10 キャットフードで商売しよう
「……イモか」
わたしがそうつぶやくと、周りを囲んでいた面々は顔を見合わせた。
「イモ……と申されますと?」
「アガット国は暖地なのですよね」
「ええ、先代の領主さまの時代から、夏の日差しが厳しくなって、穫れない作物も増えてしまって」
メイド長がため息をつく。それならジャガイモではなくサツマイモである。青木昆陽だ。
この物語でしょっちゅう話題になっている作家とは別の、ニチアサに詳しい作家が、異世界ファンタジー小説にマンドラゴラ栽培の専門家として「コンヨーさん」を登場させているのを読んで、「青木昆陽じゃん……」となった田中信行はなかなか日本史が得意なようだ。
それはともかく。
「サツマイモを育てましょう。瘦せた土でも育ちますし栄養が豊富です。飢饉に備えなければなりません」
「サツマイモ……?」
「……ないんですか? サツマイモ」
マリュー以外の全員がよく分からない顔をしているので、マリューに声をかける。
「ご存知なのですね?」
「ああ。銃器を作っている西方では定番の野菜だよ」
ほぅらサツマイモ、あったじゃないの。
田中信行は小躍りしたくなった。肩が痛いので小躍りはできない。
「じゃあ武器と一緒にサツマイモの苗を取り寄せましょう。マリュー、この先アウルム王国軍が次に攻めてくるのはいつでしょうか?」
「撤退にひと月かかることを思うと、装備を整え攻城やぐらを用意し、だからね……だいぶかかるとは思うけど」
よしゃよしゃ。
「じゃあ決まりですね!」
よく分からない顔をするメイド長とじいやとシャルルをよそに、マリューに西方へのツテはないか、と相談する。
銃器を手に入れられたのは、たまたま商人の知り合いが持っていたからだという。
その商人のところに行けば、もしかしたらサツマイモも仕入れられるかもしれない。
◇◇◇◇
商人の名はフランシスと言った。
西の土地に生まれのルーツがあり、そのツテで西の国の商品を手に入れているのだそうだ。
屋敷に招かれたフランシスは、日焼けしてはいるものの端正な顔立ちの青年だった。要望を伝えると、フランシスはうむうむと頷いた。
「さすがアスト姫様。先見の明がある」
「サツマイモは瘦せた土地でも育つと聞きました。飢饉や日照りへの対策として有効ではないでしょうか?」
「その通りです、わたくしめにお任せください。今年はもうサツマイモ栽培に間に合わないでしょうが、冬を無事に乗り切ればなんとかなります。そのころにはこちらへの苗の導入も済んでいるでしょう」
おお、頼りになる。でももうサツマイモの植え時は過ぎているのか。そりゃそうだ、牧●物語みたいに秋に植えて秋に穫れるわけがない。
「で、銃器とサツマイモの苗を合わせて、おいくらになりますか?」
フランシスはそろばんをはじいてみせた。田中信行が子供のころそろばん塾に行っていたことを感謝したが、見せられた額はちょっと「ヒョエエ」となるやつだった。
最新鋭の兵器と奇跡の作物の苗である、そういう値段になるのは仕方がない。しかしいささかぼったくり気味ではないか。
「どうします? いますぐOKがいただけないと、次の春に間に合いませんよ? アウルム王国軍だってもたもたしている間に攻めてきますよ?」
「アスト姫。そいつは焦らせるのが常套手段だ」
マリューがつかつかと歩み寄ってきて、そろばんをぱちぱちとはじいた。
「これが適正価格。こいつは常に一割増しで計算してくる」
いやそれ消費税じゃないの。
「本当ですか?」
「マリューには叶わないなあ……まあ、この価格でもよしとしましょう!」
というわけで、マリューのおかげで無事に値切ってもらい、武器と食糧に目途が立った。
問題はまだある。アウルム王国軍が田畑を踏んでいったので今年の作物の収量は落ちるだろうし、フランシスに支払うお金だって稼がねばならない。
なにで稼ぐべきだろう。
足元で、キャットフードを食べて満腹した猫の親子がすうすうと寝ている。
しかし猫を吸っても解決しない問題というのはあるわけで。
そんなことを考えているとじいやが書類や手紙を抱えて現れた。南方の漁村からの報告があるらしい。
「大きな魚の水揚げが相次ぎ、キャットフードとして加工したものが生産余剰になっております。どうされますか?」
「……それだ。余ったキャットフードを、外国に売りましょう!」
◇◇◇◇
肩の痛みがうすれたころに、わたしは使節団を組織して東国のシュタール国に向かった。
シュタール国には山が多く、海がなく気候も冷涼で、夏の盛りが過ぎたばかりだというのにもう秋の気配である。
シュタール国の領主との会談が用意されており、そこで必殺の一手としてキャットフードの話をした。領主――小太りのおじさん――は、猫を飼うことに憧れていたそうだが、海なし国ゆえ魚が獲れないので諦めていたのだという。
「キャットフードを輸入できたら、この国でもネズミの害が減りましょう。素晴らしいことだ」
「そんなに深刻なのですか?」
「農民が必死に育てた作物をネズミがどんどん奪っていき、その上伝染病まで広まることもままあるのです」
なるほど。
渡りに船であった。シュタール国の領主は、キャットフードの商いをすることに快く承諾した。
シュタール国の豪華な迎賓館で、ブタ肉尽くしの夕飯を食べ、立派な寝室に入って、ベッドの天蓋を見上げつつ考える。
このシュタール国は鉱山資源が豊富だ。だからこういう立派な迎賓館を建てられるし、武器の生産が盛んで世界一よく切れる剣を作っている。
そういう特産品があれば、アガット国だってもうちょっと経済がマシになるのではなかろうか。キャットフード頼りではいけない。魚はいつ獲れなくなるか分からないからだ。
なにかないか。田中信行は考える。
たとえば「どう●つの森」だと化石が大きな収入源だった。あんなふうに、安定的に生産できて、安定的に収入になるものは、なにかないか。
まあ難しいことを考えるのはよそう。あとでゆっくり考えたっていいんだ。
◇◇◇◇
アガット国に帰ってきた。やはり故郷というのは安心するな、とわたしはしみじみと田畑を見回す。
アウルム王国軍の被害に遭った田畑は少なくない。収穫にも影響が出るだろう。
だが休耕田で大豆を育てたのは正解だったようで、民が極端に飢えている気配はない。
やはり米依存がよくないのである。
シュタール国から帰ってきたら、すっかり秋になっていて、無事だった田んぼでは稲刈りが始まっていた。
ああ、ここでドラ●もんの四●元ポケットがあったら、稲刈り機をデン! と取り出して、手で一つ一つ刈り取る農民を助けたのに。
稲刈り機だって人間が作ったものだ、仕組みさえ知っていたら作れたに違いないのだ。
ただこの世界に農業機械を動かす燃料はないので、作ったところで動かすことはできないだろう……。
しかしわたしは、田中信行は、はた、と気付く。
なんで、石油が存在しないと決めつけている?
馬車の窓から農民たちに手を振りながら、そんなふうに考える。そうだ、石油だってもしかしたら採れるかもしれない。もし石油が手に入ったら、それこそ産業革命ではないか。
跳ね橋を渡り都の城壁のなかに入る。カメオスの民たちはみな手を振っている。
笑顔で手を振り返す。ふと、平成のころ中学の担任の先生が当時の皇太子殿下にそっくりで、みな「デンカ」とあだ名していたのを思い出す。いまは「ヘーカ」とでも呼ばれているのだろうか。
屋敷で馬車を降り、上着を脱ぐ。さすがにシュタール国でのいでたちはちょっとあっつい。
じいやが嬉しそうに駆け寄ってきたので、するどく尋ねる。
「このアガット国のどこかに、燃える水とか石油とか、そういった名前のものが産出する土地はありませんか?」
「……はい?」
じいやに考えていることを説明する。それを見たのは黄泉の国だ、とうそもオマケしておいた。
「ふむ。そう言えば北部地域のとある村で、畑が油に覆われてなにも育たなくなった、という話を聞いたことがありますな。それのことでしょうか?」
「まさにそれです! 学者による調査団を派遣してください!」
「かしこまりました。アスト姫様の仰せのままに」
じいやは忙しそうにぱたぱたと走っていった。途中すっこけそうになって脚をバタバタさせた。じいやが動いてくれるというのはまだアガット国の経済に余裕があるのだろう、と思っておくことにする。
数日して、調査団からの報告が上がってきた。土から染み出しているのは間違いなく油で、掘り起こしたら泉のように湧いたという。それを蒸留し、純度の高い燃料を作ることはできないかと伝えると快諾されたようだった。
夢がひろがりんぐしている。しかし戦乱もまた、近づいていた。
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