第5話
「お前さんたち、ホールで
あの日、店長の酒井さんはライブを終えて帰り支度をしている俺たちにそう声をかけた。
「ホールって?いや、演れるっていうんなら、どこだろうと演りたいですけど」
「ほら、セントラルホールってあるだろう?あそこが今度周年祭をするんだよ。そのイベントとしてミュージシャンの競演が計画されているんだ。総合プロデューサーが古くからの知人でね、誰かいないかと泣きつかれたんだ」
……そういえばそんなポスター、見た気がする。
「あ!そういえばぼく、見たよ。ウェイテッドとかターミナルとかが出るやつだよね」
ハヤトが目を輝かせている。
ウェイテッドもターミナルも、このところ人気上昇中のバンドだ。
「そうそう!観に行きたいって思ったけど、チケット即完売だったらしくってさ」
「そうなんだよね。ぼくもサイトに行こうとしたけどなかなかつながらなくってさ」
──ふたりとも勉強熱心だな。
「そうか……確かにチケットはソッコー売り切れていたらしいね。それが、だな。カジュアリーってバンド、知ってるかい?」
「いいえ」
「ぼくも知らない」
「俺も」
「そうだろうな。そいつらは、お前さんたちと同じでデビュー前のバンドなんだ。ここの店でも何度か演ってもらったことがあるんだが」
一旦話を区切った酒井さんはふぅっとタバコの煙を吐きだして続けた。
「実はな、そのカジュアリーが、周年記念イベントの前座として決まっていたんだ。だがつい先日、仲間割れを起こして解散しちまってね」
「えぇっ!そんな、もったいねぇ。イベント出演が決まってたっていうのに」
「イベント出演が決まったから、なんだよ」
酒井さんがタバコを灰皿に押し当てて消した。
「それって、どういうことですか?」
タツヤが俺たち三人の疑問を代表してぶつける。
「何を演るか……でモメたんだとよ」
「なにを……って、持ちネタのうちのどれでも演ればいいんじゃね?」
つい口をついて出た。
「それが、な。あいつらはお前さんたちとは事情が違うんだよ」
「事情って、どんな?」
「前座だということで、演れるのは二曲のみなんだ。それがもめる原因だったんだ」
「二曲も演れるなんて、すげぇじゃないか。デビュー前のひよっこみたいなバンドが、さ」
「あいつらは、そうは思わなかったんだよ。自分が目立つ曲を演りたいと全員が主張したんだ」
「全員がって?どういうことです?」
「一度、見てもらうと判るかな」
酒井さんはカウンターの奥からタブレットを持ちだしてきた。
タブレットにライブ映像が映し出される。
俺たちと同じダンス&ヴォーカルユニットだ。
メインヴォーカルとコーラス、そしてダンス。
俺たちとは傾向が違うけれど、なかなかポップな曲だしダンスもイイ線いってる。
一曲、また一曲と映像が流れていく。
「別の日のライブも観てもらおうか」
曲は同じだが、衣装が違っているから別の日の映像だとわかる。
この日の出来もなかなかのものだ。
同じ流れで複数の日のライブを観せてもらった。
「これが、どうかしたんですか?どれもいい曲だと思うんですが」
「こいつらは、曲によってセンターが変わるんだよ」
「そういえば……一番最初に見せてもらったライブを基準にしたら、一曲目──『もう、離さない』は必ずロングヘアのやつがメインボーカルだったし、二曲目の『マイ チェリー』はタトゥー入れてるやつだったな」
「そうそう。三曲目の『ムーン』はグラサン野郎で四曲目の『星のカケラを君に』はパツキン」
「そう。曲によってメインボーカルが変わるんだ。そこがお前さんたちと違う」
「ああ、そうか」
「なにかわかったのか?タツヤ」
「今聴いただけでも、少なくとも奴らの持ち歌は四曲あるよね?だけど前座で演れるのは二曲。メインを取れるのが四人のうちふたりだけっていうことだよ」
「そっか。全員がメインで演れる実力持っているんだったら、自分がメインの曲を演りたいと思うのは当然だよね」
「そう。だから仲間割れして解散っていうことなんだ」
酒井さんはいつのまにか俺たちの分もコーヒーを淹れ、飲みながらそう言った。
「実力はあったのに、勿体ないことしたよ」
「その点、お前たちはどの曲を選んでも恨みっこなし、だよな。だから、声をかけたんだ」
「そっか。ぼくたちはその日のメインヴォーカルはその場で決めちゃってるもんね──ルーレットで」
そう。
俺たちは『誰がどの曲を歌うか』ではなく『どの曲でも歌って踊れる』ようにしているのだ。
ライブで演る曲目だけはあらかじめ決定しているけれど、ヴォーカルは未定。
曲名を紹介した後に俺たちのお約束……その日のヴォーカルを選ぶルーレットタイムが始まるんだ。
スクリーンにPCのルーレットアプリの映像を投影してルーレットを回す……便利なものができたよな。
そしてスタートボタンを押す時の掛け声が『ルーレット──Go!』というわけだ。
ルーレット停止はオートにしてあるから、誰の意志も入ることはない。
だから一回のライブで全員がメインを取るときもあれば、ひとりだけで終わってしまうこともある。
常にスリル満点、というわけだ。
店長の酒井さんの推薦ということで、俺たちの出演はあっけないほど簡単に了承された。
あとで聞いた話だが、酒井さんも若いころはバンドマンとしてなかなかの成功を収めていたらしい。
トントン拍子に話が進んでいき、ミーティング、リハーサルと忙殺されているうちにあっというまにホールデビューの日を迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます