3 盗賊に会おう

「お昼ご飯の材料を、盗賊に盗まれました」

 盗賊。


 そんなのを書いた覚えはない。いやこれは確定事項だ。盗賊なんてややこしいものを、序盤で滅びる国に登場させるわけがない。


 どうやらこの世界は田中信行の想像力の外側にまで広がっているらしい。というか、田中信行が考えた「おれのかんがえたさいきょうのいせかいバトルファンタジー」の穴を埋めるように、さまざまな要素が配置されているのではないか。


 わたしは顔を上げる。


「盗賊、というのは、最近よく出るのですか?」


「ええ……都で大暴れしている、マリューという女盗賊の仕業です。金目のものでなく、食べ物を狙うのです」


 それは食うに困っている、ということではないか。

 わたしはうーんと、と考えこむ。


「無理に取り返そうとしてはいけませんよ。相手にも相手の事情というものがあります。むしろ、その女盗賊とやらと話がしてみたいです」


「なんと! アスト姫様、そのような卑しいものと話してはなりません」


 メイド長が目をむいている。


「盗賊といえども人です、お腹も空くでしょうし暮らすにはお金がいります。同じ人と会うのに、卑しいも貴いもありません」


 またじいやが泣き出した。


「アスト姫様がご立派になられた。わしは感激のあまり泣きそうですぞ」


「じい、もう泣いているではありませんか」


「これは失礼いたしました。……アスト姫様、どうなさる」


「その盗賊とやらと話してみたいです。じい、段取りをつけられませんか」


「なんせ神出鬼没の盗賊ですからな……最大限努力してみますが」


 というわけで、その日お昼ご飯は抜きだった。ひもじい。


 ◇◇◇◇


 じいの考えた作戦はこのようなものである。


 まず食材をたんまりと食糧庫に入れる。そりゃもう、牛乳、香ばしい山のキノコ、新鮮な青物、新鮮な豆から作ったできたての豆腐、よく寝かせた味噌など、そりゃもうおいしそうなものばかり。


 そしてそれに手紙を添付する。


 そんなシンプルな作戦でいいのか、と思ったが思いのほかあっさり食材は盗まれ、手紙の返事がきた。


「傲慢な領主一族と話すことなどなにもない」


 ううーむ。

 前途多難だぞ!!!!


 わたしとしては田中信行の想像力の果てにある、ぜんぜん知らない存在と話してみたいのだが。


 きっとア●ンズ・ウール・ゴウンもこういう気持ちだったんだろうな。自分の知っているゲームの世界でなくなってしまう、というのは。


 しかしアストリッド・アガットの周りにはア●ベドのような強くてきれいなお姉さんも、デ●ウルゴスのような頭の切れる参謀もいない。アストリッド・アガットは自力でなんとかしなければならないのだ。まあ世界征服をしようとは思わないが。


 じいやの書いた手紙でダメならば、わたし自身が書いた手紙ならもうちょっと色よい返事がもらえるのではなかろうか、と手紙を書いて置いておいた。


 食材がまた盗まれたので返事の手紙を待つ。次の日、屋敷の郵便受けに手紙が突っ込まれていた。


「誰からの手紙をもらっても、話すことはない」


 そうでしょうね……。

 治水工事の現場を見学、いや視察したあと屋敷に戻ってくると、メイド長をはじめとする台所で働く人たちがプンスコ怒りながら近寄ってきた。


「どうしたのです」


「アスト姫様! 何度も何度もマリュー一味に食事をくれてやらなくてもいいではありませんか!」


 どうやらわたしの作戦を非難しているらしい。

 まるでどう●つの森の村人を怒らせたときのようにプリプリと、いまにも頭から湯気を出しそうな顔で怒りながら、メイド長たちは厨房へ去っていった。


 マリューと話をしてみたい、というのは確かなことだ。

 田中信行の想像力の外側からこの異世界に侵略してきたものと話がしたいのだ。顔を合わせたとき、相手はどんな顔をするだろうか。


 うぬぬぬ……。


 食材が盗まれたのできょうも昼ごはんは抜きだ。


 空きっ腹のまま仕事をした。魔物対策として有刺鉄線を国の公費で買うことが決まった。本当なら電柵がほしいところだがこの文化程度では望むべくもなかろう。


 夕飯は冷奴と冷たい味噌汁、それから納豆ご飯だった。


 なんというか日本食もここまでくると禅の境地である。


 味噌汁の具は豆腐とワカメだ。まさに精進料理ではないか……と思ったが、かつお節のようなもので出汁をとった味がする。それでも薄味なので化学調味料をチャッチャッチャしたい。


 どうしたものだろう。


 いろいろ考えてもなにも思いつかないので、みんな寝静まってからそっと寝間着を脱ぎ、普段着に着替えて、台所に潜んでみることにした。


 とりあえず戸棚の横に座り込む。


 勝手口の鍵を突破される、ガチャガチャ……という音が聞こえた。


 そっと目を上げると、まだ10歳になるかならないかくらいの子供が、食糧庫の戸を開け、さらに一回り幼い子供がその中に入っていくのが見えた。


 そっと戸棚の横から立ち上がる。


 しかしそのときうっかり「ガタッ」という音を立ててしまった。


「なんだ!?」

 子供たちは驚いた。わたしは唇の前に指を立てて、しい、と子供たちに目配せする。


「だ、だれだ?」


「静かに。メイド長が起きてきたら面倒です。食材を持っていって構わないので、わたしを盗賊団のアジトまで案内してください」


「……どうする」


「やるしかないだろ」

 というわけで、わたしは盗賊団のアジトに向かった。


 ◇◇◇◇


 盗賊団のアジトは、王都の外れの貧民街にあった。


 貧民街には本当に貧しい人ばかり暮らしていて、アストリッド・アガットは重油樽にこぼしたミルクのように悪目立ちしていた。


 田中信行憧れの作家が「異世界モノに麻薬が出てくるとリアリティがあると感じる」とXに書いていたので登場させた麻薬、眠り花のタバコの匂いがする。


 そして事実、惜しくも本屋大賞受賞を逃した「レー●ンデ国物語」にもドラッグは登場していたので、異世界にドラッグがあることはなんにもおかしくないのだと思う。


 なので田中信行は異世界モノを書くときに、なるべくドラッグを登場させるようにしていたのだ。しかしドラッグの知識のソースが中●らものエッセイだけなので、そこまで精密に描写できていたわけではなかった。


 だから現実として眠り花の匂いを嗅いで、「これが麻薬……!」という気持ちであった。


「誰だいそいつは」


 気だるい女の声がした。


 貧民街のぼろっちいバラック小屋の奥で、女が酒を飲んでいた。おお、異世界名物樽ジョッキだ。


「あなたが、マリューさんですか?」


「そうだよ。そうか、あんたはアストリッド・アガットか。あれだけ手紙で会いたくないって言ったのに、押しかけてくるとはよほどの物好きだね」


 マリューは樽ジョッキの酒をあおった。白い喉が上下する。


 なかなかの美人であった。田中信行の考えたアガット国人はみな髪も目も真っ黒い民族なのだが、マリューは肌が白いのでそれが黒髪によく映える。


 腕にはビッシリと傷痕。いったいどこで負った傷なんだろう。


「なぜ、食糧を盗んでいくのですか? 金目のもののほうがいいのではありませんか?」


「あのさ、金目のものがあってもあたしらは質屋でまともに扱ってもらえないんだ。ましてや領主一族に伝わるお宝、なんてあるのか知らないけど、とにかくそういうのは足がつく。それなら実際に腹のふくれるもののほうがいい」


 マリューは立ち上がった。


「なに持ってきた?」


「豆腐!」


「味噌!」


「よし、豆腐の味噌汁にしよう。姉さんのつくる味噌汁はうまいぞー」


 マリューは味噌汁を煮始めた。

 アジトには幼い子供が何人かいて、味噌汁が煮えるのを待っていた。


「この子供たちを養うために、マリューさんは盗賊をやっているのですか」


「そうだよ。みんな行くアテのない捨て子ばかりだ。こういう子供らを生み出したのは、あんたたち偉い人なんじゃないのかい?」


「……そうかもしれないですね」


「自覚はあるのか。上等上等。さて……あんたは、あたしと会って、なんの話をしたかったんだい?」


「……いずれ、この国にはアウルム王国軍がなだれ込んできます。そうなったときいちばん被害を受けるのは貧しい人たちです。だからそういう人たちを守る手立てを考えたいのです」


「あんた……預言の賜物があるのかい?」


「よげんの……たまもの?」


 なんだそれは。そんなもん登場させた覚えはないぞ。

 とにかく、わたしはマリューの話を聞くことにした。

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