日常の中の……。②

龍淳 燐

交差点で

 「爺さん!赤信号だよ!渡っちゃ駄目だ!」

 駅へと通じる道の手前にある交差点。

 日中でも車通りが多い交差点に、中年男性と思われる声が響き渡る。

 私も偶々自転車で通りがかった交差点での出来事だった。


 最初、私はそのお爺さんの行動が分からなかった。

 お爺さんが自分に向かってくる自動車を確認する度に自身を車道に進めていくのだ。

 お爺さんは道路を渡ろうとしてる?

 でも、お爺さんが渡ろうとしている側の信号は『赤』だ。

 周りには、そのお爺さんの身内や関係者はいないみたい。

 お爺さんの近くには、自転車に乗っている私も含めて三人の大人がいた。

 私以外の大人は見て見ぬふりのようだ。

 自動車が急減速して、お爺さんを避けていく。

 お爺さんは、ただその自動車を覗き込んで再び進んでいく。

 どうしよう、どうしたらいい?

 判断に悩んでしまった。

 その時だ、交差点に響く大きな声。

 「爺さん!赤信号だよ!渡っちゃ駄目だ!」

 十メートル先から自転車に乗った中年男性の声だった。

 その男性は、自転車から降りるとスタンドを立てることもせずにお爺さんに駆け寄って、無事歩道まで連れて戻ってきた。

 交差点に響き渡るほどの大きな声で、お爺さんに声を掛けたのにお爺さんの肩にそっと手を置いて、優し気に声をかけている。

 

 信号が変わり、お爺さんを連れて横断歩道を渡ったその男性は、「爺さん、気をつけてな」と声をかけて何事もなかったかのように自転車で走り去っていった。

 周りの人は気にも留めてないようだったけど、あの男性の行動が無ければいったいどうなっていたのだろうか?

 何も行動できなかった……。

 後悔する気持ちとその中年男性の行動力に尊敬の念を抱きつつ私はその場を離れるのであった。

 

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日常の中の……。② 龍淳 燐 @rinnryuujyunn

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