても鬼火は熱くなく、不思議だ。その温かさに頬ずりする。


「隠したまま忘れててごめんね」


 とめどなく流れる涙で鬼火を消してしまわないか心配になり、そっと離す。

 鬼火は変わらずそこにいてくれて安心した。


「早く家を出たい」


 わたしはただ聞くことしかできない鬼火にこぼした。


「誰でもいいから、ここから連れ出して……助けて」


 わたしの頭の中に、ふと思い出の男の子が浮かんだ。


『じゃあ、僕が柊ちゃんよりもいい男になって君を迎えに来るから、そのときは僕のお嫁さんになってくれる?』


 その男の子もわたしなんて忘れているに違いない。柊ちゃんが心変わりしたように。

 それでもわたしは言葉にせずにいられなかった。


「もし本当なら、早く迎えに来て」 

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