第6話

 「緊張するね~初ホールか。リハーサルでも思ったけれど、やっぱり広いね」

「だね~。それよか今日はルーレット、誰を指すかな?」

「誰でもいいさ。俺たちのを出し切るまでだ」

「ルーレットタイム……引かれちゃったらどうしよ?」

「……観客はいっぱいいるんだ。俺たちを知ってる奴もひとりくらいはいるだろ」

 

 ステージに立つ。

幕は開いているが、ステージも客席も照明は落としてある。

カッとスポットライトがステージの後方にあるスクリーンを照らす。

「ルーレット──Go!」

低くドラムロールが響く中、ルーレットが回り緑色を指す。

 

 「The main vocalist is Tatsuya」

司会がアナウンスするあいだにステージの上で立ち位置を交代する。

「ワン・ツー ワン・ツー・スリー・フォー!」

合図とともにイントロが始まる。

会場のところどころから俺たちの名前を呼ぶ声が聞こえる。

やっぱり何人かは俺たちを知っている人が見に来てくれているんだ。

 

 一曲目が終わったとたんにステージ上の照明が落とされる。

これも打合せ通り。

そして再びスポットライトがスクリーンを映しだす。

「ルーレット──Go!」

今度は会場内からの声も聞こえた。

ルーレットの針が黄色で止まる。

 

 「The main vocalist is Hayato」

司会がアナウンスするあいだにステージの上で再度、立ち位置を交代する。

「ワン・ツー ワン・ツー・スリー・フォー!」

合図とともに二曲目のイントロが始まる。

 

 持ち歌の二曲を終えてステージ上が暗転する。

──思った以上の歓声と拍手を受けた。

「『ルーレット』の皆様、ありがとうございました。それではただいまよりメインステージが始まります。準備が整うまで少々お待ちください」

司会の声を耳にしながら、俺たちは楽屋へ戻った。

 

 (メイン、取りたかったな)

ルーレットの結果だから仕方ないが、結構な。

「お疲れ様」

「結構ウケてたね」

「ああ」

ステージの成功は、正直嬉しい。

でも、メインに立ちたかった、という思いが俺の言葉を少なくする。

 

 タツヤとハヤトが気がかりそうな顔で俺を見ている。

慰めの言葉を言ってこないのがありがたい。

実際、ルーレットに従ったまでのことだから慰めなんかいらないが。

つーか俺、今日のステージでメイン取れなかったくらいで落ち込むとか女々しすぎだぞ。

 

 「俺、カジュアリーの奴らがモメた理由わけっつーか気持ち?的なものがわかったような気がする」

肩にかけたタオルで汗をぬぐいながら言った。

「今日はたまたま俺じゃなかったっていうだけでも『俺もメインで演りたかった』って感じるんだ。『自分だけの曲』があるなら、それを演りたいと思うのは当然だろうってね」

 

 ふたりとも俺の話を黙って聞いてくれる。

こいつらが仲間で、よかった。

遠くで歓声が響く。

メインステージが始まったようだ。

「そろそろ,帰るか?出番は終わったし、満席だからステージ観ることもできないし」

「ああ」

「そうだね」

 

 コンコン

楽屋のドアがノックされる。

「はい?」

「あの、こちらルーレットさんたちの楽屋でよろしかったでしょうか?」

スタッフだろうか?

楽屋を次の人に渡してくれ、ということかな。

 

 タツヤがドアを開けて応対した。

「あ、すみません。時間ですよね?そろそろ帰ろうかと……」

「いえ。メンバーの方に会いたいという人が」

ノックの主が身体を少し動かすと、後ろに立っている人影が見えた。

──女性、のようだ。

女性の年齢はわかりにくいけど……四十歳くらいか?

 

 「失礼します。突然楽屋まで訪ねてきて申し訳ございません。少々あなた方とお話がしたくて。あ、中に入ってもよろしいですか?」

その女性は俺たちともスタッフとも、どちらへともなくそう話しかけた。

「俺たち……は大丈夫ですけど。この部屋、このまま使ってもいいんですか?」

タツヤが答える。

前半は女性に対してで、後半はスタッフへの問いかけだ。

 

 「この部屋は……このあと利用する方がいらっしゃるようですね、申し訳ないですが利用はできかねます」

部屋の利用状況を確認したスタッフがそう答えた。

「だったら、ここの隣のファミレスにでも行きませんか?」

タツヤがそう提案した。

 

 「そうですね。そうさせていただきましょう」

女性が応じた。

「じゃあ俺たち着替えていきますから、先に店に行っててもらえますか?」

「わかりました。では、のちほど」

彼女は会釈して去っていった。

 

 「なんの話なんだろうね?わざわざ楽屋に来るってさ」

「一目見てファンになりました~って感じかな?」

「俺たちのファンというより、ファンの親って世代に見えたよな」

「そうだねぇ……あ、もしかしてスカウトだったりして」

「そんなうまい話があるわけねぇだろ?」

「だよねぇ」

 

 俺たちはできるだけ急いで着替えを済ませ、ファミレスに向かった。

──その前に今日のコンサートの総合プロデューサーに挨拶していくことは忘れなかった。

彼が酒井さんに話を持ちかけてくれなかったら、今日の舞台はなかったんだからな。

 

 ホールを出てファミレスに向かう。

「いらっしゃいませ。お客様三名様でよろしかったでしょうか?」

「あ、三名だけど、ヒトと待ち合わせしているんです」

店内を見回すと、店の一番奥の窓際にさっきの女性が座っていた。

軽く会釈をする。

「あの席のヒトと待ち合わせなんです」

「承知いたしました。お席へどうぞ」

 

 「お待たせしてすみません」

「こちらこそ、お疲れのところ申し訳ございません。どうぞお座りになってください」

六人が座れるボックス席だ。

彼女の向かい側に、奥からハヤト、タツヤ、俺の順で腰掛ける。

 

 「突然にごめんなさいね。私、こういう者です」

彼女がテーブルの上に一枚の名刺を差し出した。

「ミサワ・プロダクションの代表、三澤みさわ凪子なぎこと申します」

「三澤、さんですか。俺たちは……」

「存じていますわ」

 

 「え?」

「実は、酒井さんにあなた方のことを聞いていたの。そこで今日ライブを観て、ぜひあなた方にウチに来ていただきたいと思って、声をかけさせてもらったんです」

「え?それって……」

「あなた方をスカウトさせていただきたいんです」

そう言って女性──三澤さんは頭を下げた。

俺たち三人は、互いに顔を見あわせた。

 

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