第4話

 「ほんとに可愛い雌犬ちゃんですわ」

【ワンワン(な、なんだって?雌犬だとぉ?!)】

「あ~ほんとだぁ」

おずおずと、足の間を覗き込む……

【ワンワン(いやだぁぁぁ。俺のモノを返してくれぇ)】

俺の……相棒が……。

 

 「あの~、申し訳ないですけど、話を進めてもよろしいですか?」

そうだった。

俺たちは新しい姿で元の世界に戻り、依頼とやらをこなさないといけないんだ。

「ああ、ごめん。話を進めてくれる?」

「えっとですね、このあと私たちは日本に戻ります。そのあと家族として暮らしながら依頼をこなしていただくことになります」

 

 「そういえばさっき言ってたよね。家族として暮らしてくださいだっけ」

「そうです。タツヤがお父さんでハヤトは息子。リョウはペットという役割を担ってもらいます」

「あなたは?」

「私はタツヤの娘でハヤトの姉という役割ですわ」

「設定上とはいえ、二人も子どもがいる中年オヤジ……」

タツヤががっくりとうなだれる。

 

 「せめて夫婦で息子一人という設定にならないの?」

「私の姿がなので、それは無理ですね」

それはそうだ……女子高生の見かけだからハヤトを産んだのは何歳の時だよ?ってツッコミ入るわ。

「それで、俺たちへの依頼って、どういうものなの?」

「魔物退治です」

 

 「ぶっ!」

「なん……だって?」

【ワンワン(魔物って、どういうことだよ?現代の日本だろ?)】

「あなた方が遭われた事故。あれを引き起こした悪しき者の残滓がまだ残っているのです」

「それが魔物?ゴブリンとか?」

 

 「ゴブリンのような神話に出てくる精霊だったり、ゲーム内で退治されてアイテムを落とすような存在ではありません」

「ゲームとは違うわけだね」

彼女はこくりとうなずいた。

「ところでさ、すっごく今さら感があるんだけどね」

「どうしたの?タツヤ」

「俺たち、あなたのことを何と呼んだらいいのかな?」

 

 「え?あら。自己紹介まだでしたか?」

うんうんとタツヤとハヤトがうなずく。

【ワン(俺も聞いてねぇ)】

ついでに俺も答えておく。

「申し訳ございませんでしたわ。私のことはマミと呼んでくださいませ」

 

 「マミ……ね。わかったよ」

「じゃあぼくは、マミねえちゃんって呼ぶべき?」

「そこは自由にお任せしますわ」

「俺たちの名前……は?」

「名前を変える必要はございません。その方が呼ばれ慣れていますでしょう?名字だけは変えていただかないといけませんが」

 

 【ワンワン(俺は?雌犬なのにリョウのままでいいのか?)】

「問題ないと思いますわ」

「了解、マミ。ところでさ、さっき悪しき者の残滓って言ってたけど、悪しき者の本体はどうなったの?」

「本体は、神様が仮封印なさっています」

「仮封印?」

「ええ。完全に封印するには全てがそろう必要があるのです」

 

 「へぇ。それで、あの事故はその悪しき者が引き起こしたって言ってたけどさ、俺たち、どうして狙われたの?その悪しき者って存在に心当たりがなくってさ。俺たち、恨まれるようなことしたの?」

「──あなた方に恨みを持った者たちが、悪しき者に願をかけたのです。契約と言ったほうがわかりやすいでしょうか」

 

 「もしかしてさ、願いをかなえてくれたら、おれの命を~とかっていう感じ?」

「そうです。捧げたのは命そのものではなく、寿命を三十年と聞いています。寿命を対価に恨みを持った者たちが、あなた方のを望んだのですわ。それに応えた悪しき者があの時の地震を起こした」

「起こしたのは地震だけ?機材が落ちたのは?」

「悪しき者に操られた罪のない方々がなされた作業の結果です。何人もの方がの責任を取らされています──自身の意志でされたことではないのに」

 

 「……衝撃が加われば、機材が落下するように、だね」

「ええ。機材を設営した方々、安全確認を行なった方々──運営スタッフの代表さんまでが罪に問われたようです」

「いったい、誰がそんなことを」

「あなた方は『カジュアリー』という名前を覚えていらっしゃいますか?」

 

 【ワンワン(カジュアリー?あいつらか!)】

「俺も、覚えてる」

「あいつら……」

「みなさん覚えておいでのようですね」

忘れるわけがない──俺は過去を思い出していた。

 

 そう、あれはまだデビュー前のこと。

まだアマチュアで、ライブハウスで数曲演らせてもらうのがせいぜいだったころだ。

もちろんソロじゃなく対バンで。

ある日、コンサートの前座出演の話が持ちかけられた。

その頃にはやっと曲も自作するようになっていた……コピーばっかじゃ飽きられるからな。

 

 作詞と作曲はタツヤが一手に引き受けてくれていた。

演奏はシンセ打ち込みで、これはハヤトの担当だ。

そして俺の担当は振りつけ。

それぞれ分業のようだがちゃんと相談し合うし、ダメ出しもする。

 

 もちろん酷評もちゃんと聞くし、納得がいくまで修正もする。

三人で力を合わせて、何度も何度も練り直して最高の一曲を作り出していく。

だから俺たちの作品は、どれもが自信作と言えた……まだ十曲足らずだったが。

 

 俺たち『ルーレット』は、どのプロダクションにも所属していない──デビューすらまだだから当然と言えば当然だ。

コンサートへの前座出演だって、馴染みになったライブハウスの店長からの声掛けがあったから実現したのだ。

 

 ──俺は回想の海に潜っていった。

 

 

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