5 プロパガンダをしよう

 幸いなことに、都カメオスには野良猫がたくさんいた。


 民は野良猫にエサをやったり産箱を用意してやったりしてたいそう可愛がっていた。もしかしたらこのままトンビリさんのごとく猫の銅像が建つかもしれない。


 カメオスの中央部にはアガット家の屋敷があり、その周りの街並みは高い塀で囲われている。さっそくそれを拡大し、「進●の巨人」のごとき防壁を築くことにした。


 同時に農業振興を図ることになった。しかし田中信行は逆張りオタクだったので、「天穂のサク●ヒメ」が話題になったとき「農業とか興味ないし……」とスルーしてしまったので、どうすれば米をたくさん収穫できるか分からない。


 うーんと、と考える。


 この世界に豆腐があるということは、大豆があるということだ。


 大豆があるということは、どこかでそれを育てている、ということだ。


 思えば田中信行の暮らしていたクソ田舎では、休耕田で大豆を育てていた。それだ! と、ぽんと手を打つと、じいやがびっくりしてのけぞった。


 じいやに、休耕田で大豆を育てればいいのでは、と提案する。


「なるほど! さすがアスト姫様!」


 適当な提案が通ってしまい、デ●ウルゴスに「さすがア●ンズ様!」と言われたアインズ・ウ●ル・ゴウンの気持ちを体験した。


 というわけでさっそく御触書を出した。使っていない田んぼで大豆を育てたものには褒美をやる、と。


 農民たちは田んぼだけでなく、畑に大豆を植え始めた。そうだ、大豆は畑の肉だ。高たんぱくで健康にいい。我ながらナイスアイディアと思えるのがアイ●ズ・ウール・ゴウンとの違いだ。


 ただしア●ンズ・ウール・ゴウンと違って戦場で無双する力なんぞ持っていないわけで、そこは国の人々からの愛を信じるしかない。


 国民に好かれて愛される必要もあるし、衛士の訓練を視察する仕事もある。


 やることがいっぱいあって相変わらず「ドラ●もんのどら焼き屋さん物語」状態ではあるのだが、あのゲームと違うところは元手がなくなってもド●ミちゃんが駆けつけないことだ。実際、じいやから聞く経済の状況はだいぶカッツカツに思えた。


「アスト姫様、大豆を育てた農家への褒美はなんにいたしましょう?」


「……我が国には、農業以外の産業はなにかありますか?」


「ずっと南に下れば炭鉱がありますがねえ……」


 そうだ。オラーツィオが攻めてくるのは炭鉱欲しさというのもあったはずだ。


 しかし農民に石炭の塊を渡しても「なんじゃこりゃ」であるのは明白。


 つまり完全なる見切り発車だったわけである。


 ウーム……。


 黙っているとじいやが心配そうな顔をしてわたしを見ていた。


「いえ、その、大丈夫です」


「大丈夫には見えませんぞ。お体の調子がよろしくないので?」


「農民に褒美として与えるものについて悩んでいたのです」


「まさかそれを考えないで、大豆を育てよと御触れを出されたので?」


「バレてましたか」


「ウーム……お父君にそっくりであらせられる」


「父、ですか。いちど死んだときに忘れてしまったので、教えてはいただけませんか」


 じいやは父のことを教えてくれた。これもまた、田中信行の考えた外側にあるもので、どうやらアストリッドの父親は若いころに相当なヤンチャをしたらしく、領主となってからも無鉄砲な政策を繰り返し、その度に屋敷に石を投げられていたらしかった。


 なるほど、これがキャラクター設定のやり方か。


「農民はそれこそ米と納豆と豆腐の味噌汁みたいな暮らしをしておりますからな、魚の干物をたくさん与えればいいのでは? きっと喜びまするぞ」


「でもそうしたら今度は漁民に褒美をやることになるではないですか」


 明らかな堂々巡りであった。


「ウームその通りだ! さすがアスト姫様!」


 ああ、俺ってバカなんだなあ、とわたしの中の田中信行が呟く。

 もうちょっと賢かったら、もうちょっとマシな物語をひねり出して、こういう堂々巡りには陥らなかったのではないか、と思える。


 だいいちなんだ、この夢も希望もないファンタジー小説は。ファンタジー小説というのは夢と希望、あとおっぱいがあってしかるべきものなのではないか。


 早●書房の「隷●戦記」も基本的に魔法はなかったが、ファンタジー的異能の概念はあったわけだし、この世界に何らかの異能を登場させても面白さは変わらなかった、あるいは増したのではないか、とぐるぐる考える。


 賜物、という力はあるようだが、これだって新約聖書のパウロが書いた書簡(エペソへの手紙、とかコリントへの手紙、というのがそれである)に出てくる、現実にありえる力だ。


 うぬぬう……。


「あんまり考えすぎると頭がくたびれますぞ。お茶を用意させましょう」


「お願いします」


 じいやが部屋に控えていたメイドをちらと見ると、メイドはすっと立ち上がって部屋を出ていった。


 そして三分ほどでメイドが戻ってきた。お茶と、なにやらお菓子を持っている。


 お茶は緑茶で、お菓子はどうやらそば粉を練って揚げたものにシロップをかけたもののようだ。端的に言って平安時代のお菓子である。大河ドラマで上地●輔が食べていたやつだ。


 それでも甘いものを食べるとホッとするし、お茶を飲めば頭が冴える。


 よし。


 真面目に考えよう。


「……大豆の作った量を競わせて、優勝者には褒美として名誉としてメダルを与えるというのはどうでしょうか?」


「農民は日々の暮らしが厳しいので、名誉よりなら生活が助かるほうがいいでしょうなあ」


 うーんせちがらーい!

 でもそれが「げんじつ~!」と、頭の中で和服を着た美容家のドラァグクイーンが荒ぶっている。


「年貢を減らしてやろうかとも考えましたが、米をしっかり取り立てないと籠城するのも難しそうですしなあ……」


 そうか、籠城したら米と豆だけで暮らさねばならんのか。いやだなあ……。


 ハンバーグが食べたい。


 もっと言うとマクド●ルドのテリヤキバーガーが食べたい。ついでにシェイクもあるとうれしい。ポテトも欲しい。ハッピーセットの特撮ヒーローのおもちゃがついてくるやつでもいい。


 あとさらに言えば回転寿司に行きたい。お腹いっぱい、肉寿司とかコーン軍艦とか、そういう外道の寿司を食べたい。


 えっ……田中信行の味覚、子供すぎ……!?


「アスト姫様?」


「あ、い、いえ……ちょっとボーっとしてしまいました。ごめんなさい」


「謝ることではありませんぞ。アスト姫様は疲れておられる」


 ため息をつきそうになって、Xで見かけた「仕事しないやつがずっとため息ついてる 仕事しないんなら息くらいふつうにしろ」というのを思い出す。


 仕事もしないでため息をついてはいけないのである。


 お茶を飲む。適温である。


 お菓子をポリポリつまむ。スナック菓子のような感じだがきっと恐ろしく貴重なものなのだろう、とありがたく食べる。


 メイドが茶器とお菓子の器を下げて、入れ替わりにシャルルが入ってきた。


「アスト姫様。聖堂の壁の隙間で猫が子育てをしているのですが、どういたしましょうか」


「どうする……というと?」

 シャルルは明らかに困っていた。


 子猫が生まれてなにか困ることでもあるのだろうか。


「子猫の鳴き声が人間の赤ん坊みたいで不気味なのです。それに祈祷中にニャーニャー騒がれると気が散って困ります」


「それは大変なことです。すぐ参ります」

 よっしゃ、執務室を出るきっかけを得たぞ!


 というわけでシャルルとじいやと三人で聖堂に向かうと、確かに壁の向こうからぴいぴいと子猫の声がした。


「これを助け出すには、壁を壊すほかないのですか?」


「ええ……この屋敷は増築を繰り返したものなので、昔の壁が薄くて寒い聖堂の外側にさらに壁を建てたそうですので、壁を壊すほかないかと」


「じゃあやりましょう。ツルハシを」


「アスト姫様が壁を壊されるので!?」

 じいが目をむいた。


「だめですか? 助けた猫にはカベタローという名前をつけてかわいがろうと思うのですが」


「だめです。いますぐ衛士を呼びますので、そのような乱暴をなさってはなりません」


 そうか。お姫様というのは不便なのだなあ。


「それにアスト姫様、壁を壊したあとはどうされるので?」


「外側にもう一つ壁があるのでしょう? どうにもしないではありませんか」


「この歴史ある聖堂の壁を壊して、そのままにすると!?」


 じいやとしばしそういう話をしていると、シャルルがすっと挙手した。


「外側の木造の壁を壊して、板でふさげばいいのでは?」


 その通りなのであった。

 そしてわたしは、いやむしろ田中信行は、これはプロパガンダに使えるのでは? と考え始めた。


 ◇◇◇◇


 その日の夕方、大工仕事ができる衛士三人と、都じゅうの新聞記者を集めて、壁を破壊する様子を記事にしてもらうことにした。


 夕焼けに染まる屋敷の壁がはがされ、中から母猫と子猫三匹が救出された。しかし子猫のうち一匹は虹の向こうに行ってしまっていた。衛士に穴を掘らせて、死んだ子猫を埋めた。


 こうして、「アスト姫様が猫に憐れみをかけて、屋敷の壁を壊させた」という話は、都カメオスの至るところで語られることとなった。もちろん壁はふさいだわけだが。

 そうだ。

 農民への褒美、猫がいんじゃね?

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