2 内政をしよう

 病気が完治したと医師が確認したので、さっそくわたしは都であるカメオスを見回ることにした。


 出かけるときに着る装束は、ちょっと居酒屋のユニフォームにも似たデザインの、和風のワンピースである。民もだいたい似たようなものを着ているんだな、と思った。


 ふと思い出したのは、アストリッド・アガットのイラストを描いたな……という記憶である。巫女さんみたいなキャラクターがいいな、と考えたりしたはずだ。


 いつか書籍化したらイラストレーターさんがついて、素敵なキャラクターデザインをしてもらえることだろう。


 しかしアストリッド・アガットは序盤でさっくり殺されるキャラクターなので、挿絵になることはないだろうな、と、スーパーで三冊セットの落書き帳に下手くそながら書きなぐったのだ。体がぜんぜん可愛く描けなくて顔だけしか描かなかったが。


 それなりに、田中信行はアストリッド・アガットに思い入れというものがあったのだ。

 

 ◇◇◇◇


 カメオスの都はとても栄えていた。馬車の窓から手を振れば、さながら皇族が手を振ったときの日本人のように手が振られる。町には米の公正取引所や、野菜を商う店、豆腐店、鮮魚店、衣服や服地を扱う店などがカイガラムシのごとくビッシリ並んでいた。


 馬車はカメオスの大通りをぱかぽこと進み、都の門を出て周辺の農地も見て回る。


 ちょうど田植えのシーズンらしく、農民たちが忙しく働いている。泥だらけになりながら、馬車を見て「アガット国ばんざい!」「アスト姫様ばんざい!」と声を上げる。


 守りたい、この笑顔。


 隣に乗っていたメイド長に声をかけて、農民と話したい、と相談してみる。


「それはよいですね! 民もたいそう喜ぶことでしょう」


 あっさりOKが出てしまったので、馬車を降りる。

 農民が恐る恐る近づいてくるので、自分から近づき、「大丈夫ですよ」と声をかけた。


「アスト姫様。ご病気が治られて、ほんによかった」


「ありがとう。なにか困っていることはありませんか」


「魔物が出て困っております」


 魔物。


 そんなのこのお話、「アウルム王国列王記」に出てきたっけ?


「魔物の、なにに困っているのですか?」


「去年あたりから、田畑を荒らされるようになったのです。お金を出してまじない師に頼りましたがだめでした」


 よくよく思い出すとたしか「アウルム王国列王記」は、剣あり魔法なしの物語だったが、人間に胸糞悪い殺人をされても嫌なので(まあ主人公のオラーツィオ・アウルムが今思うと胸糞なのだが)、とりあえず陰惨な殺人を行うのはゴブリン、という設定にした記憶がある。


 ゴブリンが殺しや盗みを働くなら、似たような魔物が他にいてもおかしいことはない。


 まじない師、というのがいるとしても魔法は存在しないので、それは民間療法やウソ科学や陰謀論に近いものなのだろうと思われる。


「まじない師に頼らずともよいように、我々もなにか策を考えます」


「ありがとうございます!!!!」


 めちゃめちゃ感謝されてしまった。


「あと、去年の大水で田畑が流されて、今年は仕事ができない人がいるんです」


 去年の大水とな。そこに案内してもらうと、田畑だったと思われるところに石や流木が散らばっており、なるほどこれでは畑の仕事はできないだろうというありさまであった。


「なんとかできるように頑張ってみます」


「ありがとうございます!!!!」


 感謝の仕方が派手すぎるんじゃい。


 馬車に戻り、メモ帳に「魔物対策 治水工事と大水からの復旧」と書く。この世界には鉛筆という筆記用具が存在している。ただし消しゴムがないので間違えたらパンで消すのだが。


「アスト姫様、字が突然上手くなられましたね」


「そうですか?」


「前は私どもへなにかを頼むときは、ヘロヘロの、読むにも困る字を書かれていたのに」


 田中信行は小学生のころ、書道を習っていたのだった。


 まあそれは置いておいて。


 恐らく、そう遠くなくアウルム王国からの侵略が始まる。その前に民の信頼を勝ち取り、治水工事を行って民を安全にし、兵糧にもなるであろう食糧の増産をしなくてはならない。


 戦争が起きることは黙っておくことにした。むやみに城の人たちや民を心配させたくない。


 そしてこうして頑張っていると、なんとなく「ドラ●もんのどら焼き屋さん物語」で和菓子屋を繫盛させているみたいで楽しいのであった。あのゲームの中毒性はやばい。原稿が遅筆すぎて進まなくなってイライラしてくるとつい現実逃避してやってしまっていた。


 プレイしたことはないが、要するに「信長の●望」をやっているのだと思えばいいのだろう。国家の運営をして民を守るということは要するにそういうことなのだ。


 ただ、この小さなアガット国でできる対策で、大国であるアウルム王国に勝てるとは思えない。


 馬車はぱかぽこ進んで、王都の中に戻っていった。


 流行り病の対策なのか、みなマスクをつけている。


 コロナ禍とリンクさせたせいでこんな世界になってしまった。

 でも個人的に、田中信行はコロナ禍の前からなるべくマスクをつけていたい人間だった。


 中学生のころ、容姿が理由でいじめられていたからだ。ニキビがひどすぎたのだ。


 いまはもう収まったわけだが、顔がブツブツしているのは恥ずかしかったので、コロナ禍でみんなマスクをつけるようになってやっと地獄から解放された。


 政府がコロナ禍おわり! と宣言しても新型コロナがヤバい病気であることは変わらないので、田中信行はずっとマスクをつけていた。新型コロナになりたくないし、コロナ禍以降も周りにマスクを不気味がられることがなくなったからである。


 美少女のガワになってもニキビが怖い。


 屋敷に戻ってきて、とりあえず石けんで手洗いをして、よくうがいをした。


「なにをなさっているんですか?」


「こうすれば流行り病を防げるのだと聞きました。次から出かけるときはマスクも用意してほしいです」


「かしこまりました……でも、マスクなんてアテにならないと聞きましたよ? 布の網目は病気の元より大きいから、病気の元は通り抜けてしまうと」


「他人の息を直接吸い込まないことが大事なのです。これは黄泉の国で得た知識です」


 そこまでゴリ押ししたらやっとメイド長は納得してくれた。


 ◇◇◇◇


 アガット国は領主が主な政治を行う。わたしはさっそく、田畑の魔物対策と、治水工事と大水からの復興を最重要課題として提案した。


「おお……アスト姫様が自ら政治の舵取りをなさっている。わしは感激のあまり泣きそうですぞ」


 泣きそう、と言いながら泣いているのは幼いころから仕えている高齢のじいやだ。どうやらいままでアストリッド・アガットはまともな政治をしようとしたことがなかったらしい。

 じいやはハンカチで鼻をかんだ。

 うわきったね、と思ったがこの世界にティッシュペーパーはない。手塚●虫は歴史ものの漫画に電話を登場させたのだから、ティッシュぐらいケチケチせず登場させればよかったと後悔する。


 提案の通り、じいやがよきに計らってくれるようだった。よしゃよしゃ。お殿様ってこんな気分なんだな。いやお姫様だけど。


 しかしそれで終わりではないのだった。


 提案をした次の日、じいやがすごい量の書類をかかえて現れた。


「アスト姫様。こちらがご確認いただきたい書類です。まずは魔物対策としてこの国の衛士を増員し、田畑へ向かわせるための採用計画と、衛士の給料の概算。こちらは治水工事を行う土木業者の選定をするための各社の計画書と報酬の概算です」


 前言撤回。


 実際の政治は、「ドラ●もんのどら焼き屋さん物語」ではなかった。


 現実をゲームのようになめてかかってはいけない。ニン●ンドースイッチの体を動かすタイプのスポーツゲームがどんなに上手くてもオリンピックには出られないのである。


 とにかく書類を見る。役所からの手紙と同じで、回りくどくてわざと難解な言葉で書いてあり、たいへん読みづらい。


 それでも衛士の採用計画にサインし、衛士の給料の概算と今この国の財力がどうであるかを素直にじいやに訊き、納得したのでサインした。治水工事も値段と計画のバランスがいちばんよさそうでちゃんとやってくれそうなところを選んでサインする。


「お決めになられた土木業者には祐筆から手紙を書かせます。ご安心ください」


「はあ……」


 ドッと疲れてしまった。椅子の上に伸びていると、メイド長がお茶とお菓子を持ってきた。


 ここにもお菓子があるのか。急に心が色めき立つ。


「これはなんというお菓子ですか?」


「蘇です」


「ソ」


 牛乳を煮詰めたものだ、コロナ禍で学校給食が休みになったときに、余った牛乳を消費しようとみんな寄ってたかって煮たアレだ。でも田中信行は面倒でやらなかったのだが。


 お茶はきれいな緑茶だった。ずっとすすると香ばしい味がする。


「蘇はたいへん滋養強壮によいそうですよ」


「では……」


 恐る恐る蘇をひとかけら、口に入れる。


 甘い、うまい。なんというか赤ちゃんに戻ったみたいな味だ。これだけの量を作るのにどれだけの牛乳を煮たのかは分からないが、とにかくおいしかった。


 蘇をぱくぱく食べて緑茶をグビグビして、わたしは元気満タンになった。


「よし。このあともバリバリ働きますわ」


「すばらしい。その意気でございますよ」


 じいやがまた書類を抱えてきた。時計はないのだろうか、と思ったが、たしかアウルム王国では発明されたものの高価で王族しか持てないものではなかったか。


 太陽はすっかり高くなり、影は短くなっている。しかしまだ昼ごはんの時間でないらしい。

 どうしたんだろう、と思っていたら、メイド長が困った顔で現れた。

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